箱入りお嬢様がダンジョン配信するそうです ~世間知らずすぎて強さの基準が分かりません~
クラウディ
第1話 爺や!ダンジョン配信がしてみたいです!
「爺や! 私も『だんじょん配信』というものをしてみたいです!」
「……お嬢様……恐縮ですが、それを許可してしまえば、爺やの首がご主人様によって飛ばされてしまいます……」
喧騒に包まれた都会から遠く離れた平穏な田舎、その外れにある大きな屋敷の中からそのような声が聞こえて来た。
声の主はあどけない顔立ちの溌剌とした金髪の少女である。
――彼女の名前は「アナスタシア・ユグドラシル」。
この屋敷の主である『ブレイン・ユグドラシル』の愛娘であり、あまり屋敷から出たことのない世間知らずなお嬢様だ。
そんな彼女がいつものようにわがままを言っている相手は、彼女の世話係でもある「爺や」こと『セバス(本名不明)』。
身なりも性格も「お嬢様に振り回される老執事」であるセバスとって、雇い主であるアナスタシアの父は自身を拾ってくれた尊敬すべき人物……なのだが、娘であるアナスタシアに少々甘すぎるのではないかとも思ってしまう。
そんな彼女にダンジョンの危険性を教えようと、セバスはアナスタシアに質問を投げかけた。
「そもそもの話になりますが……お嬢様、ダンジョンについてはご存知でしょうか?」
「はい! 今より数十年ほど前、世界に突如として出現した摩訶不思議な遺跡群のことです! そんな場所へと足を踏み入れてみるのがとても楽しみなのです!」
「……えぇ、お嬢様の言う通りです。ですが抜けてしまっているところもあります」
「知っています! だんじょんには――」
「――危険な生物が多く生息している……だろ?」
「カレン! あなたもいたのですね!」
「っと、今日も元気いっぱいだなお嬢様」
セバスの質問にアナスタシアが元気よく答えようとしていたところで、彼女の言葉を引き継いで話した人物がその場に現れる。
アナスタシアはその声の主に気づくと、目にもとまらぬ速さで駆け出し、飛び込むように抱き着いた。
アナスタシアが抱き着いた相手は健康的な褐色肌の『カレン』という女性。
彼女はこの屋敷で働くメイドの一人であり、アナスタシア専属のメイドでもある。
しかし、メイドというにはフランクな性格をしており、よくアナスタシアに変な知識を与えているということで、セバスからよく説教されている姿はこの屋敷の日常茶飯事だ。
そんな彼女はアナスタシアを受け留めると、合点がいったとばかりに額を抑えているセバスに声をかけた。
「なぁ、爺さん。いつものお嬢様のワガママなんだ。旦那様の言うことには、『お嬢様が望めばお前達はついていけー』で良いんだろ? いつも通りにな」
「カレン……今回は事情が違うのですよ……お嬢様に万が一のことがあれば……それもお嬢様は配信を……待て、なぜお嬢様はダンジョンに行くだけではなく、「配信」もやろうとしているのですか?」
カレンの真っ当な発言に気を取られていたセバスであったが、ふとアナスタシアがダンジョンに行くだけが目的ではないと言っていたことを思い出す。
そう、アナスタシアは「ダンジョンに行きたい」ではなく、「ダンジョン配信がしたい」と言っていたのだ。
――『ダンジョン配信』
数十年前、この世界に突如として発生した『大災害』の後、世界各地に出現した摩訶不思議な遺跡群――『ダンジョン』がある。
そこでの活動を、動画配信サイトなどを通して視聴者に届ける流行りのコンテンツが『ダンジョン配信』であり、主に実力のあるダンジョン攻略者が生業としているこの活動は、今を生きる若者の間で大流行しているのだ。
しかし、この活動は「スタント」のようなもので、一歩間違えば命を失うことだってあり得る危険なもの。
そんな『ダンジョン配信』に行きたいということを、セバス達が可愛がっているアナスタシアが言い出したのだ。
世間離れも世間離れしたあのアナスタシアお嬢様が言い出したのだ。
少し前まで「ネット」の「ネ」の字も知らず、仕事で遠くに行っている父親と話ができるのは『魔法の道具(※固定電話)』のおかげだと信じていたレベルのお嬢様が、である。
なぜ、一体、どうして……そんなことを考えているせいなのか表情をコロコロと変えるセバスを見て、からからと笑う人物が一人。
そう、メイドに似つかわしくないくらいに作法が緩い現代っ子のカレンである。
そこでセバスは確信を得た。
「ま、まままままさか……!?」
「ご名答、今回の件もアタシが提案したからな」
「なっ、ちょっ、ばっ、えっ、ほ、本気ですかカレン!!?? ダンジョンに行くだけに飽き足らず配信まで!!??」
「そうなのです! カレンが「ワクワクする冒険ができる」と言ってくれました! だから私も『だんじょん配信』を――!」
「カレェエエエエエエエエエエエエエン!!! そこに直りなさぁあああああああああああああああああい!!! 今度という今度は許しませんよぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「おっと、流石にからかいすぎたか」
なんということをしてくれたのでしょう。
セバスは先程までの顔面蒼白とした表情から一変、活力あふれる真っ赤な顔でカレンを追いかけ始めたではありませんか。
ですが、御年70を超えたセバスの老体で駆け出そうものなら転んでしまいかねない。
――だが、セバスがその程度でミスをするような人間ではないとカレンは確信していた。
「『
クラウチングスタートのような体勢で構えつつ叫びながら跳び出したセバスが、まるで砲弾のような速度でカレンに接近する。
数十年前……それこそ『大災害』発生前の普通の人間なら、そんなセバスの速度に対応しきれずに捕縛されてしまうだろう。
――しかし、今の、そしてここでの普通は違う。
「お嬢! セバスと鬼ごっこの時間だ! 今回はアタシも担いでな!」
「はい! 『
セバスが接近する姿を見たカレンは、すぐさまアナスタシアに声をかけ彼女に担いでもらう。
カレンの体格は少女であるアナスタシアに比べればかなり大きい。
だというのに、アナスタシアはカレンの体を軽々と持ち上げ、尚且つセバスを振り切らんとする速度で走り始めたのだ。
ダンジョンが出現したことで、この世界には『モンスター』と呼ばれる生物が自然発生するようになった。
出現した直後こそ人類は絶望の淵に立たされていたが、人間も成長していくもの。
『スキル』と呼ばれる特異技能を獲得した先人の影響で、世界はダンジョンに対応し、そして適応していった。
「爺や! 今回も私が逃げ切れたら、言うことを聞いてもらいますからねー!」
「ガンバレヨー」
「このっ、きさっ、カレェエエエエエエエエエエエエエン!!!!」
――その結果がセバスやカレン、アナスタシアのような超人達の誕生である。
その中でもアナスタシアは天賦の才を持っている。
熟練の力を持つセバスが遊ばれている時点でお察しのことだ。
この物語は、かなり世間知らずなアナスタシアが、ふとしたことで『ダンジョン』での配信活動をしたくなり、それによって振り回される視聴者とセバスの物語である。
彼女が配信することで世界に大きな影響をもたらすことになるのだが……今の彼女達には知る由もなかった……。
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