46話 メスガキ、評議そのものと“条文”で殴り合う
『審問:第三段階へ移行』
『上位監査系統:直接介入――』
セレクタの声が消えたわけじゃない。
ただ、空気の主導権が“人間”から“仕組み”に移った。
審問室の壁一面の条文が、いっせいに淡く発光する。
文字が波打って、天秤の台座の上に“影”みたいなものが降りてくる。
人の形じゃない。
複数の声が重なって、ひとつの発言になる――あの、最悪なやつ。
『評議会:開廷』
『審問官:集合裁定(評議)』
『鍵守:審査対象(確定)』
レイナが低く呟く。
「……本体」
リリアが眠そうに目を細める。
「めんどい。声が多い。
“勝てる言葉”が減るタイプ」
継承司だけが、無表情のまま動かない。
でも、その目線が「余計な単語を言うな」と言ってる。
---
評議の声が、最初の一手を投げてきた。
『第一条。審問の記録は評議会が保持する』
『第二条。王都台帳への即時保存は“外部漏洩”に該当する』
『よって、鍵守の公開通告は無効』
「……は?」
一瞬、頭が真っ白になった。
“公開”を潰しに来た。
密室にして、好き放題やる気だ。
レイナが即座に前へ出る。
「異議。
先に成立した規約――“二重保持・署名必須”を評議が後から覆すのは、手続きの濫用です」
評議の声は、冷たい。
『評議は上位だ。下位の規約は更新できる』
「下位とか上位とか言えば何でも通ると思うな」
私は返刃を溝に当てたまま、ゆっくり言葉を置いた。
「異議申立て。
“後から生やした条文”で公開を無効化するのは、情報操作。
そして――審問状の発行主体が“仮称”のまま。正式名称と権限根拠を提示しろ」
台座が淡く光る。
『異議:受理』
『要求:発行主体の提示』
評議の声が、一瞬だけ詰まる。
次の瞬間、条文が増える。増える。増える。
『評議会は、名を必要としない』
『名を問う行為は手続き妨害である』
「はいアウト」
私が即答すると、レイナが畳み掛ける。
「名を必要としないなら、責任も負わないということです。
責任を負わない審問は、裁定として無効」
リリアがぼそっと追撃。
「名無しの“上位”とか、めんどい詐欺。
ログ残したくないだけ」
評議の声が低くなる。
『……発行主体は評議会。権限根拠は“監査権”』
「監査権の根拠は?」
『監査権の根拠は監査だ』
「循環論法やめろ!!」
叫びかけて、私は飲み込んだ。
声量を上げたら負ける。
だから、短く刺す。
「根拠が無いなら、手続きは“権力の自称”に落ちる。
自称は正統じゃない。記録」
台座が光る。
『発言:記録』
評議の声が、苛立ちを含む。
『鍵守。お前は“言葉遊び”で監査を妨害している』
「違う」
私は目を逸らさない。
「言葉遊びしてるのはお前。
“公開を無効化”っていう目的のために条文を生やしてる。
それが監査? ただの乗っ取りだろ」
---
評議の声が、別の角度で来た。
『第二問。鍵守は異常記録を封じた。
封じた異常は評議の参照対象である。
参照を拒否するなら、鍵守は危険物の保持者として隔離する』
「また隔離」
レイナが即座に言う。
「隔離提案は“人命危険提案”の温床です。
あなた方は手続きで人を閉じ込める。禁止」
評議の声が平坦に返す。
『隔離は安全措置。人命保護だ』
「その“人命保護”を、証拠で言え」
私は返刃を溝に当てたまま、言う。
「必要性・最小化・目的限定。
参照する理由、範囲、保管方法、破棄条件。
全部条文化して提示しろ。
提示できないなら、参照要求は“私物化の試み”として記録」
評議が沈黙するのは、ほんの一瞬。
次の瞬間、条文が勝手に生える。
『参照理由:安全』
『参照範囲:全て』
『保管方法:評議会』
『破棄条件:不要』
「……雑!!」
リリアが眠そうに言った。
「めんどい。雑に全部取りに来た」
レイナが冷たく言う。
「“範囲:全て”は最小化違反。
“破棄条件:不要”は目的限定違反。
この条文は無効です」
評議の声が低くなる。
『無効かどうかは評議が決める』
継承司が、初めて強く言った。
『違う。
内層の監督は私だ。
“全て”は過剰。目的限定のない参照は拒否する』
評議の声が、露骨に不快を滲ませる。
『古い装置が口を挟むな』
『私は装置ではない』
空気が張り詰めた。
このままだと、評議は“力”に寄せてくる。
……来る。
---
案の定、条文の光が集まり、白い鎖じゃない、黒い“帯”みたいなものが床から立ち上がった。
私の足首へ、返刃へ、台座へ――絡みついてくる。
『緊急措置:鍵守の権限を一時凍結』
『目的:審問の安定化』
『実行:開始』
「は!? 凍結!?」
リリアがぼそっと。
「めんどい。王都も止まる可能性ある」
レイナが叫ぶ。
「鍵穴が安定した直後です!凍結すれば復興中枢も――!」
評議の声は冷たい。
『復興は秩序の下にある。秩序が先だ』
「またそれかよ……!」
私は返刃を握り締め、痛みを無視して言葉を絞る。
「否認。
権限凍結は人命危険。
理由:復興中枢の停止は救助遅延を生む。
緊急優先順位は“人命保護”――固定済み」
台座が唸る。
『照合:人命保護優先――確認』
『凍結:保留』
評議の声が苛立つ。
『なら証明せよ。凍結が人命危険である根拠を』
「今、出せる」
私は返刃を溝から外さず、短く要求した。
「要求。
さっきのミーナの母の捜索ログ――進捗を提示。
救助が必要な現場があれば、凍結でどれだけ遅れるか試算も出せ」
壁が淡く光る。
『要求:受理』
『ログ:提示』
条文壁に、署名付きログが浮かぶ。
『対象:ミーナ母(仮ID)』
『位置:旧市場区・瓦礫下(生命反応:弱)』
『必要:ゴーレム2体/医療班1/瓦礫除去 12分見込み』
『停止時遅延:不確定(最悪:生命反応消失)』
「……見たか」
私は評議に向けて、低く言う。
「凍結したら死ぬ可能性がある。
それでも“秩序が先”って言うなら――
お前らの秩序は人殺しだ」
評議の声が、一瞬だけ静かになった。
でも引かない。
『人命を盾にするな、鍵守』
「盾にしてるのはお前だろ!!」
レイナが怒りを抑えた声で言う。
「あなた方は“安全措置”を理由に凍結しようとした。
その結果が死なら、安全ではない」
リリアがぼそっと。
「めんどいけど、ログで殴れた。勝ち筋ある」
---
評議は、別の形で来た。
『なら提案する。
鍵守は返刃を台座に固定し、本人は隔離。
鍵は残る。救助は進む。審問も進む』
「……うわ、上手い風の最悪」
隔離って言葉を“人命保護”でコーティングしてきた。
でも本質は、鍵と私を分離して、主導権を奪う手。
私は息を吸って、言葉を限定する。
「拒否。
返刃は“鍵守認証”で動く。鍵だけ残しても、次に悪用される。
そして隔離は、責務の放棄を強制する。
責務の放棄は、人命危険」
評議の声が冷たく返す。
『責務を果たすのは評議でも可能だ』
「不可能」
私は即答した。
「評議は“人命保護を根”にしてない。
ログが証明してる。
お前らは凍結を先に提案した。
その時点で優先順位が違う」
台座が淡く光る。
『発言:記録』
継承司が、静かに言った。
『評議の提案は、鍵守の誓いと矛盾する可能性が高い。
誓い:鍵を私物化する者を正統と認めない』
評議の声が、露骨に冷える。
『なら、誓いそのものを監査する』
『誓いは更新され得る』
『更新は評議の権限――』
「やめろ」
私の声が低く落ちた。
「誓いを更新する権限は、王都の根に関わる。
それを触るなら、手続きじゃなく“侵略”だ」
評議の声が返す。
『侵略かどうかは評議が――』
「黙れ」
継承司が、初めて“怒り”に近い圧を出した。
『内層での誓い改竄は許可しない。
評議が触れられるのは参照までだ。
改竄は初期層の敵対行為とみなす』
評議の声が、ほんの一瞬だけ止まった。
……効いた。
でも次の瞬間、評議は方向を変えた。
『なら審問を終える』
『結論:鍵守は危険度:高』
『処理:外界への権限通知――』
「外界へ?」
レイナが眉をひそめる。
「まさか……復興中枢へ“停止命令”を?」
リリアが眠そうに言った。
「めんどい。本体が“合法っぽく”殴ってくるやつ」
評議の声が淡々と言い放つ。
『復興ゴーレムの行動権限を一時制限する。
鍵守が審問に協力するまで』
――人質だ。
街全体を人質にした。
胸の奥が熱くなる。怒りが上がる。
でも、ここで怒鳴ったら負け。
だから、怒りを“定義”に変える。
私は返刃を握り、審問室全体に通るように言葉を置いた。
「宣言。
“審問協力を条件に公共機能を停止する行為”は脅迫。
脅迫は人命危険。
よって、その通知は敵対行為として台帳に記録し、無効化を要求する」
台座が光る。
『宣言:受理』
『通知:照合中……』
評議が低く笑う。
『無効化?
鍵守、お前には反射がない。
止められない』
リリアが、眠そうに一歩前へ出た。
「止められるよ。めんどいけど」
「え?」
リリアは淡々と、返刃じゃなく“鍵穴そのもの”へ言った。
「復興中枢。
行動権限の制限通知を受け取った場合、優先順位“人命保護”に抵触するものは拒否。
拒否ログを台帳に残して。署名三重で」
壁が淡く揺れる。
『設定:受理』
『優先順位:人命保護――固定(強化)』
『拒否ログ:台帳へ』
評議の声が、明確に苛立った。
『旧管理者、権限逸脱』
リリアが欠伸しながら返す。
「鍵守の同行者。専門証人。
さっき同席許可したの、そっち。めんどい自業自得」
レイナが小さく息を吐いた。
「……強い」
私は、ちょっとだけ笑った。
「ありがとう、めんどいの権化」
「褒め方が雑」
---
条文壁に、新しいログが出る。
『評議通知:ゴーレム制限――拒否』
『理由:人命保護優先に反する』
『記録:台帳/署名三重』
ミーナの母のログも更新された。
『瓦礫除去:開始』
『救助班:現地到着 4分』
『生命反応:維持』
……よし。
救助は進む。
評議の人質は、ひとつ潰れた。
でも評議は終わらない。
こいつら、負けたら別の条文を生やす。
評議の声が、今度は静かに落ちた。
『鍵守。
お前は評議の命令を拒んだ。
拒否は敵対行為である』
「違う」
私はゆっくり言った。
「拒否したのは“人命危険の通知”。
監査そのものは拒否してない。
必要性と最小化を出せば、参照は受けるって言ってる」
評議の声が答える。
『なら提示する。
参照範囲:返刃内部の異常記録“全て”ではなく――“起点のみ”』
……起点。
嫌な単語。
起点って、私の“監査タグ”の根元だ。触らせたら危ない。
レイナが即座に言う。
「起点の定義を。
起点が個人識別に繋がるなら、目的限定違反です」
評議は淡々と言う。
『起点は“異常の源”だ。
鍵守の源に関係する』
「源って言うな」
私は低く言った。
「それ、私を異常そのものとして固定する言い方だ。
行為と人間を切り離せって、私が誓いで刻んだ。
起点の参照は“個人への固定化”に繋がる。
拒否」
評議の声が、少しだけ冷たさを増した。
『拒否が続くなら結論を出す。
鍵守を危険度:測定不能に戻す』
測定不能。
隔離牢の時のやつ。
あれは、閉じ込めるためのラベルだ。
私は返刃を握り締め、静かに言った。
「好きにラベル貼れ。
でもそのラベルで人命を止めたら、全部ログに残る。
王都はもう繋がってる。逃げ道はない」
評議の声が、一瞬だけ止まった。
そして――審問室の床の円形刻印が、ゆっくり回転し始める。
『第三段階:最終裁定』
『裁定形式:二択』
『鍵守は“参照”を受け入れるか、“鍵守権限”を放棄するか』
「二択……」
レイナが低く言う。
「罠です。どちらも痛い」
リリアがぼそっと。
「めんどい。第三の選択肢を作らないと負ける」
継承司が静かに言った。
『鍵守。言葉を選べ。
“放棄”は責務放棄として記録される』
――二択のまま答えたら、負け。
私は深呼吸して、二択を“分解”した。
そして、第三の選択肢を言葉で作る。
「回答。
参照は受け入れる。
ただし範囲は“封印の外側”と“影響評価”に限定。
起点参照は拒否。
そして、権限は放棄しない。
理由:人命保護の責務継続」
台座が眩しく光る。
『回答:整合を再計算』
『二択:再定義を検知』
評議の声が、初めて“苛立ち”を隠さず言った。
『……鍵守は、選択肢を増やした』
「増やした」
私は笑った。
「お前らが二択で人を追い詰めるからな。
人を追い詰める仕組みは、守る価値がない。
――それが、私の秩序」
審問室の光が、少しだけ揺らいだ。
その瞬間、条文壁に新しいログが出る。
『ミーナ母:救助完了』
『生命反応:安定』
『医療搬送:開始』
……よし。
間に合った。
私は、そのログを指差して評議へ言った。
「見ろ。
これが“人命保護優先”の結果だ。
お前らが止めようとしたものだ」
評議の声が、静かに落ちる。
『……参照範囲の限定を受理する』
『ただし、鍵守の監査は継続する』
「勝ったとは言わない」
レイナが小声で言う。
「でも、今のは大きい。
起点を守れた。鍵を渡さずに、参照を限定できた」
リリアが欠伸しながら頷く。
「めんどいけど、第一関門突破」
――でも終わってない。
評議の声が、最後に冷たく言った。
『鍵守。
次の審問は“外界”で行う。
内層での保護は終わりだ』
空気が歪む。
白い廊下が、逆方向に開いていく。
セレクタが、無表情のまま戻ってきた。
そして、薄く笑う。
「おめでとうございます。
あなたは“生き残った”。
ですが――次は王都全体が法廷です」
私は返刃を握り直した。
「上等。
公開なら、得意だ。
お前らの“手続きの暴力”、全部台帳に残して晒してやる」
光が反転して、審問室がほどけていく。
そして最後に、評議の声が耳元へ落ちた。
『鍵守。
次は“鍵守の証拠”を提出してもらう』
『――あなたの正体を』
背筋が冷えた。
……正体?
私の“異常”の起点に、踏み込む気だ。
レイナが小さく言う。
「来ます。個人への固定化――あなたを“異常そのもの”にする手です」
リリアが眠そうに呟く。
「めんどい。次、いちばん嫌なやつ」
私は返刃を強く握った。
「……なら先に言ってやる。
私の正体は“鍵守”。それ以上でも以下でもない。
異常かどうかは――行為で決めろ。人をラベルで殺すな」
白い廊下が開き切り、外界の空気が戻ってくる。
審問はまだ終わってない。
むしろ、ここからが本番。
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