第3話 わからないことがわかる

「魔力は見えない、聞こえない、触れない、そういうもんさ。

 だから感じるしかないんだよ」


 ねだるがままにサンドイッチを三切れも取り出してくれたお婆さまは、俺が食という人類最大の喜びにおぼれている最中、講義を始めた。

 

「味は?」

「人間でそれを感じる奴ぁいないだろうね」


 へー。なら興味ないね。

 俺は今このサンドイッチに夢中なので。

 ん、でも婆さんの言ってることはおかしいぞ。

 細かい部分が気になる男ハルキリとしては、ツッコミを入れざるを得ない。


「さっき俺の頭に当ててただろ。コンコンコンコン。

 ぶつかってんだから触れてるじゃねえか」

「あれは励起した魔力を固めてぶつけてたのさ。

 魔弾の初歩の初歩、子供のやるイタズラさね。

 加工済みの魔力―――ではあるが、魔力そのものじゃあない」

「……んじゃ、俺はまだ魔力を感知できてないんじゃねーの?」


 と自分で言って、俺は慌ててサンドイッチを懐に抱くように隠す。

 いやだ。

 またあの絶望飯抜き無茶振り地獄に戻りたくない。

 そんな俺を見て、婆さんは笑うでもなく首を一度横に振った。


「いいや。アンタはアレをあたしがやってるって確信したろう?」


 ん? ああ、確かにそう言ったけど。


「でも、俺とあんたしかいねーんだから。犯人はあんたしかいないだろ」

「理屈っぽい小僧だね。そいつは今考えた後付けだろう」


 婆さんは小さく鼻を鳴らした。


「あの瞬間、そこまで考える余裕はアンタにはなかった。

 

 言葉で考えてちゃ魔力は捉えられない」


 婆さんの言ってることはまるで筋が通っていなかった。

 しかしその言葉には奇妙な深みがあって、俺は反論の言葉を失う。

 そんな俺に畳み掛けるように、婆さんは俺の胸の真ん中に人差し指を突きつけた。


「自分の頭を小突く魔弾を、アンタはあたしが魔力で作ってると確信した。

 が、魔力を感じるっていうことだ。

 疑わないこと。可能性を感じないこと。それしかないという

 魔力は突き詰めれば、理性の対極にある」

「……めちゃくちゃ言ってんな。

 理解しがたいっつーか、うーん。理屈として納得できねー」


 根拠のない確信って。

 そんなのただの思いこみじゃないか。

 俺も今日から魔法使いだ~! って思い込めば魔法が使えるって?

 んなわきゃねーだろ。

 と思ったのだが、意外にも婆さんはしたり顔で頷いている。


「なんだい、話がわかるじゃないか。

『理解』『納得』、そういうのから最も遠いのが魔力だってね」

「いや、わかんねーって話をしてるんだよ俺は」

「そう。わからないのが正解ってね」

「婆さんは正解だってわかってんじゃねえか」

「わからないよ」

「わかれよ!」


 禅問答のようなやりとりで、何を言っているのかわからなくなった。

 婆さんは楽しそうにヒッヒッヒとか引き笑いをしている。


「そして最低限とはいえ魔力感知のできるようになった今、アンタはようやくあたしの弟子になる資格を得た。よかったねえ」

「は? 弟子? なんでだよ」

「関係者でもない奴が、この学園の敷地に入ったと知れたらどうなると思う?」

「学園……え? 逮捕とかされる?」

「処刑」


 婆さんは親指で首を横に掻っ切るゼスチュアをしてみせた。

 あ、異世界でもそれで殺すって意味なんですね。

 へえ~。

 え?

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