9話
ようやく旅の準備が整って、三咲は、アンバーとともに馬車のそばに立つ。
もう日はすっかり高く昇っていた。
夜明けから準備を始めたのに、随分かかってしまった。
急がなければ、今夜もまた野宿だ。
まあ、たとえそうなっても、敵がよほどの強さでなければ、まったく心配のいらないメンバーではあるけれど。
「それじゃあ、ソレイル。本当にありがとう」
「ああ。いつでも戻ってくるといい。アンバー、お前もよく仕えよ」
「はい、長。お元気で」
ソレイルの後ろには、神狼族の皆がずらりと並んでいる。
彼女は強制していないそうだから、一昼夜で、多少なりと親しくなれたのかな?
いや、アンバーの見送りかもしれない。
アンバーに促されて、馬車に乗り込むと、中は思いのほか広くて、三咲はこわごわと入る。
どう見ても、外観と中の広さが釣り合っていない。
二頭引きの四人掛け馬車だったはずなのだが、中は六畳くらいはありそうだ。
道理で、荷物がすべて収まるはずである。
ソレイルが色々贈ってくれたので、狭い荷台には乗らない量だったのに、アンバーは顔色一つ変えずに積んでいくから、おかしいと思った。
六畳ほどの部屋の中には、水場や火気こそないものの、座り心地のよさそうなソファや、品の良いコーヒーテーブルなど、息抜きできそうなものは、大体そろっており、本棚には本が、コーヒーテーブルにはあらかじめ紅茶などが揃っていた。
服をしまうクローゼットまである。
アンバーが、積む端からしまっておいてくれたのか、荷ほどきしていない荷物はないようだった。
「ミサキ様、ご出発してもよろしいですか?」
扉の向こうから、アンバーが顔を出した。
「あ、うん。それはいいんだけど、これどういうこと?」
「?・・・ああ! この馬車でしたら、ミサキ様が神具にされた際、魔法具に進化しておりましたよ。御存知かと思い、お知らせしませんでした。申し訳ありません」
彼女が悪いわけではまったくないのに、申し訳なさそうにするアンバーに、こちらが申し訳なくなる。
どう考えても、自分の目で確認しなかった私が悪い。
「ごめんなさい、アンバー。不思議に思っただけだから、どうか気にしないで。
アンバーはもうよく働いてくれてるよ。
ごめんね。手をかけるけど、これからもよろしくね」
「もちろんでございます!」
そうしたひと悶着を経て、本当にようやく一行はフェンリルたちの巣を出発した。
最後に、アンバーとともに馬車に乗り込む前に、フェンリルたちが、次々と遠吠えを始めた。
三咲は驚いて、扉に手をかけたまま振り返るが、アンバーが涙を湛えて、微笑んでいるので、少し考えて、三咲はひらりと手を振って、改めて馬車に乗った。
おそらく、見送りの声だろう。
アンバーもゆっくりと別れを惜しみたいだろう。
一日二日の友は引っ込むとしよう。
ウォンウォンキューンキューン!
二十頭ほどしかいないのに、見送りは騒々しく、彼女がどれだけ好かれているのか、伝わってきた。
しばらくして、アンバーも馬車内に入り、御者台側の小窓から、ホルスとオシリスの二頭に方向を教える。
馬車は緩やかに進みだし、一定の振動を感じながら、三咲はアンバーに向かいの席を勧める。
「アンバー、ここどうぞ。立ちっぱなしは疲れるよ?」
「まあ、ありがとうございます。お言葉に甘えますね」
彼女は丁寧なしぐさでソファに座り、そしてこぼれ落とすように、思い出し笑いを漏らした。
「ふふ、」
「どうしたの?」
「いえ、本当にミサキ様は変わった神様だなと思いまして。得難いくらいお優しい」
本当にアンバーが嬉しそうにいうものだから、三咲はパチパチと目を瞬いた。
席を勧めただけで?
満席でもないのに。
相手に立たせている方が嫌なだけだけどな。
「そんなに他の神様は、ひどいの?」
三咲が、そんな問いに行き着くのも、必然だった。
「はい、いいえ。なんと申しましょうか。
決してひどい神々ではないのですよ?
悪神にでもならない限り、悪逆非道なことはなさいませんし、慈悲深い神々です。
この世界を見守っておられる神々を、我々系譜のものは尊敬しております。
・・・ですが、その、」
云いにくそうに、アンバーは言葉を区切る。
「ですが、神々は天上の存在ですから、地上の我々からすると、いささか、その、ずれていらっしゃるのです。
ですから、ミサキ様の元人族としての言動は、我らには新鮮に映ります。
しばしの間無礼を働くこともあると思いますが、どうか寛大な慈悲をいただけますよう」
アンバーが膝に頭を埋めるぐらいに、直角に頭を下げる。
これは褒められてないよね?
確実に他の神々より下に見られている。
いや、自分が上だとは思わないが、なんか釈然としない。
・・・元人族だって伝えたのは、早まっただろうか?
三咲は眉間にしわを寄せた。
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