第5話 むきーーーーーーー!?

「あなたの引退なんて認めないわよ!」


 他クラスだというのに来るや否や、ツインテ女子がそんなことを言ってきた。


 同じ高校の生徒とはいえ、面識のない女子にいきなり怒鳴られ、コミュ障のオレは言葉を詰まらせるしかない……!


 まぁ怒鳴られているのはソラなのだが、今の彼女はオレを庇うかのようにして立っているから、ソラ越しに罵られている気がするのだ。


 はぁ……我ながら、女子の背中に隠れるなんてなぁ。だがしつこいけど、この状況はどこまでもソラの問題だから……仕方ないと思うことにしよう、うん。


 などと考えていたら、オレの気も知らないツインテ女子が捲し立てる。


「このわたしが、一体どれほどあなたを応援してきたと思っているの!?」


 そんな突然の罵詈雑言に、しかしソラは極めて普段通りに応対した。


「知りませんよ」


「知らないとは言わせないわ! わたしのハンドル名は『みずきラブソラ命』! ご存じでしょう!?」


「…………?」


 ハンドル名を言われても、ソラは首を傾げるばかり。っていうかあの子、そんな恥ずかしいハンドル名をよく公言できたな?


 いずれにしてもツインテ女子は、首を傾げるソラにたいそう驚いたようだ。


「あ、あなた、覚えていないの!? 最古参のファンを!?」


「最古参であろうとなかろうと、ファンの名前は一人も覚えていませんが?」


 なにげに酷いことを公然と言い放つソラ。これでよくあそこまでの人気が出たな……


「はぁ!? 毎回毎回、最高額の赤スパを連投し続けたじゃない!?」


「えーと……その節は、毎度ありがとうございました」


「過去形!?」


「おかげさまで、皓太さんとの結婚資金も十分貯まりました」


「お祝儀にしては高すぎでしょ!?」


 ……な、なんなんだ、このやりとり。


 オレが、ツインテ女子の迫力に圧倒されていると、彼女はワナワナ震えながらも、ようやく自己紹介をし始めた。


「わたしはあなたの熱狂的最古参ファン、嵐山深月あらしやまみずき! ハンドルネームは『みずき♡ソラ命』! この世界であなたを誰よりも敬愛してやまない人間よ!」


「わたしを最も敬愛しているのは皓太さんですが?」


「むきーーーーーーー!?」


 いやいやいや……


 確かにオレはソラを尊敬しているけれども、それが最上級なのかは一度検証をしたほうがいいと思うし、そもそも「むきー」なんて言いながら地団駄踏む人間は初めて見たぞ?


 っていうか嵐山って……どこかで聞いた気が……


 あ、そうだ!


 この学校で一番有名な、お嬢様の名前じゃないか!


 この高校はごく普通の公立高校なのだが、そんな学校に、超の字が着くお嬢様がなぜか入学してきたということで、その頃はけっこう話題になっていたもんだ。


 それが彼女、嵐山深月ってことか……


 まさかとは思うが……ソラを追いかけて、この高校に入学したってわけじゃないよな? 最古参ということは、中学校のころから深月のことは知っていたんだろうが……


 でも彼女の剣幕を目の当たりにすると、その可能性も否定できず、オレはドン引きだった。


「とにかく! わたしはあなたが引退するなんて認めないわよ!」


 深月は、ソラに向かってそんなことをしつこく言っている。


(あ……これ、ヤバいんじゃないか……?)


 オレは内心で冷や汗を掻いた。ソラは、あまりにしつこく絡まれると、相手を敵と見なし、徹底抗戦を始めるのだ……!


 オレは今、ソラの背中しか見えないからその表情は分からないが……しかし、ソラと相対する深月の顔が、さっと青ざめたことから、ソラが怒り始めているのは想像に難くない……!


「あなたには、関係のないことでしょう?」


「……っ!」


「なのにそれ以上、文句を言うのなら……こちらにも考えがありますよ?」


「…………!!」


 静かにそんなことを言うソラに、深月の顔がどんどん歪んでいく。


 まぁ……そりゃそうだろう。武道の達人であるソラは、怒ったときはそれだけで怖いというのに、推し本人の逆鱗に触れようとしているのだ。


 とはいえ深月としても、突っかかった手前、そう簡単に引けないはず……


 いったいどうなるんだ……!?


 きーんこーんかーんこーん……


 などと、オレが一人で慌てふためいていたら予鈴が鳴った。


 すると弾かれたように深月が言った。


「今日はこの辺で勘弁してあげるわ!」


 まるで三流悪役そのまんまの捨て台詞を吐いて、深月がきびすを返す。その振り向きざまに、オレへ鋭い視線を向けてきた……!


 そ、そりゃそうだよな……


 オレが原因でソラが引退するんだから、オレを恨むよな……


 オレは何一つ、悪いことはしていないというのに……!


 オレがちょっと涙目になっていると、のっしのっしと去って行く深月に向かって、ソラが声を掛ける。


「言っておきますが」


 そのソラの声は、オレでも聞いたことないほどゾッとするものだった。


「もし、皓太さんに何かをしようものなら、わたしはあなたを許しません。絶対に」


 そんなことを言われて、深月がピタリと足を止める。


 その数秒後、振り返る深月は……もはや涙目だった。そして──


「い、今に見てなさいよ!? 必ずあなたを、アイドル復帰させてやるんだからーーー!」


 ──などと叫んで教室を飛び出していった。


 推しを怒らせて泣くくらいなら、最初から突っかからなければいいのに……


 オレが呆れていると、ソラが振り返る。


「皓太さん、あなたはわたしが、命に代えても守りますからね」


「お、大げさな……」


 そんなソラからは、先ほどの怒気は霧散していたが……


 オレは、嵐山深月という女子に、そこはかとない不安感を覚えるのだった……

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