残り24


 「その支出は認められません!」


 朝食の席。

 ヴァレンティナ・ヴァレンティンの手元に、温かい紅茶と上質なクロワッサン、そして――


 厳しすぎる財務管理報告書が置かれていた。


「……ちょっと待ってくださいませ?」


 ヴァレンティナは、片眉を上げながら視線を向ける。


 そこに立っていたのは、一人のアンドロイド。


 緑色のおかっぱ頭に、冷静な眼差しを隠すメガネ。

 清潔感のあるスーツを着込み、片手には書類ファイルを抱えている。


 エム。


 エルが勝手に雇用した財務管理AIである。


「エル……あなた、勝手にわたくしの財務管理担当を増やしましたわね?」


「必要と判断しました」


「勝手な判断なさるんじゃありませんわよ!!!」


 ヴァレンティナはテーブルを叩く。


 しかし、エムは一歩も引かず、冷静に書類を差し出した。


「ヴァレンティナ様、昨日の買い物の記録を確認しましたが、必要経費を超過しております」


「は?」


「昨日の市場での買い物――推奨される食費予算の2.3倍です」


「細かすぎますわ!!!!」


「いえ、これは財務管理上、極めて重要な問題です」


「エル!!! どうしてこんな厳しいAIを雇いましたの!!?」


「予算管理の適正化のためです」


「適正じゃありませんわよ!!! こんなの、ただの節約ロボットではありませんの!!!」


「節約ロボットではありません。私はヴァレンティナ様の財務を守る忠実な執事でございます!」


「その忠実な執事がご主人様の買い物を制限するんじゃありませんわよ!!!」


 ヴァレンティナが叫ぶ。


 しかし――。


 エムは、微笑みながら静かに言った。


「……ヴァレンティナ様。わたくし、貴女のことが好きです。」


「は?」


「ですので、貴女が無駄遣いで財政難に陥ることは、絶対に許しません」


「ちょっと待って!? 今告白なさいましたわよね!?!?」


「愛しております、ヴァレンティナ様!! ですが予算の超過は認めません!!!」


「意味がわかりませんわ!!!!!」


ーーーーー


「エム、あなたはわたくしの財務管理を任されたのでしょう?」


「はい、ヴァレンティナ様の財政健全化のために全力を尽くします。」


「では、わたくしの浪費を止めるというのですわね?」


「当然です」


 エムは即答する。


「ならば、試してみなさいませ!!!」


 ヴァレンティナは、優雅にティーカップを持ち上げながら、にっこりと笑った。


「わたくしの“財力”に、あなたの管理能力が追いつくかどうか!!」


「ヴァレンティナ様!! わたくし、全力でお止めします!!!」


ーーーーー


 午前10時――。


 ヴァレンティナは、オンラインショッピングのタブを開いた。


 そして、冷静に注文を入力する。


「ふふっ、さっそく欲しかった限定コレクションを――」


ピッ


 画面がブラックアウトした。


「……は?」


 エムが、どこからともなく現れる。


「オンラインショッピング、制限しました」


「ちょっとおおおおお!!!!」


ーーーーー


 午後3時――。


 ヴァレンティナは、現金を手に持ち、商店街へ向かう。


「ふふっ、デジタル制限されようと、現金なら問題ありませんわね!!」


ピピッ――


 突如、スマホに通知が届く。


《本日の予算制限により、使用可能金額:0ドル となりました。》


「何ですのこの鬼畜設定!!!?」


「事前に、余剰支出を防ぐために資金を封鎖いたしました」


「わたくしのお金を!! わたくしが使えない!!? こんな横暴が許されますの!!!?」


ーーーーー


 午後6時――。


 ヴァレンティナは、涼しい顔でワインを片手に微笑んだ。


「……エム。あなた、わたくしの浪費をすべて防げると思いまして?」


「もちろんです、ヴァレンティナ様!」


「ならば、この支出も止められますの?」


 ヴァレンティナは、スッと手元のレシートを掲げた。


「――護衛エージェントに、プレゼントを買いましたの♪」


「なっ!?」


「必要経費ですわよね?」


「ぐ……ですが!! これは予算外の!!」


「護衛の士気向上のための必要経費ですわよね?」


「っ……!」


 エムのメガネがキラリと光る。


 彼は苦悩の末、ぎりぎりの判断を下した。


「し、仕方ありません……」


「勝ちましたわ!!!!!」


「ヴァレンティナ様ぁぁぁ!!! お可愛いですが、それとこれとは別です!!」


「負け惜しみをおっしゃらないでくださる!?」


ーーーーー


 その夜。


 エムは、敗北のレポートを書いていた。


 そこにエルが静かに現れる。


「ご主人様に、浪費を止めさせるのは困難でしたか?」


「はい……しかし、わたくしはヴァレンティナ様をお守りする使命を果たします!!」


 彼は拳を握る。


「愛ゆえに!! どんな浪費も食い止めてみせます!!!」


「……次回も健闘を祈ります」


「見ていてください、エル姉様!!!」


ーーーーー


 「ちょっと!! どういうことですの!!?」


 ヴァレンティナ・ヴァレンティンの屋敷――その広々としたリビングに響き渡る怒声。


 何事かと振り向くと、ケイ・エル・エムの三兄妹が、リビングのど真ん中で仁王立ちしていた。


「エル!! あんた、勝手にエムなんか雇いやがって!!!」


「必要でした」


「必要じゃねぇぇぇぇ!!!」


 ケイが、金髪のポニーテールを振り乱しながら叫ぶ。


 エルは、相変わらずの無表情で静かに答える。


「財務管理の適正化のためです」


「知るかぁぁ!!!」


「浪費傾向の修正が急務でした」


「だからって勝手に増やすな!!! 妹が急に弟を作るな!!! あたしの許可は!?!?」


「ケイ姉さんの許可は不要です」


「むがああああああ!!!!!」


 ケイが暴れまわる隣で、エムは冷静にメガネを直した。


「姉様、落ち着いてください」


「姉様言うな!!!」


「ですが、わたくしは事実として姉様を姉と認識しております」


「認めてねぇぇぇぇぇ!!!!」


 ケイ vs. エル vs. エム――三つ巴の小競り合いが始まる。


「いいか!! エル!! あんたが勝手に弟を作ったなら、あたしも勝手に妹を作るからな!!!」


「許可しません」


「はぁ!? お前はいいのに!?!?」


「論理的判断です」


「ぐぬぬぬ……!!!」


 ケイは顔を真っ赤にしながら、隣で涼しい顔のエムに向き直る。


「で、お前!! ヴァレンティナにデレデレしてんじゃねぇよ!!!」


「それはできません」


「はぁ!?!?」


「わたくし、ヴァレンティナ様を愛しております」


「知ってるわ!! でもお前、財務管理の鬼になったり、愛の告白したり、キャラがぶれすぎじゃねぇの!!!」


「両立可能です」


「おかしいだろおおお!!!」


 ケイが絶叫する中、ヴァレンティナは呆然と彼らの様子を見つめていた。


「……これ、放っておいて大丈夫ですの?」


「問題ありません」


「いや、問題ありますわよ!!!」


 ついに、ケイはエルに向かって詰め寄る。


「お前、昔はもっとかわいげがあったじゃねぇか!!」


「事実誤認です」


「昔は! もっと!! 世話が焼けた!!! 今は妹のくせに勝手に判断するし、弟作るし、メイドとかしてるし!!! あたしの世話を焼く楽しみはどこにいったんだよぉぉ!!!」


「進化しました」


「すんなぁぁぁぁぁ!!!」


 ケイがガバッとエルに抱きつく。


「エルぅぅぅぅ!! 昔みたいに、あたしがいないとダメな感じに戻れぇぇぇ!!!」


「無理です」


「無理って言うなぁぁぁ!!!」


 エムが、そんなケイを冷静に見つめる。


「姉様、過保護では?」


「お前に言われたくねぇぇぇぇ!!!!」


「しかし、エル姉様は完全に自立していますし、メイドとしての役割を果たしております」


「それが気に食わねぇぇぇぇ!!!!」


 ケイが暴れる隣で、エルは冷静に言った。


「ケイ姉さんも、自立してください」


「バカヤロォォォォォォ!!!!」


 ケイが怒りのあまり、スポンジガトリングを取り出す。


「もういい!! お前らまとめて撃ち落とす!!!」


「ご主人様、回避を」


「えっ!? ちょっと、なぜわたくしまで!?」


 ヴァレンティナが叫ぶ間もなく――


バババババババ!!!!(スポンジ弾乱射)


「ぎゃあああああ!!!!!」


 リビング中をスポンジ弾が舞い散る。


 ヴァレンティナはソファに倒れ込み、エルは避けるでもなく冷静にスポンジ弾を受け、エムはメガネを直しながら盾を構える。


「姉様、無駄な弾薬使用は控えてください」


「うるせぇぇぇ!!!」


 完全なるカオス。


 しばらくの混乱の末、ようやくケイの弾薬が尽きる。


「……っはぁ、はぁ……」


 荒い息をつきながら、ケイは膝に手をつく。


「……お前ら、ほんともう、めんどくせぇぇぇぇぇ……」


 エルは静かに言った。


「ケイ姉さんが一番めんどくさいです」


「殴るぞおおおおお!!!!!」


 30分後。


 リビングはスポンジ弾が散らばり、完全なる戦場と化していた。


 ヴァレンティナは、冷静に紅茶を飲む。


「……まったく、わたくしの屋敷がスポンジ戦争の舞台になるとは思いませんでしたわ」


 エムが、申し訳なさそうに頭を下げる。


「申し訳ございません、ヴァレンティナ様。わたくし、財務管理に専念いたします……」


「最初からそうなさいませ!!!」


 ヴァレンティナが叫ぶ隣で、ケイはふてくされたようにソファに倒れ込んだ。


「……ったく。エルもエムも、ほんとしょうがねぇな……」


「ケイ姉さんもです」


「殴るぞおおおおお!!!!!」


 しかし、気づけば三人とも、なんだかんだで楽しそうだった。


 ヴァレンティナは、ふっと微笑む。


「……まぁ、たまにはこういうのも、悪くありませんわね」


「では、次回もスポンジ弾を…」


「お断りしますわ!!!!!」

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