ダンジョンだいすきダイビング

遠野 小路

第1話 なるほどじゃないんだよ

 万物の内に魔力は宿る。

 石にも、木にも、人の身体にも。

 そう意識すれば、自分の内に暖かな力が巡っているのがわかる。

 俺は目を閉じてその流れに集中する。

 ……なるほど。

 感覚が魔力か。


 みたいな展開、ラノベでよくあるじゃん。

 あのさあ。こんなの普通に無理だからね。

 魔力。感じることなんかできません。

 何が集中だよ。

 どこ? どこに集中すりゃいいんだ?

 何も感じないんだから集中できるわけないんだよね。 

 温かな流れ? 血だろそりゃ!

 この宙に浮かぶ輝く粒子……これが魔力!?

 っつったらさあ、「それはホコリだね(笑)」って言われたことはあんのかよ。

 お前らは真面目に魔力(爆笑)と向き合ったことがあんのかっていってんの!

 ふざけやがってよ!


「はあ。魔力感知すら満足にできないのかい」


 心の底からバカにしたような吐息と共に、心の底からバカにした言葉を投げかけてくるのはここの家主の婆さん。

 灰色の髪を几帳面そうに括り、銀縁眼鏡の向こう側からいかにも陰険そうな赤い瞳がこちらをねめつけてくる。

 ゴミ出しのルール違反をネチネチと執拗に詰めるのを人生の喜びとしていそうな、ああいうタイプの婆さんだ。


「こんなゴミ拾うんじゃなかったよ」


 婆さんは冷蔵庫の奥で見つけた干からびた野菜を見るような目で俺を一瞥する。

 そう。

 遺憾なことに異世界に転移した俺を拾ったのは美少女じゃなくて魔法オタクの偏屈婆さんだった。




 それはつい昨日の話、学校で模試を受けていた最中のことだ。

 一夜漬けは愚かな行為だが、もとから勉強して備えている者が行えばどうなる?

 答え:めっちゃねむい。

 もちろんその効果はあったと言える。昨日復習したところが出題されて、俺はウキウキ気分でマークシートを塗りつぶした。

 一夜漬けならぬ言わば二度漬け―――いいや、俺の知識はもはや漬かりに浸かって百度漬けといっても過言ではない。


 あんまりうまくないので話を戻すと、30分で現国古文漢文と解き終えた俺は、試験最中にもかかわらず大胆に仮眠をとることにした。

 あらかたの見直しは終えたし、残り60分もあれば起きてもう一度見直すことだってできる。

 そして、ここでの仮眠は、続く英語数学地理歴史を解くにあたってもプラスの効果が見込める。

 俺は理性の男ハルキリ。

 総合的にみて総得点を上げるための理性的で最適な判断だ。

 ぐう。


 だから、ふと意識が戻ったとき、とんがり帽子をかぶってドクロのついた杖なんかを持ち歩いてるような、典型的な魔女そのものといった婆さんが目に写って俺は、やばい、本格的に夢まで見ちまった早く起きなきゃなとか思っていたのだが、


「このあたしに転移を悟らせないとは、どこの紐付きか知らないがやるじゃあないか。あの世で誇っていいよ。名乗りな」


 突然でかい火の玉を突きつけられて、なんなら鼻先とかちょっと焼けたのでいっぺんに飛び起きた。


「あああ、ハルキリ、ハルキリ! 鈴宮春桐スズミヤハルキリです!! 話し合おう理性ある人間同士! 話せばわかる!」


 そうして話した結果、物わかりの悪い婆さんは俺に魔力を感じろとかわけのわからないことを要求してきたのだった。



 

「なあ、婆さん。もうやめようこんなことは。

 人道的観点からも効率の観点からも明らかにおかしい。

 とりあえずなんでもいいから食べさせてくれよ。

 人間、腹が減ってはなんとやらだよ。

 そうしたら魔力? 感知とかいう道楽にも付き合ってやるから」

「フン。ペラペラと口だけはいっちょ前だね。

 異世界人だってなら魔法弾の一つや二つちょちょいと撃ってみたらどうなんだい」


 それができたら苦労はしてねえんだよ!!!!

 叫ぼうとした俺の腹が鳴る。

 婆さんはそれを聞いてニヤリといやらしい笑みを浮かべた。


「できるまでは飯抜き。これはゆずらないよ」


 手のひらを上にして何やらモニョモニョと呟くと、何もない空間から黒いもやと共にやたら豪勢なサンドイッチが飛び出してくる。

 パンからはみ出るみずみずしい葉物とてらてらと光るタレにまみれた肉。

 婆さんは俺に見せつけるようゆっくりそれに噛みついた。


「ふざっ、おいババ、おばあ様! ほんと無理、もう無理だって!

 俺にもなんか食わせてくれよ!」

「魔力さえ感じられないようなゴミに食わせる飯はないよ」

「あのなあ、もう丸一日なんも食ってないんだが!? 死ぬって!」

「叫ぶ元気があるうちゃ死にゃしないさ」


 婆さんはサンドイッチを片手に背を向け去ってゆく。

 俺の奮闘にはビタイチ興味がないらしい。

 ついでに何か食い物をよこす気も。


「だいたいね、魔力すら感じられないゴミが生きてても仕方ないじゃあないか」


 なんて非人道的。

 助け合いの精神などといった美しい心をかけらも持ち合わせない哀れなババアに俺は中指を立ててやる。


「くたばれババア……!」

「ひっひっひ。アンタがくたばった後そうしようかね」


 ババアは去っていった。

 うまそうなサンドイッチの香りだけを残して。

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