第9話 ケンカを売っているのか

  四ヶ月後に〈古都ダウラ〉へ行くためもあり、俺は今、大河〈ラメンサ〉の渡し場に来ている。


 大河〈ラメンサ〉は、とてつもなく大きな川だ、川幅は50km以上あると思う、向こう岸は当然見えもしない、船で渡るのに丸一日かかってしまうんだ。

 そのため、早いうちに対岸へ渡ってしまおう、と考えて来たんだけど、運が悪かったらしい。


 渡し場の事務所へ行ったら、なんでも魚鬼キラーフイッシュが産卵のため集まって来たため、渡船の運航を中止していると告げられた。

 河を渡る時に集団で襲われる危険があると言われた、急ぐ旅でもないし、そういう事情ならしょうがない、あきらめてブラブラするか。


 土産物屋さんか、普通の店かよく分からない店を覗くと、何種類かの鏡を売っていた、おっ、持ち運び出来る鏡があるんだな。

 うーん、綺麗な貴石でかざられているが、小さな手鏡のくせに銀貨三枚もしているぞ。

 こんなもん俺には必要ないな、見ても悲しくなるだけだ。


 「ふーん、〈ゆうま〉が鏡を買うなんて、天変地異が起こるんじゃないか。 ふん、だから魚鬼が集まって来たんだな。 〈いろは〉ちゃんの気持ちを無視して結婚を迫ったんだろう、君は本当にやっかい者だよ」


 「はぁー、〈茨木〉よ、どういうつもりだ。 ケンカを売っているのか。 〈いろは〉と俺のことに、お前が口を出すなよ」


 「おぉ、怖い。 大人になったくせに、直ぐ熱くなるのは、男としての余裕がないんじゃないのか。 ふふっ、君なんかとは関わりたくないな。 それじゃ失礼」


 ちぃ、本当に失礼な野郎だ。

 そっちから声をかけてきたくせに、なにをほざいてやがる、昔から嫌な性格をしていたが今も同じだな。


 それにしても、ここで何をしているんだ、〈茨木〉を最後に見たのは、もうかれこれ五年ほど前になる。

 異世界に飛ばされた人が、助け合っていた集団を急に出て行ったんだ、性格が悪いから追い出されたに近かったけどな。


 そう言えば〈いろは〉が、告白されたことがあるって言ってたな、まだ根に持っているかもだ、次会ったら注意しておこう。


 「お客さん、まいどあり。 銀貨三枚になります。 ケースはおまけしてあげるよ」


 えっ、俺は手鏡を持ったまま話をしていたらしい、こんな風に言われたら買わない訳にはいかないよ、トホホホ。

 これもみんな、〈茨木〉のせいだ、ちくしょう。


 気を取り直して、俺は桟橋さんばしで魚釣りをすることにした、魚釣りはスローライフの定番だろう。

 ゲームでも、本編から外れたミニゲームに良くある、寄り道的なものだ、気楽な物だろう。


 釣り道具屋さんで、一式セットで借りた〈竿〉を手に持てば、うっ、〈太陽の薔薇〉のムキムキおっさんの股間を思い出してしまったじゃないか。


 ぐぅ、記憶から押し出すんだ、頑張ってくれ、俺。

 ふぅー、なんとか押し出したよ、再度、気を取り直して、エサをつけてみよう。


 うっ、イソメかミミズみたいだな、うじゃうじゃしているぞ、おまけに俺の指を噛むつもりかウネウネとうごめいている、全然気楽じゃない、一種の試練じゃないのかこれは。


 「ははっ、お若いの、心配しなさんな。 力が弱いから、エサに噛まれても痛くなんかない。 釣りは最高の娯楽じゃよ。 さあ、勇気を出すんじゃ」


 麦わら帽子のおじいちゃんよ、勇気まで出してやるもんなのか、大きな疑問が生じる、だけど俺も男だ、やってやる。


 「えいっ」


 と声を出しつつ、エサを釣針に刺して、ポチャンと仕掛けを投入することが出来た。

 やれば出来るじゃん、俺は偉い。


 「ははっ、ようやられたの。 ゆかい、ゆかい」


 「あははっ、なんとか出来ました」


 少しバカにされている気もするが、麦わら帽子の下に見える顔は、しわだらけで邪気じゃきが無い感じだ、その皺には長年の苦労が刻まれていると思う。


 「おぉ、釣れたぞ。 こいつは味が良いんじゃ」


 「へぇ、少し金色っぽい銀色をした奇麗な魚ですね」


 おじいちゃんは、アジみたいな魚をポンポンと釣っていく、群れで回遊しているんだろう。

 だったら、直ぐ横で釣っている俺はなぜ釣れないんだ。

 腕のせいなんだろうか、全くの初心者だからな。


 でもそれで良い、スローライフはイライラするもんじゃない、釣れないのも釣りの醍醐味だいごみである、過去に負けず嫌いな人が残した格言だ。


 涼しい川風に吹かれて、のんびりウキを見ているだけで、いやされるってことだ。

 ちょっと待てよ、あれ、おかしいな、そのウキが見えないぞ、どこへいっちゃったんだ。


 「おぉ、お若いの、釣れているぞ。 早う竿を立てなされ」


 「あっ、そうなんですか。 ひやー、重い」


 俺は慌てて、なんとか竿を立てることが出来た、どうもかなりの大物らしい。

 無茶苦茶引きやがる。


 必死になって、なんとか釣り上げた魚は、とてもグロテスクで五十cm以上の大きさがある、こんなの要らないよ、とても食べられそうにない。

 シーフードレストランのメニューは、どう考えても乗りそうもない、頼む人は皆無だろう。


 おまけに陸に上げられたのに、ビチビチねながらガツンガツンと口を動かし、ズラリと並んだ歯が鋭く光って見えている。

 これは噛まれれば無事にすみそうにないな、かなりビビッてしまうじゃないか。


 「おぉー、ソイツは〈鬼魚〉の二年ものじゃ。 気をつけなされ。 噛まれたら、肉を持って行かれるぞ」


 えぇー、これが鬼魚なのか、そして、まだ小さいらしい。

 俺は慎重に背後から忍び寄って、剣で刺そうとした、だけど硬い、まるで鎧を着ているみたいだ。


 「お若いの、エラのところに入れるように刺すんじゃ。 そこしか刃は通らんのじゃ」


 「分かった」


 おじいちゃんに教えてもらった通りに、エラをブスッと刺したら、しばらく血をドクドクと流した後、ようやく動かなくなった。

 この〈鬼魚〉ってヤツは、良く見るとシーラカンスのような見た目だな、両生類的な姿をしている、キシヨィって感じだ。

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