第17話 心の中で覚悟を決める
四人で遊園地に行ってから……ちょうど一ヵ月が経っていた。
それまでも、相変わらず深月はオレ達と一緒に行動して、その深月が帰った後も、ソラは内に入り浸っている。
とはいえ夕食を一緒にとるのは千愛梨が嫌がるから、夕食どきになると、ソラは名残惜しそうに帰っていく……そんな平穏な日々が続いた。
しかし今日は、ソラが帰った後、不意に千愛梨が言ってきた。
「皓太、ちょっと話があるんだけど」
ドアを開けてリビングに入ってきた千愛梨は、いつになく真剣な面持ちで腕を組んでいる。というか妹に改まって話があるなんて言われると、なんだか不安になってくるんだが……
「話って……なんだ? ソラが帰った後にわざわざ」
「それは出先で話すわ。ついてきて。外で待ってる」
「はぁ……? 出先?」
オレは眉をひそめるも、千愛梨は勝手に出て言ってしまう。やむを得ないのでオレは、スマホなんかをとってきてから玄関を出ると……さも高級そうな黒塗りの車が、玄関先で止まっていた。
「え……? なにこの車」
「送迎車だって。早くしなさいよ」
「送迎車って……」
「行けば分かるわ」
そんなわけでオレは訳も分からず車に揺られていたが、ほどなくして到着したのは、想像もつかないほど豪華な洋館だった。石造りの門と広大な庭園。映画でしか見たことないようなガチのお屋敷だ。
「え、ここ……どこ?」
「嵐山深月の家」
「はぁ? なんでいきなり、嵐山の家に……」
「だから、もうすぐ分かる」
オレの問いかけに、しかし千愛梨はその一点張りだった。
仕方がないので、オレは車寄せで降りると、どこかの結婚式場かと思えるような玄関ホールから邸内に入った。
そうして案内された応接間だって、広さだけで言ったらオレの部屋の十倍はある。豪華なシャンデリアまであった。
そんな応接間で待つことしばし。
やがて深月がやってきた。いつになく真面目な表情で。
「待ってたわ、皓太。それと千愛梨も」
「あ、ああ……」
深月が少しドレスアップしているのも気になるが、それよりも……
深月と一緒に入ってきた、男性外国人は誰……?
年頃は五十代と言ったところだろうか? 背広姿の白人男性なんて……オレが会う理由は一つもないと思うんだが……
戸惑っていると、深月がさっそく紹介を始めてくれた。
「彼は海外大手レーベルのプロデューサーよ。翻訳はわたしがやるから安心して」
「レーベル……?」
ますます訳が分からなくなってオレが困惑していると、深月は、流れるような英語でその男性とやり取りを始めた。おそらく、オレ達の紹介をしているのだろう。
うわ、深月って……英語もペラペラなのか。というか深月は学年トップだもんな。日本の英語教育では英会話力が育たないという話だが、たぶん深月は、子どもの頃から海外を飛び回っていたのだろう。
つまり深月は黙っていれば──いやソラに熱を上げていなければ超有能だろうに。だから余計に残念感が増しているように感じた。
まぁ……成績は中の下で英語も話せないオレが言うのもなんだけど、言っていないのだからそこは勘弁してほしい。
ともかくそのプロデューサーさんは、オレ達に向かって、興奮ぎみに何やら語り出した。深月がそれを丁寧に翻訳してくれる。
「彼、普段からわたしと懇意にしているんだけど、だから先日、ソラの配信動画を見せたのよ。そうしたらぜひスカウトしたいって話になってね」
「ス、スカウト……!? しかも海外レーベルの人が!?」
「ええ、そうよ。海外のメジャーレーベルとして、ソラを世界にデビューさせたいって」
「ええ!?」
な、何を突然、言い出すんだ……!?
いったい何の話かと思ったら……オレは千愛梨を見るが、千愛梨は涼しい顔をしている。事前に深月から聞いていたっぽいけど……この二人、いつの間に仲良くなったのだろう……?
とにかく、急すぎて頭が追いつかない。メジャーデビューもそうだけど、しかも海外……? あの引退騒動からまだ時間はそんなに経ってないのに。
するとプロデューサーは自分のスマホを取り出し、オレでもよく知る、というか来日したら必ずニュースで取り上げられるアーティストの写真を見せてきた。英語で説明もしてくれるが……さっぱり分からない。
「えっと嵐山、この人はなんて……?」
「彼がプロデュースしているアーティスト達よ」
「この人が……!?」
「ええ。つまり実績を見せているってわけよ。『わたしに任せてくれれば、彼ら彼女らと同じくらいのスーパースターにしてみせる』って言ってるわ」
「ソラを、この人達と同等に……!?」
オレは完全に、飲み込まれてしまっていた……
というか、何でこんなとんでもない話を、オレみたいな地味な男にしてくるんだ……? こんな途方もない話、手に余る。余りすぎる。
ソラに直接交渉したらいいのに、なんでオレなんかに……
オレのその戸惑いをよそに、深月が勝手に話を進めていた。
「つまりね、ソラをまたステージに立たせたいのよ。しかもネットアイドルなんて狭い世界じゃないわ。海外メジャーとして、ソラの魅力をみんなに伝えたいの」
深月は、真っ直ぐにオレの顔を見てきた。
「念のために言っておくけど、わたしはソラの動画を彼に見せただけよ? つまり、スカウトしたいと決断したのは彼自身だからね。だからわたしのコネというより、ソラの実力が、彼を虜にしたってことよ」
「実力……」
まぁ確かに……ソラの才能は本物だろう。オレだってソラのイチファンなのだから、その凄さはよく分かっている。
だがソラは引退を選んだんだぞ……オレのせいで。
すると千愛梨が、オレの心を見透かすかのように言ってくる。
「ソラの才能を埋もれさせるなんて、もったいないと思わない? 皓太だけが独占していいの?」
「な、何だよいきなり……オレだって好きで独占してるわけじゃないし……」
「結果的にそうなっていたら言い訳できないでしょ。現に、日本中のファンは悲しんでいるじゃない。皓太の命がいくつあっても足りないよ?」
「さすがに命までは……」
「でも逆上したファンが何をしでかすか分かったもんじゃないでしょ。学校ではどうなのよ?」
「そ、それは……」
「しかも、ソラの素性が学校で知られているってことは、その個人情報がいつ漏れたっておかしくない。そうしたら皓太だって、他人事じゃないんだから」
「………………」
「そしてもちろん、わたしもね」
「……!」
確かに……言われてみればその通りだ。
悪意を持ってソラの住所なんかを流す生徒はいない、と思いたいがそうとは限らない。すでにマスコミも嗅ぎつけているようだし……
それにオレだけならともかく、千愛梨にまでその被害が及んでは……取り返しが付かなくなる……!
そんな千愛梨は、前のめりで言ってきた。
「わたしは、皓太が心配なの。あんたがずっとソラに狙われ──じゃなくて、ソラのファンに狙われていると思うと……正直、気が気じゃない」
オレは言葉に詰まる。その可能性がないとは言い切れず、黙るしかなかった。千愛梨への被害も含めて。
それに……そもそも、あれだけの歌唱力やダンスを持つソラの才能を、このまま埋もれさせてしまうのは惜しい……それも間違いない事実だ。
海外の大手レーベルまでもが、海を越えてスカウトに来るなんて、どう考えたってチャンスに違いない。深月の口添えがあったとしても、その実力は間違いないのだ。
それを潰していいのか……?
オレとイチャラブ生活を送るためだなんて、そんな理由で……
だけど、肝心のソラがやる気ないんじゃあ……
だからオレは、困り顔を千愛梨に向けた。
「でも……ソラは国内レーベルの誘いさえ全部断ってたんだぞ? 本人にやる気がなければ、この話だって無理じゃないか」
「それは皓太のせいでしょ」
「オ、オレの……?」
「アイツの目的は、皓太と一緒にいること。でも逆に言えば、皓太が『やってほしい』って言えば、きっとソラは断れないわ」
「……そう、なのか……?」
考えてみれば、ソラはいつだってオレ優先だった。
というか、オレのためにアイドルをやっていたり、オレのために稼いでいたり、全部オレ絡みだった。
オレにはそれほどの価値はないというのに……
どうしてソラは、そうまでしてオレに執着するんだろう?
いや……いま考えるべきは、そこじゃない。
確かに深月が言うとおり、オレから勧めてみれば、ソラは復帰する可能性はあるだろう。
でも、だからといってやりたくないことを無理強いさせるのは……
逡巡するオレの顔を、千愛梨がじっと見つめてくる。
「ねぇ皓太。本当に、あんたがソラを独占していいの? 100万人のファンが復帰を待っているのに?」
そこに深月も言ってくる。
「そうよ……わたしだって、ソラの歌声をまた聞きたいわ……!」
「………………」
確かに「もったいない」っていう思いはオレの中にもある。
ソラのファンを裏切った罪悪感が消えないのも事実だ。
だとしたら……無理やりじゃなくて、どうにかしてソラの同意を取り付ける必要があるのだが……
それは、どうすればいいのか……
「……わかった。オレがソラを説得してみる」
意を決してそう告げると、千愛梨は「やった!」と手を叩いて、深月のほうはなぜかホッとした表情を浮かべた。
そしてオレは……心の中で覚悟を決める。
──もういい加減、ソラに本気で答えなくちゃいけないんだよな……オレも。
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