第8話 打倒

「あっ……」

 直は胸の辺りに違和感を感じた。懐に手を入れてあるものを掴むと、健たちの目の前に取り出した。彼の手の中には、粉々になったお守りがあった。

「母さんがくれたやつだ」

「これが僕たちを守ってくれたんだね」

 直と健は粉々になったお守りを静かに見つめていた。

「その代わりと言っては何だが、これを身につけとくといい」

「はい、これ」

 亮と文は、直と健にそれぞれあるものを差し出した。

「数珠……いや、ブレスレット……?」

 そう言って二人はそれを右手首に身につけた。

「健、かっこいいね」

 文は健に頬を摺り寄せた。そんな彼の頭を健は優しく撫でる。すると突如轟音が鳴り響く。振り向くとそこには、大きな竜の姿をした怪異らしきものが、目を赤くして佇んでいた。

「なぜだ……。なぜ元に戻っている……。正気でいられる……!」

「おいの直は、そう簡単にやられないんだど」

「そうだぞ! 健だって負けないんだからな!」

 二匹は二人の前に立ち、怪異たちに立ちふさがる。奴らは、復活した二匹の姿に目を向ける。すると何かを察したのか、顔をにやけさせる。

「まずはお前たちを……仕留めてやる!」

 奴は宣戦布告すると、手始めに黒い霧を纏う。すると鋭い刃に形を変えて、それを狸たちに向けて放たれていく。それは二股に分かれていくと、亮と文の身体を目掛けて襲い掛かる。

「スケちゃん!」

 文は亮の身体を引っ張るも、亮は微動だにしなかった。

「フミ、お前だけでも逃げろ……」

「嫌だよ! スケちゃんがいなくなったら……!」

 命の危険を省みず言い争うも、時間は待ってくれない。容赦なく刃は二匹に切りかからんとする。

「二人のことは頼んだど……」

 そして、亮は文を思い切り突き飛ばした。



 ドカン――。



 嫌な音がした。文は最悪な状況になったと思い、怖くて顔を上げられなかった。

「スケちゃん……!」

 亮は意識が少しずつ遠のいていく気がした。しかし痛みは何も感じなかった。いや、感じる暇もないと言ったのが正しいだろう。自分の命と引き換えに二人と一匹を守ったのだ。その使命感でいっぱいだった。

「さようなら……」

 亮は体の力が抜ける感じがした。



 その時だった。亮はひょいと持ち上げられたかと思うと、一発頬をはたかれていた。びっくりして目を見開くと、直の姿があった。

「まったく勝手なことしやがって」

「危なかった……」

 文は二人の声を聞いて目を開けると、直と健が手を前に突き出して、魔法陣のようなもので攻撃を防いでいた。

「すごいよ、健!」

 文は思わず泣きながらも、大きく喜びながら健のもとに駆けつけた。健はゆっくりと一回頷くと文を抱きかかえた。

「直……?」

「いやあ、意外と何とかなるもんだなあ……」

 直は安堵するも、奴の攻撃は次々に彼らのもとに襲い掛かってくる。それどころか、黒い靄で蝙蝠のような大量の子分たちが一気に押し寄せてくる。直は亮を肩の上に乗せると、大きく跳ねながら攻撃を躱していく。

「なんで逃げなかったど?」

「一緒に戦うって約束したのに、自分を犠牲にしようとするのはね」

 亮は少し恥ずかしながらも、コクンと頷いた。


「許さぬ! この地を荒らす者どもは!」

「それはこっちのセリフだ」

 直は、亮の妖力を使って奴らの動きを止める。それでも子分たちは、直に向けて攻撃を仕掛けようとする。一気に大量の光線が直に向けられるが、一気に弾き倒されていく。健が文の妖力を使って、敵たちに大量のパチンコ玉を一気に命中させていた。

 思わぬ形で丸腰になった怪異は動くこともできなかった。直と健はジャンプして、掌に剣を実体化させると、一緒にその怪異の心臓部分を一突きにした。

「「せーのっ!」」

 鈍く低い音が大きく島中に響いたような感じがした。

「うっ、うがあああああ!」

 怪異はその場で倒れこみ、呻き声を懸命にあげる。そして這いつくばりながらもなんとか飛び立ち逃げようとする。

「絶対逃がさない!」

 健はそう言って、本のようなものを開いて投げつけた。怪異たちは、みるみるうちに本の中に吸い込まれていく。

「貴様ら……、覚えてろ!」

 奴らは断末魔とともに、その本に吸い込まれたのだった。ふと見上げると、いつの間にか朝日が昇り始めていた。


 健は本を回収すると、かの怪異が封印されたページを開いていた。

「フミ、押すぞ」

「うん」

 二匹はそのページに肉球を押すと、一瞬ピカッと光ったのを確認した。

「これで封印だな」

「やったね」

 二匹の狸は互いにハイタッチした。直と健は、閉じ込められていた数人を、洞窟から引っ張り出していた。幸いにも生きてはいるようで二人は安堵していた。その中には直の友人の翔平の姿があった。

「良かった。翔平が無事で……」

「本当に良かったですね」

 健はゆっくりと掌を直に向けた。そして直はそこに向けてハイタッチする。

「でもこの姿は……、誰にも見せられないですよね。アイツに見られたら笑われるに決まってるし」

「何も知らない人から見たら、ただのコスプレ野郎の不審者ですからね。僕たち」


 *


「あれ……、ここは?」

 翔平が目を覚ますと、大狸に乗って空を駆けていた。

「俺、死んじゃったのかな……」

「何バカなこと言ってんだ」

 大狸は思わず声を出してしまった。翔平は少しハッとして起き上がる。

「山井の声がしたような……。気のせいか。でもなんか懐かしいような……」

 彼はすぐにその背中に寝転んだ。その大狸の正体が、友人の山井とは気づかなかったようだった。だんだん毛皮の気持ちよさに眠気が誘われ、翔平はまたすやすやと寝てしまった。

 直は器用に彼を寝かせると、病院の近くまで彼を運んで行ったのだった。


 *


『六科島で発生した失踪事件ですが、行方不明となっていた方は全員無事に発見されました……』

 直は健と一緒にアイスに食らいつきながら、先日のニュースを眺めていた。狸の亮と文も小さなビニールプールに浸かりながらゆったりとしている。

「みんな無事でよかったです」

「そうですなあ。俺の友人も無事に帰れたようで……」

「一緒に帰れたらよかったですね」

「恥ずかしいんで、ノーセンキューです」

 この後、直はフェリー乗り場へ向かうこととなっている。それはすなわち、直が地元に帰ってしまうことを意味していた。直はすでに荷物の支度を済ませていて、迎えのタクシーが来るまで、暇を持て余していた。しかし、健は笑いながらも表情が少し陰っているように見えた。

「健くん?」

「何でしょう」

「今度は遊びにおいでね」

「その時は、お世話になります」

 迎えのタクシーが家の前に到着した。直はトランクに荷物を詰め込むと、健とともに乗り込む。家からフェリー乗り場までは十分くらいかかるのだが、車中では話すことなく無言が続いていた。狸たちも何かを察してか、静かに島の景色を眺めていた。

 ようやくフェリー乗り場に着いた直は、健に取り卸しを手伝ってもらいながら乗船手続きを行う。間もなく乗船時間を迎えると、直と健は目を合わせた。

「それじゃ、お元気で」

「そちらもね」

 直は振り返って乗船口にゆっくりと向かっていった。彼の肩には、緑の子狸の姿もあった。健は赤の子狸とともに、少し涙を浮かべながら彼らを見送った。そのときに小さく鳴り響いた風鈴の音がなんだか忘れられなかった。

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