第3話 暴走吸血鬼《オーバードライブ》と⬛︎⬛︎少女《⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ガール》③

 やたらと長くなってしまった帰路だったが、吸血鬼を一体撃退してからは何事もなく愛しい我が家へと帰ることができた。


(コレクターズ、だっけか。しつこいって言われてたそれと遭遇することもなかったし、やっぱりあいつは私の血が目的だったのかも──そもそも全部嘘で、仕組まれた茶番劇だったのかも)


 そんな風に考えながら、夕陽はドアに手を掛けた。


(あれ? うちの車じゃない車が停まってる。お客さんかな?)


「──では至急、夕陽さんを探して保護いたします」


 しかし、彼女が開ける前に向こうから開いてしまった。慌てて身を引く。出てきたのは見知らぬオールバックでメガネを掛けたピシッとした印象の男だった。


「おや、噂をすれば」


 男はドア前で呆然としていた夕陽に気がついた。


「えっ」


「初めまして。私はこういう者です」


 そう言って彼が取り出したのは警察手帳。顔写真と佐々木大悟ささきだいごという名前が確認できた。


「夕陽! あんたどこ行ってたの!?」


 少し戸惑っていると、玄関にいた母親の朝日が叫んできた。確かに少し遅くなったが近所に聞こえそうな大声を出すほどのことだろうか、と一瞬思った。


(──いや違う)


 既に今夜のことが警察沙汰になっているのだ。それを悟った瞬間、吸血鬼吸われたわけではないが、血の気が引くのを感じた。


「では彼女は責任をもってこちらで預かります」


「はい、よろしくお願いします! 夕陽! ちゃんとお巡りさんの言うこと聞くんだよ!」


 どうやらもう自分のいないうちに話はついているようで、夕陽の身柄は警察に引き渡されることとなっていた。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 無情にもドアは閉められる。残されたのは警察と女子高生。


「さて、車で署に送ります。乗ってください」


 佐々木は、厳格な印象とはギャップのある優しげな口調で停まっている車を指した。


「それって逮捕になるんですかね……」


 自分は暴漢に教われた被害者なのだが、暴力で事が解決してしまっているせいで変に加害者意識が芽生えてきている。


「そんなわけないじゃないですか。あくまで保護、ですよ」


「ならいいんですけども……」


 それでもこれは実質逮捕なんじゃないかという疑いはぬぐえないが、とりあえず車に乗る。取り調べなりなんなりで弁明すれば自分が悪くないことは伝わるだろう。


(そもそもあの変質吸血鬼のせいなんだけどもなー……何もかも全部あいつのせい……)


 そこまで思って、ふとさっきまでの自分が「全部茶番劇なのでは」と推理していたことを思い出す。


(あれ? 警察沙汰になってるってことはあのバトルはガチってことになる? ということはコレクターズってガチでいるってことになる? わけわかんなくなってきた)


 車が発進する。緩やかに加速し、郊外へと出る道を走り出す。

 夕陽の中の疑いも止まらずに加速し続ける。


(──そもそもこんなに素早く警察って来るものなの? だって私、現場にはなにも残してないし、目撃者もいないはず)


 チラリと男の顔を見る。そこにはさっきまでの優しそうな表情はなかった。


「門倉夕陽。十七才。高校二年……いや今は春休みだから高校三年生でしたかね。所属している部活は無し。街中の学習塾に通う——」


 念仏を唱えるように、彼は夕陽のプロフィールを呟き始めた。

 多分、この人は自分を保護しにきたわけではない、夕陽は察しつつあった。


「──うちの構成員五人倒れました」


 男はそう言った。

 慌てて脳内で数える。筋肉お化けと、その後薙ぎ倒したのが四人。逃がしたのはノーカンで合計五人──


「おまけに私が引っ張り出されるという、一人に対して非常にコストパフォーマンスが悪い状況ですが。あなたにはそれほどの価値があることをご理解いただきたい」


(確定。私死んだかも)


 またまた絶望。今日は何度絶望すればいいのか、夕陽はため息をつきたくなってくる。

 だが、死んだかもというのはこのままむざむざと組織に捕まるから、ということではなかった──十分加速している車から飛び下りて、死なずにいられる可能性は低いだろうということだった。


「えいっ!」


「させませんよ」


 ドアハンドルを引っ張ろうと——したが、触れる前に彼女の手が止まった。見えない手が、彼女の手を力強く掴んで離さない。


「何……これ」


「この場で殺して脳髄だけ連れ帰ることができれば、どれだけこの任務が楽になるか。しかし、あなたは特別な存在。傷つけるわけにはいかないのです」


 殺す。その単語が出て、ようやく彼女は目の前の存在がどんな存在なのか、その一端を知ることができた。

 世界に裏表があるのなら、裏。真っ黒な裏の存在が今この狭い車内にいる。

 しかも超能力持ち、それも使えばすぐに人を殺せるだろう代物。自分を抑える力からして、それは容易に想像できた。


「……っかつく」


 しかしながら、夕陽の心に湧いてきたのは、恐怖ではなかった。


「はい?」


「むっかつくなぁ、そういう存在。私は必死に表で生きてるのに。自分はそういうルールに縛られません、なんて余裕な顔してる。そういうの、むかつく」


 自由な腕の方でバシバシとシートを叩きながら恨めしそうな目で睨む少女に、佐々木は一瞬キョトンとする。


「……まぁ、我々もそう楽な存在ではありませんよ、おっと」


 ブレーキが踏まれる。道には他に車はいない。信号もここしばらくはなかった。


「あれは」


「嘘」


 佐々木はため息をつく。夕陽は目を丸くする。


「——おーい! やっほー!」


 吸血鬼。道にはただ一人吸血鬼がいた。ライトが赤黒いコートを輝かせている。


「こいつはお返しするぜ! おら!」


 どん!


 重い何かが車のフロントガラスに投げられた。それは人、あの時逃した構成員だった。

 オーバードライブとの距離はかなり空いていたが、それでも軽々と投げるあたり、流石の膂力だった。


「まったく」


 佐々木はイラつきながら車から降りる。


「今投げた奴、間違った選択肢を選ばせる撹乱系の能力者だろ? あの子が路地裏に逃げ込んだのも、俺の元から離れさせたのもそいつの能力か」


「そうです」


「っかぁ〜こいつは仕留めとくべきだったか。下手引いたなこりゃ」


「あなたは何の目的があってあの子を付け狙うのですか?」


「あぁん? 理由ねぇ。彼女が助けてって言ってたからかなぁ」


 いつの間にか手に生成されていたナイフの切先で夕陽を指した。


「今も、あの顔はそう言ってる。大層な理由は必要ねぇだろ」


「そうですか。ではあなたには我々の大義によって、消えていただきましょう」


「やってみなよ」


 佐々木は手を上げ、そして勢いよくそれをしならせながら振り下ろした。


 パァン!


 その瞬間、直線上に立っていたオーバードライブの頰のあたりが弾け飛んだ。


「コードネーム『鞭打ホイップクリーム』。我らの敵を撃ち払います」


コードネーム有りとはなぁ! 少し楽しめそうだ! 全力でぶっ潰す!」

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