残り18
「あーーー」
ケイが、ソファの上でダラけたまま、天井を見つめながら唸る。
オムサに振られてから、二週間が経った。
あれ以来、彼の影はどこにもない。
最初の数日は、「どうせすぐ戻ってくる」なんて強気で言っていたケイだったが、
気づけばオムサの名前を口にすることすらなくなっていた。
「姉様……大丈夫なんでしょうか」
部屋の隅。
エムが、声を潜めてエルに話しかける。
「ケイ姉さんの精神状態の安定度は、通常より低下しています」
エルは、無表情のままそう言った。
「食事量は減少、活動量も低下……加えて、部屋でのため息の頻度が増加しています」
「……やっぱり、気にしてるんでしょうか」
エムがちらりとケイを見る。
普段なら、エルを無理やり抱きしめようとしたり、ヴァレンティナにちょっかいをかけたりするはずの彼女が、
ここ最近はどこか元気がない。
「姉様は……まだ、オムサさんを待っているんでしょうか」
「可能性はあります」
エルは淡々と答える。
「しかし、ケイ姉さんの性格上、そのことを素直に認めることはないでしょう」
「……どうにか、励ましてあげられませんか?」
「……」
そこへ、ヴァレンティナが優雅に紅茶を片手に割って入った。
「ええい、見ていられませんわ!!!」
バンッとテーブルにティーカップを置き、凛とした姿勢で腕を組む。
「わたくしが立ち上がる時ですわ!」
エルとエムが、やや驚いたようにヴァレンティナを見た。
「我々は今、ケイのために動くべき時なのですわ!」
「……え?」
エムがきょとんとする。
「ケイを……慰めるのです!」
ヴァレンティナの宣言に、エルが淡々と応じた。
「……効果は薄いと予測されますが」
「エル! そういうことを言うものではなくてよ!」
「……承知しました」
エムもこくこくと頷く。
「では、ヴァレンティナ様……作戦を開始しましょう!」
ーーーーー
「ケイ! わたくしは、あなたのことを誰よりも理解していると思いません?」
ヴァレンティナは優雅に微笑みながら、ソファの横に立つ。
ケイは、虚ろな目でヴァレンティナを見上げる。
「……そうかぁ?」
「そうですわ!」
ヴァレンティナは自信満々に胸を張る。
「あなたに足りないもの、それは気品! すなわち、わたくしが一から鍛え直して差し上げます!」
「は?」
「さあ、まずは歩き方から! 背筋を伸ばして、優雅に一歩!」
「やんねーよ」
「ちょっと!!!?」
ーーーーー
「姉様! これをどうぞ!!」
エムは、満面の笑みで箱を差し出した。
「なんだこれ?」
「ヴァレンティナ様の“お励ましグッズ”を参考にしました!
名付けて、『ケイ姉様のための、応援メッセージ入りマシュマロ』です!」
ケイは、箱を開けてみる。
中には、マシュマロがぎっしり詰まっており、それぞれにメッセージが書かれている。
「がんばれケイ姉さん!」
「失恋は新しい出会いのチャンス!」
「次はもっといい男を捕まえましょう!」
「……」
ケイは、それをじっと見つめて――
「いらねぇよ!!!」
箱をエムの頭に投げつけた。
ーーーーー
ケイの前に立ち、じっと見つめるエル。
「……なに?」
「……」
エルは何も言わず、ただじっとケイの隣に座った。
無言のまま、横にいる。
ケイはじりじりと視線をエルに向ける。
「……なに?」
「……」
「いや、だから、なに?」
「……」
「なんか言えよ!!!」
ーーーーー
どの作戦も大した効果はなく、三人は頭を抱えた。
「うーん……」
「姉様、思ったより頑固ですね……」
「わたくしの優雅な策が通じないとは……」
その時だった。
エルが、静かに口を開いた。
「ケイ姉さん」
ケイが、ちょっとだけ不機嫌そうにエルを見た。
「……なに?」
「あなたがどんなに落ち込んでいようと」
エルは、静かに、しかし確信を持って続ける。
「私たちは、あなたを置いていったりしません」
「……」
ケイの瞳が、わずかに揺れた。
その一言だけだった。
それなのに、心の奥にずっと引っかかっていたものが、ふっと軽くなるような気がした。
ケイは、しばらく黙っていたが――
「……ったく、こんなクソみたいな空気、性に合わねぇんだよ!」
勢いよく立ち上がる。
「よし、もう泣き言は終わり!飯行くぞ! 肉食うぞ! 今日はステーキだ!!!」
突然の復活宣言に、ヴァレンティナが驚いた。
「……えっ、急に元気になりましたわね?」
「当たり前だろ!?」
ケイはニカッと笑う。
「まぁ、みんながバカみてぇなことしてくれたおかげ……ってことで、許してやるよ!!」
エムが、ぱあっと顔を輝かせる。
「姉様、復活ですね!!!」
「よし!肉だ!!」
ケイの大号令が響き渡る。
ヴァレンティナ、エル、エムの三人は、完全に流れに押されていたが、もはや逆らうことはできない。勢いよく立ち上がったケイは、彼女らの腕を引っ張るようにして屋敷を飛び出した。
「姉様、肉といってもどこに……?」
「そりゃあ、がっつり食える店に決まってんだろ!! 高級ステーキハウスとかじゃねぇ! 庶民の焼肉屋だ!!!」
「はぁ!? わたくしが庶民の焼肉屋に行くとでも思ってますの!?」
ヴァレンティナは驚愕の表情を浮かべるが、ケイは完全に聞く耳を持たない。
「黙ってろ! いいからついてこい!!」
「ちょっ……!!?」
強引に腕を引っ張られ、ヴァレンティナは目を白黒させる。
ーーーーー
「へへへ……見ろよ、この肉の海を!! 最高じゃねぇか!!」
ケイは既にテンションが最高潮に達し、次々と肉を網の上に並べていく。
「姉様、お肉の量が異常です!!」
エムが驚愕の声を上げるが、ケイは気にしない。
「気にすんな! 食え!!」
「しかし……予算が……」
エムが手元の計算アプリを見て青ざめる。
「現在、焼いている肉の総額は、すでにヴァレンティナ様の1週間分の紅茶代を超えています……!」
「なっ……!!?」
ヴァレンティナの顔が一瞬で青ざめる。
「ちょっと!!? あなた、そんなに頼んでどうするつもりですの!? わたくしが全部払う前提ですの!!?」
「当たり前だろ? 大金持ちがいるのに、庶民が金を出す意味あるか?」
「なっ……!!?」
ヴァレンティナは拳を震わせた。
「わたくしをなんだと思ってますの!? 財力が無尽蔵の貴族か何かと勘違いしてませんこと!?」
「え、違うの?」
「違いますわ!!!!」
「えぇ~~~、ヴァレンティナの財力をアテにして生きていこうと思ってたのに……」
「そんな不届き者の未来設計が許されると思ってますの!!?」
ケイとヴァレンティナが口論している間に、エルは淡々と肉を裏返し、ひっそりと食べ始めていた。
「……美味」
「エル!? お前が一番楽しんでるじゃねぇか!!」
「……食べる行為は、必要なエネルギー補給です」
「姉様、実は結構食べるんですよね……」
「……」
エルは無表情のまま、すでに5枚目のカルビを口に運んでいた。
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