第10話 岳の思惑

 心配は色々ある。

 ただ、大和を使うと決めた今、心配は一旦置いておくしかない。

 確かに今、人が足りずに苦労しているのは確かで。偶然なのだが、うちのスタッフは、今回のクライアントのタイプらしく。

 別に全員が『かわいい』タイプでなはないのだが──ごく普通の、ごつい男子もいる──クライアントのツボに入ったらしく、男女構わず次から次へと手を出した。

 手を出したと言っても、軽く肩に触れて見つめたり、指先を撫でて誉め言葉を吐いたり。

 これが見目の悪いオヤジならすぐさまセクハラで訴えられるところだが、相手は海外でも活躍するモデルだ。

 名前をラルフ・海斗かいと・エナンデルという。

 父親は日本人だが、フィンランド人モデルの母を持つ。母親の血を強く継いだのか、パッと見は外国人にしか見えない。

 そのため見目はすこぶるいい。ゲイではなくバイということだが、端から手を出され、それほど多くないスタッフに、距離を置こうとすれば必然と人手が足りなくなり。

 大和の申し出は、実のところとても嬉しい。これが普通の仕事だったら諸手を上げて喜ぶところだ。


 しかし。


 傍らで鼻歌交じりに仕事の準備を手伝う大和を見つめる。

 丁度今週、スケジュールが合った為、早速、手伝って貰う事にしたが。

 ちなみに祐二には一日多く休みをもらい、山小屋に戻るのは明日となった。

 今日は屋外での撮影だった。

 その為、持っていくものが多い。他にスタッフも一人つくが、こちらは送迎のみで、時間になったら迎えに来ることになっていた。

 大和は自身の言う通り、確かに一目で気を惹くタイプではない。

 会ったとしても、とりあえずは気のいい友人として終わるタイプだろう。

 実際、岳自身も初めはそう思った。

 しかし、手元に置くうち、まっすぐなその性格に、人を思いやる心に、前向きな態度に惹かれ。なにより、自分に安らぎを与えてくれる存在になっていて。

 手放したくない。本気で好きだと自覚した。

 だから、そうすぐには好意の対象にはならないはず。


 俺の心配のし過ぎか。


 確かに惚れた欲目があるのかもしれない。

 それに、ここ最近、大和に好意を寄せているであろう人物が度々現れ。そのせいもある。

 クライアントのモデルが、相手のどこに可愛さを見出すのか、いまいち分からないが。

 それでも。


 極力、接触させるのは避けよう。


 レフ板やその他もろもろを準備してもらうだけにとどめ、モデルへ直接、接するのはさないつもりだった。


 大和と同じ空間にいられるのは嬉しいんだけどな。


 その日、幾度目かのため息を、岳は密かに吐き出した。


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