第19話 あいりといちご牛乳

あいりは、大きめのグラスに満たされた、ねっとりと粘るいちご牛乳を見つめた。


「この量を飲めたら入門……しずくが最初から飲めた量……」


そう思うと、手が震える。でも、負けたくない。しずくに。ゆうくんに認められたい。


「……飲むよ。」


意を決してグラスを持ち上げる。中の液体はゆるやかに揺れ、ゼリー状の塊が重たそうに沈んでいるのが見えた。


(……ダメ、考えすぎると飲めなくなる。)


そう思いながら、勢いよく口をつける——そして、すぐに後悔した。


どろっ……


濃厚な液体が舌にまとわりつく。予想以上の粘度。飲み物というより、半固形のペーストに近い。舌の上でぬるりと広がり、熱がこもるようにねっとりと絡みつく。


さらに、強烈な発酵臭が鼻を抜ける。

熟れすぎた果物のような甘酸っぱい香りに混じる、どこかツンとした薬品のような匂い。それが口の中いっぱいに広がり、思わず喉が反射的に拒否しそうになる。


(やばい、飲み込めない……!)


必死に喉を動かそうとするが、いちご牛乳は重く粘り、喉の奥で停滞する。

無理やり嚥下しようとした瞬間、ぐにゃりとしたゼリーが舌の上で転がった。


(ゼリー……こんなに……!?)


これまで少量ずつ飲んでいたときは、それほど気にならなかったゼリーの存在感。今は違う。

ゼリーは塊となり、舌の上で弾力を持ってはね返り、噛むことすら困難なほど。

喉へ押し込もうとするも、ゼリーが喉を押し返し、ぬるぬるとまとわりつく。


「んぐっ……!」


焦って噛みつぶそうとする。しかし、それが間違いだった。

ゼリーが歯の間で弾け、内部の液体が一気に口中へ溢れる。


「っ……!!」


それは、さらに強烈な苦みとえぐみの凝縮されたエキスだった。

鼻を突く強い風味。喉の奥からこみ上げる胃の反応。


(……やばい……っ)


次の瞬間、強烈な吐き気が込み上げた。


「う、っ……!」


耐えきれず、あいりはグラスを置き、顔を背ける。

喉の奥からこみ上げるものを抑えきれず、反射的に吐き出してしまった。


「……っは、はぁ、はぁ……」


口の端から、ねっとりとした液体が垂れる。

ゼリーは床に落ち、どろりと広がった。


沈黙


部屋の空気が、ひやりと冷えたように感じた。


ゆうくんはあいりを見つめ、しずくはじっと彼女を見ていた。


「……ごめん、無理……」


あいりの声は震えていた。


しずくが何かを言おうとしたが、あいりはそれを聞きたくなかった。

悔しくて、情けなくて、涙がこみ上げそうだった。


口の中にはまだ、ゼリーのぬめりと苦味が張り付いたまま。

舌を擦っても、喉を鳴らしても、それは消えない。


(……最悪。)


イライラする。

「こんなの飲めるわけないよ。飲み物じゃないよ。これがいちご牛乳っておかしいよ。」


感情が抑えられなくなった。


飲めなかった悔しさ。

しずくに負けたくない気持ち。

何より、ゆうくんがこれを普通に出してくることへの苛立ち。


しずくは黙ってあいりを見つめていた。

ゆうくんは、少し驚いた顔をしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。


「そっか。やっぱり、まだ難しいか……」


"やっぱり"!?


あいりの胸の奥で、なにかが弾けた。


「“やっぱり”って何!?

最初から私には無理だと思ってたの!?

しずくは飲めたのに、私はダメだって、そう思ってたんでしょ!?」


怒鳴りつけるような声が、自分の中から飛び出した。


ゆうくんは少し困ったように視線をそらす。

「そうじゃないよ」と言ったが、その態度が余計に腹立たしかった。


しずくが静かに口を開いた。


「……あいり、そんな言い方しなくても……」


"優しげな声"

その響きが、あいりの苛立ちをさらに煽った。


「何なの? しずくは余裕だよね。

私が飲めなくて当然って思ってるでしょ?

“頑張ったね”とか、心の中で見下してるんじゃないの!?」


しずくの表情がわずかに曇る。

「そんなこと思ってないよ。私はただ……」


「じゃあなんでそんなに落ち着いてるの!?

私が飲めなくて悔しいのに、しずくはなんでそんな顔してられるの!?

私だって、頑張ったのに!!」


涙が出そうだった。


胸の奥で、悔しさと苛立ちがぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。


「……こんなの、飲み物じゃない。」


呟いたあと、止まらなくなった。


「こんなのがいちご牛乳? どこが?

苦いし、変な酸っぱさがあるし、ぬるぬるしてるし、

飲み込もうとしたらネバネバしてドロドロして気持ち悪い。

ゼリーが喉に引っかかるし……こんなの、ただの拷問じゃん!」


目の前のグラスを睨みつける。

ピンクがかった乳白色の液体がゆらゆら揺れ、ゼリーの塊が不気味に浮かんでいた。


「ていうか、なんでゼリーなんか入ってるの!?

余計飲みにくくしてるだけじゃん!

こんなの飲んで喜ぶのなんて、絶対おかしいよ!

ゆうくんも、しずくも、頭おかしいんじゃないの!?

こんなの好きだなんて、絶対普通じゃない!!」


ゆうくんが静かにあいりを見ていた。

しずくも、ただ黙っていた。


その沈黙が、余計に腹立たしかった。


「……もう無理。こんなもの、絶対に飲めない。」


ドンッ!!


あいりは机を思いきり叩いた。

その衝撃でグラスの中のいちご牛乳が揺れ、どろりとした液体が縁から垂れた。


「こんなの、なくなればいいのに!!」


ガタッ!


あいりは乱暴にグラスをつかみ、そのまま立ち上がって流しへ向かった。


ガシャッ!


グラスを流しに叩きつけるように置くと、その中身を一気に捨てた。

どろりとした液体とゼリーの塊が、流れにくそうに排水口へ向かっていく。


——それを見たしずくは、静かに目を伏せた。

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