オーバードライブ ─或る街の吸血鬼─
サドル・ドーナツ
暴走吸血鬼《オーバードライブ》と⬛︎⬛︎少女《⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ガール》
第1話 暴走吸血鬼《オーバードライブ》と⬛︎⬛︎少女《⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ガール》①
噂では。
この街では人狼が隠れ住んでいるらしい。
噂では。
この街では何でも願いを叶えてくれる占い師が店を構えているらしい。
噂では。
この街では超能力を持った集団が暗躍しているらしい。
噂では。
この街では心優しき吸血鬼が夜を歩いているらしい。
噂では。
この街では殺人鬼が夜な夜な人を殺しているらしい。
噂では。
この街では──“悪”が蠢いているらしい。
■■■■
「はぁ──はぁ──っ」
きっかけは──少なくとも彼女が知覚している限りでは──塾が終わり帰宅しようと駅に向かい、その建物の中に入ろうとしたその時に、その何者かの視線を感じたことだった。
そいつは彼女が察知したことを察知し、彼女の方へと駆け出してきたのだ。慌てて逃げ出す夕陽だったが、何故か足は人気のある建物の中にではなく、日は落ち暗くなった外へと向かっていった。
その後も彼女は選択肢を誤り続け、繁華街から段々と人気のない路地へと向かっていく。
(どうして……何で?)
辿り着いたのはビルとビルの間の行き止まり。誰にも見られずに何かをするには絶好のスポットだ。
振り向くとストーカーもぬっとその狭間に体を滑り込ませてくる。そいつは何の変哲もないサラリーマン風の男で、とても凶行に走るような人間には見えなかった。
「いや、やだ──」
あまりの恐怖に涙が溢れてくる。
ここで死ぬ。高校生の彼女が受け止めるにはあまりに突拍子もない、しかしながら重い現実が襲い掛かってくる。
「──助けてぇ!!」
出来るだけ遠くに響き渡るような甲高い声を絞り出す。しかし、それが通りの誰かに届いた様子も、相手が怯む様子もない。これまでに感じたことのない圧倒的な絶望に、夕陽はただただ立ち尽くすしかなかった。
一歩、また一歩と男が近づいてくる。
彼女の命運もこれまでか。いつかくるであろう凶撃に備え、目を閉じてしまった。
——だがその声は遠くのそれに、確かに届いていたのであった。
「さて──出番だな」
その者はビルの屋上から声の聞こえた方へと、矢のように飛び立った。驚くべき脚力でジャンプを繰り返し、ビルの屋上をいくつか経由しながら、現場へと向かう。はためくコートはまるで蝙蝠の羽ばたきのように見える。
そして男が夕陽へと距離を僅かに詰めたその間に、それは現場上空へと辿り着きそのまま急降下——男の上へと着地した。
ゴズン!
「な、何? ……え?」
鈍い音に目を開けてみると、状況は一変していた。
サラリーマン風の男の代わりに立っていたのは、サングラスをかけ、赤黒いコートに身を包んだ夕陽より少し年上の男。着ている物も奇妙だが、真に奇妙だったのはその男自体だった。この闇の中で輝くような長い銀髪は、明らかにこの世のものではない雰囲気を漂わせていた。
「やぁお嬢さん」
やや芝居がかった口調でそれは言った。
「助け、必要なんだろう?」
ニカッと笑う彼の口元からは、大きな牙が見えた。
「あなた、もしかして……」
さっき思い出していた街の噂。そのうちの一つに彼の特徴は合致していた。
その名前を思い出そうとしていたその時、踏み潰されていた男が起き上がったのだ。
「おっと」
赤黒コートは一歩夕陽の方に寄った。
「ぐ、ぐはあっ! て、てめぇ! 何者だ!?」
「ひっ」
さっきので死んでいたと思ってた男が威勢良く問いかけてきた。その異様なタフさに彼女は絶句した。
「ふぅん。知らねぇか。見たところお前さんは『
不快そうに顔を歪めながら、赤黒コートは自分の首を親指の爪で掻き切る。それは「お前の首を掻っ切る」のジェスチャーにも似ていた。傷口から流れた血が手元に集まり、次第に一つの塊になっていく。
「俺の名はオーバードライブ! 吸血鬼だ。憶えときな」
その塊はまるでナイフのように鋭くなった。その切先をサラリーマン風の男に向けた。
「邪魔するなら殺す!」
男は叫ぶ。オーバードライブの行動を挑発と受け取ったようだ。拳法のような構えを取り、ワナワナと震えている。
だが、震えているだけだはなかった。ミチミチとスーツのジャケットがワイシャツがスラックスが、次第に膨らんでいった。筋肉が膨らんでいっているのだ。
異常事態に次ぐ異常事態。夕陽はもはやそれを恐れるどころか。
(か、かっこいい……)
憧れを抱いていた。常日頃読んできた少年漫画のような展開が目の前に起こっている現状がもはや楽しくてたまらなかった。
「死ねや、吸血鬼さんよぉ!」
筋肉の塊と化した男が飛びかかってくる——
ガッ!
しかし、そんな攻撃を吸血鬼はそれ以上の膂力であっさりと蹴り飛ばしてしまう。男は派手に通りの方へと吹き飛んでいった。
それでもあたりは騒ぎにならない。それどころか冷静に男が飛んできた方へと目を向けた。
「さぁて、まだいるんだろぉ? 卑怯な真似やめてかかってきなぁ!」
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