残り4

 ヴァレンティナ、エル、エムの三人は、優雅な午後の買い物帰りだった。


 「ご主人様、空を見てください」


 エルがふと立ち止まり、指をさした。


 「ん? どうしましたの?」


 ヴァレンティナがそちらを見ると、遥か彼方の空に小さな光が浮かんでいた。


 「……あれは?」


 「不明な飛行物体です」エムが即座に分析を始める。「軌道を観測……通常の航空機のパターンと一致しません」


 「まさか、UFO……」


 「UFOです!!」


 エルとエムは同時に目を輝かせた。


 「ご主人様、これは貴重な機会です。 もしかすると、未知の知的生命体との遭遇の可能性があります。」


 「未知の科学技術が見られるかもしれません!」


 二人の期待に満ちた視線を受け、ヴァレンティナは冷静にため息をついた。


 「ありえませんわ」


 「えっ?」


 「科学的に考えて、地球外知的生命体がこのような形で接触してくる確率は限りなく低いですわ。それに、もし本当に宇宙人が存在しているとしても、このように堂々と飛来するなど、あまりにも非現実的」


 「しかし、ご主人様……」


 「よくある錯覚ですわ。おそらく気象観測用のドローンか、試験中の新型航空機ですわね。まったく、エルもエムも、もう少し論理的思考を――」


 ヴァレンティナがそう言い切るより早く、遠くにあった光が急速に接近し始めた。


 ゴゴゴゴゴ……!!!


 空が揺れるような音と共に、巨大な宇宙船が目の前に降下してくる。


 「……なっ!?」


 ヴァレンティナの優雅な微笑が、完全に固まる。


 エルとエムは、目をキラキラと輝かせたまま、息を呑んでいた。


 轟音と共に着陸する謎の船。


 車のボンネットほどもある巨大なハッチがゆっくりと開き、中から黒いブーツが地面に降り立った。


 「……」


 静寂。


 ゴシックパンクなロングコートを翻し、ツインテールを揺らしながら、堂々と現れたのは――


 「われわれは……うちゅーじんダ」


 紫のツインテール、パンクロック風のドレスに、クールな表情のまま立ち尽くす一人の女性。


 「……」


 「……」


 「……」


 沈黙するヴァレンティナたちの前で、彼女は腕を組み、ドヤ顔で続けた。


 「地球ノ民ヨ、恐れるコトハナイ……われわれハ貴殿ラ二、偉大ナ知識ヲ与エルタメニ来タ……」


 「いや絶対ウソでしょ!!!」ヴァレンティナが即座にツッコむ。


 しかし、エルとエムは大興奮。


 「すごいです!! 本物の宇宙人!? まさか、こんな形でコンタクトが……!!」


 「ご主人様、これは歴史的瞬間です。 記録を開始します。」


 「待ちなさい!! 冷静になりなさい!! これは絶対に何かの冗談ですわ!!」


 ヴァレンティナは半ばパニック気味に扇子を広げた。


 一方、宇宙船(?)の前に立つその女性は、ニヤリと笑う。


 「フッ……驚イタカ?」


 「ええ、とても驚きましたわ!! だってこんな堂々と“宇宙人”を名乗るなんて、逆に怪しすぎますもの!!」


 「……フフ、まァそンナニ焦ルなヨ、地球人」


 「ちょっと待ってください、今イントネーションおかしかったですわよね!? あなた、本当に宇宙人なんですの!? それともただの変な人!?」


 「アタイハ……ノア!! “地球外生命体”ダ!!」


 「いや絶対に違う!!!」


 ヴァレンティナの叫びが響き渡る中、ノアはニヤリと笑い、怪しげなポーズを決める。


 「さァ……地球ノ民ヨ、われわれノ話ヲ聞クガイイ……!」


 「もう何がなんだか分かりませんわ!!!」


 「いやあ、ちょっと疲れるから普通の話し方に戻してもいい? ふー、宇宙船は肩凝るわぁ…」


 突然、気だるげな口調に戻る“自称宇宙人”ノア。


 「えっ」


 ヴァレンティナが思わず固まる。


 「いやカタコトは設定だったんですの!? やっぱり嘘じゃありませんの!?」


 「いやいや、嘘じゃねーって。アタイは本当にあんたらの言ううちゅーじんダ」


 またカタコトに戻る。


 「ちょいちょい切り替えないでくださいまし!!!」


 エルとエムは興味津々でノアを見つめたまま、キラキラした目で記録モードに入っていた。


 「つまり、あなたは本当に宇宙から来たのですか?」エムが冷静に尋ねる。


 「ま、そういうことにしとこうぜ」


 「はぁ!? 何ですのその適当な答えは!!!」


 ヴァレンティナの眉がピクピクと跳ねる。


 「っていうか、その服装! どう見てもパンクロックファッションですわよね!? 宇宙にそんな文化ありましたの!?!?」


 「あるに決まってんじゃん。宇宙だよ? なんでもあるっしょ」


 「そんな適当な宇宙があってたまりますか!!!」


 「つーか、地球の音楽文化って最高じゃん? アタイ、このスタイルめっちゃ気に入ってんのよ。特にギターが……」


 「まってください、宇宙人がギター弾くんですの!?」


 「弾くよ? てか、ライブとかもやるし」


 「ライブ!?」


 「そうそう、宇宙の片隅で“銀河パンクフェス”ってのがあってさ~、そこのステージでバンド組んでたんだよね。ボーカルとギター担当でさ」


 「宇宙にフェスの概念があるんですの!?」


 ヴァレンティナの知性が限界を迎えそうだった。


 「だって、宇宙も広いんだぜ? そりゃ色々あるっしょ?」


 「納得できませんわーーー!!!」


 「で、まぁアタイは色々あって地球に来たわけなんだけど……お、ちょうど良かった! 実はあんたらと会うのも仕事の一環なんだわ」


 「は???」


 「ちょっと待ってください、今すごくさらっと驚愕の情報を投げましたわよね!?」


 ノアは腕を組みながら、ニヤリと笑う。


 「そ。地球で“宇宙人役”をやる仕事してんの」


 「えっ」


 「……えっ???」


 エルとエムもさすがに思考が追いつかなくなった。


 「ほら、宇宙人モノの映画とかドラマとかあるじゃん? アタイ、それの“本物っぽいエキストラ”担当なんだよね」


 「……」


 「……」


 「ちょっと待ってくださいまし!!!!」


 ヴァレンティナが絶叫する。


 「あなた、つまり宇宙人のフリをして映画やドラマに出演しているということですの!?!?!?」


 「そ。最初は冗談半分で応募したんだけど、意外とウケちゃってさ~。今じゃもう“本物すぎる宇宙人役”ってことでそこそこ有名になっちまってる」


 「えええええええ!!!!」


 ヴァレンティナは頭を抱えた。


 「じゃあ、あなた本当は宇宙人ではないんですの!?」


 「いや、宇宙人だよ?」


 ヴァレンティナが頭を抱え、エルが興味津々にノアを見つめる中、エムは冷静にタブレットを取り出した。


 「では、確認させていただきます。ノアさん、あなたの母星の環境について教えてください」


 「お、きたねぇ。いいぜ、答えてやるよ」ノアはニヤリと笑う。


 エムはすかさず質問を続ける。


 「あなたの惑星の重力加速度は? また、酸素濃度や大気組成についても詳しく教えてください」


 「重力は地球の0.85倍ってとこかな。おかげでアタイらは運動能力がちょっと高めなんだよ。大気は窒素がメインだけど、地球よりも希ガス成分が多くてな。特にキセノンが豊富に含まれてる」


 「キセノン……!? まさか、それがあなたの生体機能に影響を……?」


 「おっと、そこは企業秘密ってことで」ノアはウインクしてかわす。


 「なるほど……」エムは考え込むように顎に手を当てた。


 ヴァレンティナはすかさず割って入る。


 「待ってくださいまし!! なんですの今の、妙にそれらしい説明は!?!?」


 「おいおい、地球人の常識で宇宙を語るなよ。視野が狭いぜ?」


 「なっ……!!?」


 ヴァレンティナのツッコミを無視し、エムはさらに質問を続ける。


 「では、ノアさんの言う“銀河パンクフェス”についてですが、開催場所の座標データを教えていただけますか?」


 「ふっ、それを知りたいか。まぁ、あんたらに説明してもな……」


 ノアは適当に指を組み、堂々と語り始めた。


 「だいたい銀河のスピン軌道に沿った流動的な座標系があるんだけど、その中でもフェスは重力井戸の浅いポイントで行われるんだよ。まぁ簡単に言うと、恒星間のダークマター濃度がちょっと高めで、時空の歪みが少ないエリアってことだな」


 「……なるほど」エムは深く頷く。


 「なるほどじゃないですわぁぁぁぁ!!!!」


 ヴァレンティナの限界が近い。


 「っていうか、そもそも音響問題はどうするんですの!?!? 宇宙に空気がないのに!!」


 「いや、そこはほら、重力共鳴振動ってやつでな」


 「重力共鳴振動!?!?」


 「惑星間で可聴域の振動エネルギーを補正して、波形情報を圧縮した状態でサイバネティック変換するんだよ。だから音が伝わるってわけ」


 「!?!?!?」


 「これはすごい……!」エムは目を輝かせ、タブレットにメモを取り始めた。


 「すごくないですわーーーーーーー!!!!」


 ヴァレンティナは絶叫。


 「この人! まるで本物のような宇宙人設定を繰り広げてきますの!! でも肝心な部分で曖昧にしてきますの!! 一体何者なんですのーーーー!!?!?!?」


 「だから、うちゅーじんダ」


 「もう信じるしかないんですのぉぉぉぉ!?!?」


 「ちょっとちょっと、ノアさん!困りますよ、また一般の方にリークされちゃ…!」


 突如、慌てた様子の男が駆け寄ってきた。首からスタッフ用のパスをぶら下げ、手には台本のようなものを握っている。いかにもAD風の出で立ちだ。


 「……誰ですの?」


 ヴァレンティナが混乱しながらも扇子を閉じ、尋ねる。


 「すみません、この人、役に入っちゃうといつもこの調子で……ご迷惑をおかけしました!!」


 男は深々と頭を下げると、ノアの肩をがっしりと掴んだ。


 「いやいや、アタイはまだこいつらと語り足りなくて――」


 「いいから戻ってください!! 台本にないアドリブはやめてくださいっていつも言ってるでしょう!! 」


 「細けぇことは気にすんなって。ファンサービスだよ、ファンサ!」


 「やめてください!!!」


 ノアは不満げな顔をしながらも、ADらしき男に肩を押されて遠ざかっていく。


 「じゃあな、地球の民よ!! アタイのことは忘れんなよ!!」


 「忘れたくても忘れませんわーーーー!!!」


 ヴァレンティナの叫びが響くが、ノアは軽く手を振ると、ADに引きずられるように去っていった。


 静寂。


 ヴァレンティナは呆然と立ち尽くし、エムは「……やはり俳優だったのですね」と冷静に頷く。


 「それにしても、とんでもない人物でしたわ……」ヴァレンティナは疲れたように肩を落とし、「まったく、もう……」とぼやく。


 「ですが、面白い方でしたね」エムはそう言って記録を終了させた。


 そんな中――


 エルだけは、静かに遠くを見つめていた。


 ノアが去った方向ではなく、最初に彼女が降りてきた場所。


 ……最初に出てきたのは……本物の“宇宙船”だったはず


 彼女はそう思いながら、ぼんやりと考え込む。


 本当に、ノアは“ただの俳優”なのだろうか?


 もしかして――


 「エル、帰りましょう」


 ヴァレンティナの声に呼ばれ、エルはハッと我に返る。


 「……はい」


 エルは静かに頷いたが、心の中では、謎めいた紫のツインテールの姿を、まだ反芻していた。

 

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