不登校の意味

そこに私は真剣な表情をとともに、低めの口調で言った。

「いや、冗談じゃなくて、本気で言っています。奥さんが、山野さんとの関係を修復したいって本気で思っていらっしゃいます。どうか、奥さんとの問題に、山野さんも真剣に向き合っていただけませんか。多分、お二人だとなかなかそういう感じになれないで、ご苦労なさってきているんだと思います。そして、これはハッキリ言わせてください。その間を取り持とうとして、カオリちゃんがこれまでものすごく、それこそ、彼女の全てをかけて、頑張ってくれてたんです。でも、それは中学生の子どもに負わせるには責任が重すぎます。そして、それが上手くいかない自分をカオリちゃんは責めちゃうんです。それがカオリちゃんを苦しめています。カオリちゃんのエネルギー奪っています。でも、彼女は彼女の大和魂で、それを遂行しようとしてきました。今、山野家に必要なことは、ご両親がちゃんとお二人の課題に向き合って、カオリちゃんをその責任から解放してあげることです」

私の口調はここでも説得モードだ。


「鈴木さんの言わんとしていることは分かります。でも、実際のところどうなんですか。カオリに良くないっていうのは解りますが、カオリが僕たちの間を取り持とうとしたっていうのは、あまり実感がありません。毎日家で絵を描いているか、スマホ見てるかゲームしているだけですよ」

「確かにカオリちゃんの行動はそうかもしれません。でも、彼女は不登校になりました。私たちカウンセラーは子どもが出す色々な症状は、子どもの切実なSOSであると捉えます。つまり、山野さんも奥さんもいっぱい傷ついてらして、でも、誰にも助けを求められない。その代わりにカオリちゃんが全身でSOSを叫んでくれたんです。だから、結果として私がご夫婦の前に現れました」

「随分こじつけに聞こえます」

「でも、彼女が不登校にならなかったら、私は山野さんご夫婦には会っていなかった。今この会話もカオリちゃんの不登校あったればこそです。仮にこじつけだったとしても、彼女の不登校を有益に意味づけてあげられたら、それはカオリちゃんにとって、救いになるはずです。もう一度言います。奥さんとの関係修復に向き合ってみませんか」


「いや、僕はちゃんと話し合うことを拒否しているわけじゃないです。だから、こうしてカウンセリングを受けることも了承しました。今までだって何度も話し合おうとしてきましたよ。でも、僕が話すたびに妻が黙り込んでしまうか、逃げてしまうんです」

「なるほど。山野さんも努力していらしたんですね」

「それはそうですね」

「では、奥さんがちゃんと逃げないで話してくれれば、山野さんも応えてくださるということですね」

「はい」

「それでしたら、私と奥さんと3人のセッションで話し合いができればと思うのですが、それはいかがですか?」

「僕は構いませんよ」

「ありがとうございます」


これで夫婦合同のセッションを組むことができることに私は一歩進んだ手応えを得た。ただ、単に私立ち合いの下で夫婦と話合わせても、目の前でケンカが起こったときに、コントロール不能になるのは避けたい。

そう思いつつ私は続けた。


「ただその前に、山野さんの奥さんに対する気持ちも今日の残りの時間で整理していければと思います。前回も話していましたが、山野さん、奥さんに対して、いろいろ複雑な思いを持っていらっしゃいますね」

「それはそうですね。繰り返しになりますが、僕は妻が家の中でイライラしていても、できるだけ我慢して過ごしてますし、死ぬ死ぬって言ったときも、できるだけ優しく話を聞いてやろうとしてきました。それなのに、妻は無視したり、逃げたり。時にはこちらの神経を逆なでするようなこと言ったりもしていました」

「逆なで?」

「僕が話を聞こうとしても、『あなたに話したってなにも解決しないでしょ』とか。そんなこと言われたら、どうしたって、勝手にしろっていう気持ちになりますよ」

「それは今の奥さんですか?」

「いえ、カオリが赤ちゃんの頃の話です」


私は想像する。隆志は今のとも子を見ることができていないのだろう。とも子がどんなに努力して変わっても、そこには目をくれず、過去に自身が傷つけられた時のとも子をずっと責め続けているのだ。


「なるほど。最愛の人からそんなこと言われたら、傷つきますよね」

「最愛の人・・・なんでしょう。最愛の人なんですかね」

「しっくりこない?」

「今更妻を愛しているかと聞かれたら、正直なところ分かりません」

「今更っておっしゃいましたね。つまり以前は最愛の人だった。でも変わってしまった」

「誰だってそうじゃないですか」

「夫婦でぶつかり合って、傷ついて、愛情が失われていく?」

「そうなんですかね」

「仮にそうだとしたら、その傷つきを癒していければまた愛情は回復できますか」

「どうなんでしょう。分かりません」


やはりとも子の話をするとき、少なからず隆志の交感神経が優位になるのを感じる。

それを落ち着かせるため、私は安全な記憶を呼び覚ますところから入る。

「まずは前回話していた温泉のイメージを思い出してください」

「あ、はい」

「できれば、目を閉じていただいて、そのときの映像を頭の中に思い浮かべてください」

隆志は自然と目を閉じた。

「ゆったりと深呼吸して。。。」

私は意識的にややゆっくりとした口調の低めの声で誘導する。もちろんHRV呼吸も忘れない。

「温泉の硫黄の匂い、ヌルヌルする泉質、青く光るからだ、そしてコーヒー牛乳。。。思い出せますか」

「はい」

「温泉・・・季節はいつだったんですか?」

「冬だったと思います」

「北海道で冬でしたら、露天風呂なんか、雪景色に包まれてたりするんですか?」

「そうでした。周りには雪が降っていました」

「その映像をよく思い出していきましょう。綺麗な雪景色に包まれて、でも、温泉がぽかぽかとあったかくて」

隆志の呼吸を観察し、リラックスが少しずつ深まっていくのを確認しながら、私はつづけた。

「今、山野さんは安全です。その光景を思い浮かべながら、自分が安全な場所にいるということをしっかりと確認していきましょう」

「はい」

「いいですね、いいですね」

隆志は目を閉じて私の教示を聞いている。

「ゆったりとその安全な感覚に浸って・・・そこから少しずつ少しずつ、奥さんとの問題に近づいていきましょう」

目を閉じている隆志の眉間に若干の皺がよるのをPCのカメラ越しでも私は見逃さなかった。

「そして、すぐに温泉に戻ります」

隆志は目を閉じたままだ。

「まるで、温泉から一瞬だけ上がって、雪に触りに行く感じです。ちょっとでも冷たいと思ったら、すぐにあったかい温泉に帰りましょう。そして十分にあったまって・・・」

一呼吸置いてから私はつづけた。

「もう一度、奥さんの言葉に少し近づきます。なんて言われたんでしたっけ」

「あなたに話しても何も解決しない」

「はい、すぐにまた温泉に戻ります。そして、あったかい温泉で雪の冷たい感覚を温めます」

「今はどんな感じですか」

「特に、大丈夫です」

「いいですねいいですね」

「そんなに何度も行き戻りしなくても大丈夫ですよ。妻とのことで話を進めてもらってもかまいません」

しかしペンデュレーションでは過剰に優位になった交感神経を鎮めることに主眼を置いているので、

「今していることの目的は、山野さんが奥さんとの問題に向き合うにあたって、山野さんの感情の起伏をできるだけ小さくすることです。ゆったりと落ち着いて、冷静な状態で、奥さんの言葉を吟味していただきたいと思っています。スーパーサイヤ人にならないように」と促す。

「わかりました。でも、本当に大丈夫です」

やはり早く進めたいらしい。

「では、もう一度、少しずつ奥さんの言葉に近づいていきましょう」

「はい」

「いつでも温泉に入れますからね」

「はい」

「奥さんに『あなたに話しても何も解決しない』と言われた」

また眉間に少し皺が寄る

「どんな気持ちですか」

「今は冷静ですが、そのときは腹が立ちましたね」

「腹が立った」

「はい」

「その時の腹が立った感覚。山野さん、今は冷静に見つめられそうですか。大丈夫ですか」

「大丈夫です」

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