有斐閣ばっか読んでるとバカになる

モーリア・シエラ・トンホ

第1話

 お父さんは、困っている人を助けられる大人になれ、って私に言った。

 だから私はいつだって困っている人を探していた。


 杖をついて歩いている老人がいたから、困ってませんか、って聞いた。

「いや、大丈夫じゃよ。なんも困っとりゃせん」

「でも杖ついてますよね。困っているんじゃないですか」

「大丈夫じゃよ。これでも毎朝三キロ歩いとるんじゃよ」

「三キロも歩いたら、きっと困ったでしょ。私、牛乳でも買ってきましょうか」

「そんなもんいらんいらん」

 老人はへきえきして歩き去っていった。私はちっと舌打ちして呟いた。

「なんだよ紛らわしいなあ。困ってないなら困ってないって顔に書いておけばいいのに」


 夕食時、私はいつも一日の人助けをお父さんに報告していた。

「今日、杖をついているおじいさんを助けようとしたの」

「それはいいことだな」

「でもその人、困ってないっていうんだよ。私、困っちゃった」

「そういうこともあるさ」

「つまりさ、私は困らせる側になっちゃったんだよ。困ってない人を助けようとしてその人を困らせちゃった。そして私自身も困った。私が助けようとして、二人の人間が困ることになった。そんなのつまんない」

「難しい問題だな」

「だったらもう何もしない方がよくない?」

「オマエは今、スティーブン・キングの言葉を借りるなら『トーストの上の糞並みにやっかい』な問題に直面している。いいか、麻衣。人を助けるってのはとても難しいことなんだ。それを忘れちゃいけない。人はいつだって、人を助けることの意味を考えつづけないといけないんだ」

 お父さんはそう言って、私の頭をなでるのだった。


 私はお父さんを尊敬していた。

 お父さんはたくさんの人を助けていた。たまにお父さんに助けられた人が菓子折りをもってお礼を言いに来た。

 どうやって、何を助けたのかは知らない。みんな、村人が善良な王様を見上げるみたいにお父さんを見つめていた。私はその光景が好きだった。お父さんは王様で、私も王族なんだと思った。誇らしい気持ちで菓子を頬張った。

 お父さんの本棚には有斐閣が並んでいた。有斐閣しかなかった。

「おまえもこれらの本を読めるようになったら、人の役に立つ人間になれるからな」

 お父さんはそんなことを言って、私の進むべき道を照らしてくれたのだった。

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