第3話 この先ずっと、わたしが守って養ってあげますからね♪

 配信を終えた瞬間、ソラわたしの胸は高鳴っていました。


 ようやく、皓太さんを独り占め出来ます……と考えると、思わず頬が緩みそうになります。


 ただなぜか、こんなに胸が高鳴っているのに、わたしの表情はあまり動かないのですが。


 もっと分かりやすく感情を表に出したいのですが……こればかりはどれほど訓練しても出来なかったのです。


 ですがもう、そんな細かいことはどうでもいい。


 なぜなら今日をもってわたしは、アイドルを引退したのですから!


 お金のためだけに、つまりは皓太さんと退廃的なイチャラブ生活を送る資金を作るためだけに、我慢してやっていたアイドル活動を辞められたのですから!


 ああ……これがきっと『ヤクザ屋さんがシャバに出てきた』という心境なのでしょうね。知りませんけど。


 とにかく早く皓太さんに会いたいと思い、わたしは配信スタジオを急いで出ると、その足で皓太さんの家へ向かいました。インターホンを押しても反応がありませんので、勝手知ったる幼馴染みのよしみで玄関を開けます。


 そして皓太さんの部屋の前でノックしました。


「皓太さん、いますよね?」


 中でどたばたっ……という音がしますが、なぜか返事がありません。


「皓太さん? あけますよ」


 有無を言わさず扉を開けると……


 ベッドの上で、わたしに視線を向ける皓太さんを見つけた瞬間、胸の奥が熱くなるのを感じました。


 ですが……


 皓太さんは、なぜか怒っているようでした。


「お、お前……さっきの配信……どういうつもりだ!? なんの相談もなしに……」


 ああ、なるほど。


 怒っている理由は、突然の引退宣言でしたか。


 予想はしていたので、わたしは冷静に説明をします。


「相談したら、皓太さんは反対するでしょう?」


「…………!」


「だから、ですよ」


「で、でも……!」


 皓太さんはいつもどおり、声が少し裏返って、口ごもります。


 生まれたときからの付き合いだというのに、未だにこうなのです。


 そんな仕草が、シャイな皓太さんが……たまらなく、愛おしい……


 だというのに鉄面皮のわたしは、それを表情に出せずもどかしいのですが、いずれにしても、皓太さんの不興を買い続けるわけにはいきません。


「どうもこうもありませんよ。配信でお伝えしたとおりです。皓太さん、いよいよわたしたちだけの、退廃的なイチャラブ生活を始めましょう」


「あ、あのな……!? っておい!?」


 そう言いながら、ブラウスのボタンを一つ……また一つと外し始めたわたしに、皓太さんは目を白黒させます。


 うふ……ほんと、可愛い……


 ああ……このまま抱き締めてしまいたい……


「な、何してんだ……!?」


「え? ですから、退廃的なイチャラブ生活をこれから実践すべく、つまり有言実行すべく、まずは脱ごうと」


「脱ぐな!?」


 わたしは、プロポーションにはそれなりに自信があるのですが……


 どういうわけか、皓太さんって、毎回こんな反応なんですよね。


 だからわたしも、これまではかろうじて我慢したのですが。


 でももう、アイドル活動も終わりましたし、我慢する必要はないと思うのです。


 だからわたしは問いかけます。


「どうしてですか? 皓太さんは、わたしが嫌いですか?」


「き、嫌い!? い、いや……そういうわけじゃ……」


「では好いてくれてますか?」


「すすす、好くとか!?」


「少なくとも、わたしはずっと好きでしたよ」


「ずずず、ずっと!?」


「はい。ライブ配信でも言いましたが、わたしは皓太さんの事を愛しています。これまでも、これからもずっと」


「!?!?」


 もはや皓太さんは、茹でタコのように顔を真っ赤にしていました。


 その隙にわたしはブラウスをはだけ、ゆっくりと、皓太さんに近づきます。


「ま、待てって!?」


「もういいじゃないですか。わたしも公言してしまいましたし、今や公認カップルですよ」


「オレの意向は!?」


「そんなの知りません。もうわたしからは逃げられないのですから」


 そうなのです。


 皓太さんはもう逃げられないのです。


 そもそもわたしがアイドル活動をしていた理由は、イチャラブ生活資金を得るためと、もう一つありました。


 それは、逃げ場を無くすこと。


 有名になったわたしが派手に公言すれば逃げ場がなくなりますし、さらに炎上すれば、皓太さんのことですから、絶対に、わたしを見放したりしません。


 つまりは外堀を埋める、ということですね。


 外堀が埋まるどころか、土嚢どのうが積み上がってしまった気がしなくもないですが、大した問題ではありません。


 だからわたしは、皓太さんの頬へと手を伸ばしました。


「……っ!?」


 皓太さんが全身を硬直させます。


「ふふっ……優しくしてあげますよ」


「な、何を言って……!」


 そうしてわたしが、皓太さんの唇めがけて顔を近づけた、そのとき。


 バンバン!


 扉が、ノックどころではなく思いっきり叩かれていました。


「あのさ!」


 その甲高い声に、わたしは振り向くと──


 ──出入口には、皓太さんの妹である千愛梨ちありさんが立っていました。


「千愛梨さん?」


「そういうのは、外でやってくんない!?」


「いえ、わたしたちはそこまでアブノーマルでは──」


「屋外って意味じゃないわよ!? 他でやれっていってるの!」


「ああ、なるほど。では皓太さん、わたしの家に行きましょう」


「なんでそうなる……!?」


 なかなか動こうとしない皓太さんに、わたしはいささか困っていると、千愛梨さんが言ってきます。


「とにかく! 家族がいるってのに妙なことしないでよね! ほんっと迷惑!!」


 などと言いながら、隣の自室に戻っていきました。


 そんな千愛梨さんを見届けてから、わたしは、むき出した肩をすくめて皓太さんを見ました。


「ふふ……怒らせてしまいましたね」


「い、いいから服を着てくれ……!」


 はぁ……やっぱり、新居は必要ですね。


 でもお金はあっても、わたしはまだ高校生ですし、おうちは買えません。


 もちろんホテルなども基本的には使えませんし……


 どうしたものかと頭を悩ませながらブラウスに袖を通していると、皓太さんがまだ怒っていることに気づきました。


「皓太さん、まだ怒っているのですか?」


「あ、当たり前だ! 勝手にアイドルをやめるわ、オレを巻き込むわ……」


「巻き込んだのは、本当に申し訳ないと思っています」


 実はまったく思っていないし、むしろ意図的なのですが、そこは内緒です。


「だからわたしは、生涯を掛けて、皓太さんを守り抜きます」


「……は?」


「これから皓太さんは、きっと、嫉妬に狂ったファンに絞め殺されるに違いありません」


「ち、違いないの……?」


「でも大丈夫です。わたしは合気道の達人でもありますから、皓太さんの側にずっといて、お守り致します」


「い、いやその……」


「心配しないでください。ですが、皓太さん自らがわたしの手の届かない所にいては、守ることも出来ませんから」


「………………」


「だからいつ何時も、わたしから離れてはいけませんよ」


「………………そ、それが炎上の目的か……!」


 あ、バレてしまいました。


 でもいいのです。


 バレたところで、もはや、事態を収拾することは皓太さんに出来ないのですから。


 だからわたしはちょっと舌を見せました。


「さて、なんのことでしょうか?」


「お、お前は……!?」


 ですが、ちょっとコミュ障気味の皓太さんは、それ以上、わたしに何も言えなくなるのでした。


 ふふ……この先ずっと、わたしが守って養ってあげますからね♪

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