第20話 本当の宝物は君たち自身だったんだはNG

「初心探索者の扱いは、基本的には数合わせでしかない。

 一獲千金を狙って学園の門戸を叩く腕自慢は少なくないしな。

 いくらでも換えの効く労働力、と上には思われている」


 ヘリオスのおっさんは肩をすくめながら視線を斜め上に跳ね上げてみせた。


「というわけで、初心探索者の生存にさほど価値はない、ということになっている。

 お前の答えはてんで的外れだな」


 そして、冗談は終わりとばかりに笑顔で手をずいと差し出してくる。

 自信満々で0点をとった俺、ハルキリは引きつった笑みを浮かべ返す。

 いや……そうか。

 すっかり忘れてたぜ。

 あの『白昼夢』の身体にブッ刺してやったうさぎのツノを持ち帰って来れればな。

『白昼夢』の血液とか……高く売れたかもしれないのに。

 ボス撃破ボーナスが、勝手に俺のインベントリに入ってたりしないか?

 俺はゆっくり時間をかけて、【空間倉庫】を開いてみた。

 しかしそんな都合のいいことはなく、当然俺の下手くそな【空間倉庫】は空っぽ。

 顔を上げると、思案気なヘリオスが顎に手を当てる。


「おっと、そうか。運び屋ポーターを先に逃がしたんだもんな。

『白昼夢』の素材はなしか……となると、やはり実習は失敗。りゅうね」

「わ、私が持ち帰ってます!」


 留年!?


 恐ろしい単語がヘリオスの口から出そうになったその時、フィリが大声をあげた。

 間髪おかずに、虚空からゼリーまみれの長い長い毛がべちゃりと地面に落ちる。

 ヘリオスは顔をしかめわずかに怯んだ様子を見せてから、素材の検分を始めた。


「フム。確かにこの長さと強度は『白昼夢』の毛だが……

 どうしてこんなに溺れゼリーの『殻』まみれなんだ」


 ああ、これフィリの身体を縛ってた毛の触手か、と俺は気づく。

 だからゼリーまみれなんだ。

 でも、『殻』ってなんだ。ゼリーだろこれは。

 とか思いながらも、おっさんの言葉に俺は口を挟む。


「おいおい、手の内の詮索はしないんじゃねーの?」

「これはどちらかといえば親切で言ってるんだ、初心探索者ハルキリ。

 素材の状態が悪ければ、売り値は当然下がる……うわ、きったねえ」


 ものすごく嫌そうな顔をしながら、ゼリーを除けるヘリオス。

 あまり反応が芳しくないので、フィリが慌てて口を挟む。


「あっ、あの。あと、ツノうさぎのツノもあります……」

「課題は『一番価値の高いと思うもの』の提出だ。

 数で補うのは試験の主旨じゃない」


 ちらと振り返ると、口を真一文字に結んで、ガチガチに緊張した様子のフィリ。

 そうだよな。100留の瀬戸際だもんな。

 そりゃあ緊張もするだろう。


「……じゃあ主旨にそった採点からするとどうなんだよ、それ」


 聞いちゃった。聞きたくないけど。

 結果を確定させたくない……いやだ……

 留年だけは、留年だけはどうか勘弁を!

 しかしヘリオスはあっさりと、


「まあ、普通に合格だな」

「え、合格?」

「初心探索者が『白昼夢』の素材を持ってくれば十分すぎるだろ。

 たとえその質が最悪に近かろうとな」

「よっしゃーーー!!!!!」


 俺は大声をあげて振り返る。

 小動物のように身をびくりと痙攣させて硬直しているフィリに、ハイタッチをしようと手を上げるも、フィリは微動だにしなかった。

 微妙な空気が流れ、俺はごほんと咳払いをした。


「合格なら脅すようなこと言うんじゃねえよ!」

「でもなあ、こりゃひどすぎるだろ。俺への嫌がらせか?

 なんでこんなギットギトに『殻』まみれなんだよ……」


 ヘリオスはプリプリと怒っているが、よくわからない。

 こっちじゃゼリーは汚物扱いなんだろうか。

 じゃあ、それにまみれて戦ってたフィリは……


 ……やめよう。

 不埒なことを考えるもんじゃないよ。

 それより合格だ!

 合格は何よりも尊い。

 フィリの悪しき留年の道は……ここに絶たれたんだ!


 しかし、フィリは別に嬉しそうに喜んだりするそぶりを見せない。

 大きなため息を吐いて、緊張を解いてはいるようだけど……


「フィリ? 大丈夫か?」

「よかったあ。わたしのせいで、ハルキリくんが不合格にならなくて」

「そっちかよ。

 俺のことより自分の留年阻止を喜びなさいよ……」


 まったく、ぼっち期間の長かったフィリさんは、仲間への感情が重いんだから。

 とか茶化そうとして、なんか場の空気が重いのを感じる。

 あれ。

 どうも雲行きが怪しくないか?


「おい、おっさん。この合格ってパーティ単位での合格だよな?

 それとも、俺一人への評価としての合格か?」

「パーティ単位での評価は、課題に期待される提出物が出ているかどうかで判断する。

 しかし、当然個人単位でも評価することはある。

 運び屋のロールにありながら、高級素材の保管状態に気を使えなかったのは、運び屋フィリの大きな失点だな」

「待て待て待て待て!」


 じゃあ何か?

 俺は合格でもウチのフィリだけが不合格って言いてえのか?

 そいつはちょっと聞き捨てならねえ話だぜ。


「魔導具発動までの30秒、うち18秒を稼いだのはその運び屋、フィリだ。

『白昼夢』の刺突と叩きつけとをことごとく防いでな!

 その際、『殻』を使わなければならない事情があった!

 運び屋としての保管のミスじゃない!」

「『白昼夢』との交戦の詳細については聞いていないな」


 ……なんか。


「手札の詮索不要が探索者のルールなら、詳細を伏せるのは当然だろ」

「……不都合を解決するために止むなく事情を話さねばならないことはある。

 初心探索者フィリは、うわ言のように『ハルキリくんをたすけなきゃ』と繰り返すばかりで要領を得なくてな」


 ……な~んかな。


「じゃあ、俺が逐一説明してやろうか? 最強運び屋フィリちゃんによる【空間倉庫】異世界無双の様子を」

「その必要があるだろう。

 今回のように戦果に関して疑義がある場合、講師探索者による査問会が開かれる。

 その場で申開きするといい」


 な~~んか、さあ。

 気に入らねえな。

 いろいろ誤魔化そうとしてるけど、フィリを留年させようとしてるよな、こいつ。

 となると、疑問が一つ湧いてくる。

 こいつは、

 ……わからない。


「なんでそんなにフィリを目の敵にするんだよ」


 から直接聞いてみた。

 俺は恐れ知らずの男、ハルキリ。

 空気とか無視してにガンガン質問しちゃうけど、どうする?


 あまりにも直接的な質問を突然浴びせられたおっさんは一瞬虚を突かれたように言葉を飲み込むと、ゼリーを手で払う時のように顔を顰め、フィリを指さして答える。


「決まってる。その動く死体リビングデッドが気持ち悪ィからだよ」


 講師探索者という立場をかなぐり捨てて、一人の人間として嫌悪感を隠さぬまま。

 ヘリオスは唾を地面に吐き捨てると、


「現時刻を持って初心探索者ハルキリのパーティは実習を終了。

 追って今実習結果についての沙汰が下るだろう。解散してよし」


 役割を思い出したかのように口調を元に戻し、フィリの名を呼ぶことすら厭わしいとばかりにそう告げ、どすどすと音を立てて去っていった。

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