37

 神と会話して1日が経過した。

 マキや神はこれ以上咎めないと言ってくれた。

 だが、別の誰かが告発したらどうなるか。自身が罪人となり得る人間だと知らしめられてしまえば、ユイに迷惑がかかる。

 そうなれば模倣屋の人気はまた地の底まで落ちるだろう。誰かに言われたわけでもないのに、ギンは一抹の不安がよぎる。


 いっそリカと一緒に旅へ出ようか。そうすれば時々ユイの顔を見に帰ることができる。リカから色んな常識や文化を教えてもらえるだろう。ユイの家族は皆かなりのお人好しだから。


「ユイ〜、そろそろお父さんはまた旅に出るよ。おみやげいっぱい送るからね」

「いつもありがとう! 次はいつ帰って来られる予定?」

「うーん。1年後くらいかなぁ」

「今回は短めだね」

「そうなんだよ! いつも一緒に行ってる人が家族できたからもっと頻繁に帰りたいって言い始めたからね」


 僕の時はダメって言ってたくせにねぇと少し嫌味っぽく言いながら笑うリカ。ユイもそれはひどいねぇ。と冗談っぽく笑っていた。

 ギンはその様子を静かに聞いていた。ただ、話が終わるのを待っており、2人の会話はほとんど耳に入っていない。

 そこでリカは話したそうにしているギンに気づいた。

 ユイと話し終えた後、ギンの部屋を見せてくれと無理矢理な口実で2人きりとなった。


「どうしたんだい? ユイに聞かれたくなさそうだったから無理に部屋へ入れてもらったけど……」

「……俺も連れていってくれないか?」

「大歓迎! て言ってあげたいところなんだけど、僕としては君はユイと一緒にいて欲しい」

「あいつなら、1人でも大丈夫だろ」

「確かにあの子は強い子だ。でも、歳の近い友達ができなくて寂しがっていた。1番構ってくれていたアイコは今牢屋にいる。もし出てきても、きっと関わることはないだろう」


 リカとしても、アイコとの関係が良いものとは思っていない。だが、それでもユイに話しかけてくれることを少ないながら感謝していたのだ。

 さすがに度が過ぎたため、今後は関わりを持ってほしくないともリカは思っている。


「そして、ハルマ君はまた仕事で忙しくなる。あの子はアイコよりも好意的に接してくれている。けれど、あの子はどちらかというと、能力に興味がある子だからね。ユイの心の支えにはなれない」


 リカは真面目な表情をしてギンを見た。ギンは何を言われるのだろうと息を呑む。


「消去法みたいな言い方になってしまったが、ユイの心の支えになれるのは君しかいないんだよ」

「俺があいつの心の支え? 無理だろ。おっさん俺を過大評価しすぎだ」

「そんなことないよ。君が来てからあの子は君の話ばかりだ。正直親としては悔しいくらいだよ」


 だから、自信を持って欲しい。とギンの頭を撫でた。本当の父親にも撫でられたことのないギンは、言葉を失い鼻がツンとした。泣き出しそうな喉を締めて口を固く閉じた。

 

 どこに行っても歓迎されていなかったギンにとって、その言葉は魅惑的だった。

 ずっとユイから離れた方がユイのためだと言い聞かせていたギンは、本当にここにいてもいいのだろうかと胸が高鳴った。

 しかし、すぐにもう顔も思い出せない親の姿が現れる。

 俯くギンの頭を優しく撫で、リカは優しい声で言う。


「ギン君。後ろ暗いことがあるのかもしれないが、それは君が反省しているから湧いて出る感情だ。その気持ちがあれば大丈夫だよ」

「あんたらは1回も手を汚したことなんてないだろ。だからそんな綺麗事が言えるんだ」


 手を払いのけ、ギンはリカを睨みつけた。ただの八つ当たりだとはわかってる。だが、言わずにはいられなかったのだ。

 リカはその言葉を待っていたかのようににっこりと笑う。

 

「手を汚したことならたーくさんあるよ! 自慢じゃないが、家族にも言えないようなことはたくさんしてる。外の世界で危険な場所にも行くんだから」


 人を殺したこともあるし、人を騙したこともある。神に叱られたこともある。そんなことをリカはギンにまるで他人事のように語り始める。


「ユイは君を認めてるからこそ同じ家に住まわせてるんだよ。もしそうじゃなければ追放させてるって。そういう子だよ、うちの子は」


 リカは歯を見せて笑いギンの頭を思いっきり撫でたあと「じゃ、また1年後に会おうね」と言って去っていった。

 


 ◇



「あ、ギン戻ってきた。今日はねー、ギンの好きな焼きそば」


 フライパンに麺を入れかき混ぜているユイの姿。テーブルにはなぜか昼間だというのにチューハイが数本置いてある。

 不思議そうな顔をしているギンに、ユイは笑顔で答える。


「ギンの誕生日、明日でしょ? 前日誕だよ」


 ギンの椅子のそばに誕生日プレゼントらしき箱が置いてある。


「これは?」

「お父さんからのプレゼント。その隣がお母さんからのだよ」


 開けて良いかと聞く前にギンは箱を開け、中身を確認した。

 リカからのプレゼントは靴だ。ギン好みの少しごつい見た目をしている。中身は柔らかいクッションが詰められていて、長時間歩くのに適していそうだ。

 マキからのプレゼントは服を数着。これもまたギン好みの色味とデザインだ。

 ギンが唖然としていると、ユイは焼きそばをテーブルに置いた。


「お金を出したのは両親。好みの助言は私でーす」

「なんだよ、もう」

 

 無邪気に笑うユイに、ギンは力無く笑い返したのだった。

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