16

 店の開店前にユイとマキは父親を迎える準備を開始した。

 そして、残されたギンは店の準備を任されている。

 


 店の前を箒で綺麗にしているところで、ギンは表情を曇らせる。

 アイコの声が遠くから聞こえてくるからだ。耳の良いギンでなければ鉢合わせていたことだろう。

 

 相手をしたくないギンは、さっさと掃除を終わらせ中へと入り鍵をかける。開けていたカーテンも閉め息を潜め、居留守を試みことにした。

 

 ユイには開店時間になっても自分が帰って来なければ、席を外している旨の立て看板を置いておけば良いと言われている。そのため、少し書き加え、開店時間が遅くなる可能性があることにしてすでに看板を外に設置している。

 短時間でここまでできるのは、我ながら素早い判断だと自負をしゆっくりとソファに腰を下ろした。


 

 外からアイコの声が聞こえるが、まだ開いていないことに気づき不機嫌な声を漏らす。

 なぜ嫌いな相手をわざわざ追いかけるのか不思議で仕方ない。

 

 そういえば、と、人気なライトノベルだからとユイが試しに買った恋愛小説をギンは思い出す。

 気弱な主人公がハイスペックなイケメンに溺愛される話。何故か人気どころは大抵虐げられてからの溺愛が多いらしい。

 ユイは虐めてきたやつ全員しっかり可哀想な目にあっているところまで見ないと気が済まないと読了。

 ギンは虐めの描写が多すぎて途中で読むのを断念。


 恋愛小説の主人公とは似ても似つかないユイに面白さを覚えつつも、どう対処したらアイコは来なくなるのかとぼんやりと考える。

 ユイはきっと1人で楽々と片付けるのだろう。それでも負担はかかるだろうから、俺がどうにかできないかとギンはアイデアの出ない頭を突く。


 そんなことをしている間にアイコは去ったのか声は聞こえなくなった。

 だが、店の前に人の気配はする。それは複数人。気づかれないように窓から外を覗くと、以前ミックスジュースを渡した少女とその親らしき姿が見えた。


 この人たちの無視は良くないとギンは書類の準備をした後、マキの通話機に発信。

 間もなくしてマキが通話に出た後、すぐにユイへと通話機が渡された。


「どうしたの? 緊急?」

「以前助けた子と、その親っぽい人が店の前にいる」

「あー、なるほど。あともう少しで戻れると思うから相手してくれててもいいよ?」

「世間話は得意じゃないんだが……まあ、とりあえず引き留めておくよ」


 契約書や書類の受け渡しも叩き込まれてはいるものの、契約に来たかどうかは話を聞いてみないとわからない。お礼のみで、これとそれとは別で模倣はちょっと……となる可能性もあるわけだ。

 ギンは窓口を開けてから看板の回収へ外へと出る。


「おはよー……ございます」


 ぎこちなく挨拶するギンに、少女と親は和かに挨拶を返した。


「本当に親を連れてきてくれるとはなぁ」

「うん! 今日は2人ともお休みだから連れてきたよ」


 少女と親に椅子を勧め座らせた後、ギンは一度口を閉じた。

 

 いきなり本題に入った方がいいのか? それとももう少し世間話が必要か?

 そうこうしているうちに、両親から深くお辞儀をされたギン。突然のことで後退りをしてしまう。


「うちの娘を助けていただき、ありがとうございました」

「いや、大したことはしてないし……」

「そんなことはありません! 貴方は命の恩人です」


 ありがとうありがとうと何度も頭を下げられ、粗品ですが……と高そうなものをどんどんと渡してくる親に圧倒され、ギンは口は開けるものの声を出すことはできなかった。


「ギンが押されてる……」


 急いで来たユイは、ギンの姿を見ておもしろそうに目を細めた。ギンはこぼれ落ちそうな荷物を手に、ユイを睨む。

 

「見てないで助けろ!」



 ◇



 ユイが大したことはしていないので〜とニコニコと笑みを浮かべながら大量の荷物から少しだけ受け取ろうとしたが、親がそれを許さず最後はすべて受け取ることとなった。

 そして、ありがたいことに能力を預けてもらうことに。


「まだ仮なので気が変わったらいつでも仰ってください」

「ありがとうございます。貴女のような方が模倣の能力者であれば、怖がる必要はないと判断いたしました」


 スーツを着て眼鏡をかけ、いかにも真面目そうな雰囲気を漂わせている父親。

 その隣に座っている困り眉にふわふわの髪が印象的な母親は、少女を膝に乗せ頭を撫でながらユイに微笑んだ。


「私も同意見です。せっかくだしこれを機に、娘にお金について勉強してもらうといいかもしれませんね」

「おとーさんみたいにお金のプロになれる?」

「そうね。きっと貴女ならなれるわ」


 微笑ましい光景にユイとギンは静かに見守っていた。

 父親は「そうだ」と何か思い出したかのようにカバンから名刺を一枚取り出す。


「わたくし、隣のギルドで働いておりますアラタと申します」


 椅子から立ち上がり名刺を両手でユイに差し出しお辞儀をしてからまた話し出す。

 

「お金に関してサポート業務を行なっています。ぜひご利用いただければと……」

「ありがとうございます! どこかで見たことあるなぁと思ってたんですけど、もしかして私が行った時、アラタさん隅で仕事してました?」

「はい。お恥ずかしいところを見られていたのですね」


 笑い合う2人にギンは1人首を傾げていた。

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