18

「お父さんおかえり! あと、お疲れ様〜」


 初めてのお酒を片手に、ユイはリカの帰還を改めて歓迎した。


 いつもは飾っていない一輪のピンクの薔薇。

 いつもより豪華な食事に高級なワインを数本。テーブルが見えないほどの料理の数々。

 それら全てがギンを圧倒する。

 

 ギン以外はいつも通りの雰囲気であるため、リカが帰ってきた際はいつもこのくらいの歓迎っぷりなのだろうとギンは1人納得した。

 

「ありがとうユイ〜。見ない間に大人になったねぇ」


 赤ワインを一口飲み、リカは嬉しそうにユイを見た。その様子をユイの隣で見ていたギンは、ちびちびと酒を飲みながらいたたまれない様子だ。


「俺、本当にここにいていいのか?」

「もちろんよ。自分の家のようにリラックスしてちょうだい」

「そうだよギンくん。気にせず自然体でいいんだ」

 

 ユイの両親に和かに微笑まれ、ギンは気まずさにワインを煽る。少し顔が赤くなっているが、ギンは特に気にする様子もなく、リカに勧められたつまみを食べる。


「ギンはお酒強いの?」

「いや、知らん。俺は今日初めて酒を飲んだ」

「私と一緒だね。飲む機会なかったの?」


 ユイは今年で20歳ハタチとなった。リカが帰ってきたら飲もうと約束していたため、今日初めてとなったのだ。

 しかし、ギンはユイよりも少し年上だ。すでに飲んでいてもおかしくない。


「……お人好しの親父のせいで借金もあったしな」

「ご、ごめん。聞かなきゃよかった」

「いや、良い。借金は親父が全額返済したし。ただ家族が死んで無気力になってたせいもあるから」


 どうして死んだのか。それを聞くにはまだ少し勇気が足りないユイは口を紡ぐ。それを見兼ねてリカはワイングラスを回しながらギンを見る。

 

「その時に僕がギンくんと出会ったんだよね」


 懐かしいなぁ。と柔らかな声で呟いて、また一口ワインを飲む。


「まず"旅に出てみると良い"て言われて、"もし旅に疲れたら、僕の家族に会うと良い"て言われたんだ」

「そうそう。よく覚えてるねぇ」


 ワイングラスを置いたリカは、食事をどんどんと口に運び咀嚼を繰り返す。話し方はかなりゆっくりなのに対して、食事スピードはとても早い。


「リカ」

「……あ、ごめんごめん。マキとユイの作るご飯がおいしくって!」


 頭をポリポリとかいた後、和ませるためか少し大きめの声で笑う。


「何はともあれ、僕たちは君を歓迎しているよ。……ところで、今はギンくんはどこに住んでいるの?」


 近いうちに遊びに行きたいなぁ。と言うリカにユイは言いづらいそうに口を開いた。

 

「えっと、それのことなんだけど」


 しっかりと経緯を話し、リカが泣き崩れないよう細心の注意を払い話終える。

 だが、リカは話の途中から察したのか、可哀想なほど顔が歪んでいる。


「まだハタチになって間もない娘が同棲だなんて……」


 顔を手で覆い今にも大声で泣き出しそうなリカを見て、ギンは思わず息を吹き出す。

 ユイとマキはギンの様子を笑うが、リカはただただ首を傾げる。


「完全一致はおかしいだろ……」

「その様子からして、マキが僕の言動を当てたに違いない」


 ちょっぴり流れた涙を拭い、ティッシュで鼻をかんだ後、リカは一息置いてから「マキは僕をよくわかっている」と誇らし気に話す。

 その傍らで、ユイは苦笑。

 

「残念ながら膝から崩れ落ちてはないけどね」

「セリフは完全一致だけどな」

「僕が立ってる時に言われていたら崩れ落ちていたかもしれないね……」

「かわいそう」

「ギンくんは誰のせいだと思ってるんだろうね?」


 悲しんでいたのが嘘のように、リカはニコニコと食事を続けた。


 


「ワイン、美味しかった!」

「ああ、そうだな」


 ユイは甘いワインを特に飲み、ギンは度数の高いワインを多く飲んだ。

 赤くなった2人をマキは微笑ましく思ったが、お酒の失敗を心配した。

 

「それはよかったわ。でも、飲みすぎないでちょうだい」

「うん。ほどほどにしとくよ〜。ふわふわするし」

「外で飲むのはまだやめときなさいね?」

「うんうん。やめとくよ」


 おぼつかない娘から食器を奪いテキパキと片付けていく母親。

 何もやることがなくなったユイは、マキをじっと眺めている。

 そんなユイにマキは念を押す。

 

「変な男にお酒をもらっても飲まないでね?」

「わかったって!」


 マキに渡された水を一気に飲み干して少しうんざりしたように唇を尖らせる。

 

「ギン、貴方はお酒に強いみたいだけど、うわばみにはならないで」


 すやすやと床で寝ているリカの隣で、水を飲んでいたギン。ギンはうわばみがわからず眉を顰める。


「うわばみ?」

「大酒飲みの例えよ。酔えないからって大量に飲むのは褒められたことではないわ」

「わかった」


 それは自分の旦那に言えと言いたくなったギンだが、これを見ているからこそ出てくる言葉なのかもしれない。素直に頷いて横で小さく丸まって寝ているリカを横目に追加で水を飲んだ。


「ユイ、今日は泊まって行きなさい」

「うん」


 大きく伸びをして2階に上がっていく。


「ギンも。リカの部屋を使ってくれても構わないのだけれど……どうする?」

「さすがに本人がいるのに使うのは忍びない」

「そう。なら、貴方が今座っているソファはベッドにできるからそっちを使って」

「……ありがとう」


 リカに毛布をかけ、ギンにはシーツと毛布を渡す。

 おやすみと声をかけてマキは2階へ。

 

 皆が寝静まった後も酒のせいか、ギンはなかなか眠ることができなかった。

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