ノスタルジー
tada
冬が来た 一
高校一年の冬──私は家族全員で、お父さんの実家に帰省していた。
していたとは言っても、私たちの家族は毎年、冬休みに入ってから三が日が終わるまでは、欠かさず帰省しているので、特別感みたいなものは皆無である。
「お母さん、ちょっと外行ってくる」
スマホの電波も入りづらい(厳密には使えはするが、とてつもなく遅い)この場所では家の中でやることもなく、とりあえず外に出るのが私の暇つぶし。
「清水さんとこ行く?」
着込むほどの寒さではないはずなので、適当にパーカーを見繕って玄関で靴を履いていた私に、台所からお母さんが訊いてきた。
「あー、うん。そのつもり」
私は、声を張って台所まで届くように答える。
すると、お母さんは何か食べ物らしき物が入ったレジ袋を手に持って、玄関に来た。
そして、玄関で靴を履き終えた私に、そのレジ袋を渡してくる。その際目を細めながら、注意を促す。
「途中で食べないでよ」
と、もう聞き飽きたその言葉が、少しうざったらしくて、私はむすっとした表情でレジ袋を受け取った。
「毎年毎年、いいって……聞き飽きた。途中で食べたのなんて、もう十年も前のことなのに」
大人はどうしてこうも、子供の過去が好きなのだろう。みんなそうだ、私が昔にやらかした失敗を、冗談っぽくからかってくる。
それも毎年内容を変えることなく。
昔一回やっただけのことを、こんなこともあってねとか、勝手に振り返るのを、やめてほしい。こちらとしては、自分の過去を掘り返されているようで、ムズムズする。
だけれど、これを言うとみんな『お年頃』とか言う魔法の言葉を口にするので、子供は黙ってそこからいなくなるしかない。
今年もそれは変わらないようで、今もニヤニヤと私を見る母親にレジ袋を片手に、一言。
「行ってきます」
とだけ言って、家を出る。
中からは「気をつけてね」という声が聞こえてきた。
私ももう今年で十五歳になるのだから、今更気をつけるも何もないと思う。それに、いくら一年に一回しか来ないとはいえ、始めてこの町に来たのが私が五歳の時だから、それから数えて十年も経っている。
大抵の物事は、十回もやれば失敗しなくなるのだから心配するようなことはないと思うのだけれど。
そんなことを考えながら、私は空を見上げた。空は曇っていて、日は見えない。
そのせいもあってか、どこか薄暗くただでさえ人気のない道が、さらに数段と暗く感じてしまう。
「さむ」
家を出て数分、私は思ったよりも外が冷えていて、思わず呟いた。
もうちょっと着込んでくればよかったと後悔する。だけど今更戻るのも面倒だし、仮に戻ったとして、お母さんにからかわれるのだけは嫌だったので、なんとか体を震わせながらも暗い道を歩く。
時刻は、午後一時。
おばあちゃんの家に着いたのが午前十時ごろ。それから荷物の整理とか、炬燵でゴロゴロとかしていたら、今の時間になっていた。
一日のうちで一番暑い時間帯のはずなのに、私の体は震えている。
そんな震えを止めるように、私はパーカーのポケットに両手を無造作につっこんで、凌げない寒さを誤魔化すように道を歩く。少しでも暖かくなれば──と。
そんな私の目に映るのは昔から変わらない景色。
永遠と続くような田園風景。田舎を象徴するようなその景色──それでも昔よりかは建物が増えている。
私が五歳の頃なんて、臭くてうるさい豚小屋と今から向かう清水さんの家以外には何もないと言っても語弊がないぐらいには、何もなかった。
だけれど、今は逆にその豚小屋は建物すら取り壊されて、民家が数を増やしている。
とはいっても、新築が数軒増えただけでまだまだ住宅街にはほど遠い。
コンビニなんてものは当然ないし、スーパーだって山を超えた先にある隣町に一軒あるのみ。
私が大人になる頃に、子供がこの道を走り回る姿が見られたら都市開発としては、順調なんじゃないだろうか。
都市開発なんてしているのかは、私の知るところではないけれども。
そう思えるぐらいには、緩やかな変化だった。だけれどそんな緩やかな変化でもこの町に来る回数が少ないからこそ、機微に感じ取れるものもある。
清水さんの家に行く途中、毎回通っていたこの道──何もない他と変わらない田園風景だけれど、その脇道にあった誰が植えたのかもわからない、小さな木が無くなっていた。
まぁ、去年ぐらいからもうその片鱗はあった。少しずつ枯れていく木──町に明かりが増えていく代償に消えてしまったかのよう。
実際はそんなことはなくて、単純に寿命だったというだけなのだろうけれど、それならそれで時間が過ぎ去るのを肌で感じてしまい、さらに身震いしてしまう。
感傷に浸るような性格ではないつもりだけれど、あった物がなくなったり、なかった物が生まれるこの感覚は、ここでしか味わえない──そんな気がした。
私が今住んでいる場所は、都会というほどではないが、毎日何かしら工事をしていて、何が増えて何が減ったのか一高校生が把握仕切るのは困難になっている。それぐらい緩やかとは縁遠い町になっている。
嫌いではないけれど好きでもないその町は、私にとっては地元なんだろうけれど、思い出はこの田舎町の方が多いような気がする。
その一つ──今日の目的地である清水さん宅に、気づけば到着していた。
いつ来ても遠いんだか、近いんだかよくわからない距離感。あんなに同じ景色が続くのに、飽きずに到着できる。絶妙な距離感。
流石に小学生の時よりは、歩幅も広がり、単純な時間が減っているというのも理由としてはあるのだろうが、それ以上に私は多分この家に来るのが好きなのだろう。
「ゆいちゃーん」
私は、チャイムがない家に向かって、昔よくやった呼びかけをしてみた。周りに家はないし、迷惑にはなってないだろう。
なんで昔みたいな呼びかけをしたのは、私にもわからない。やりたくなったからではだめだろうか。
すると、私の呼びかけに答えるように家の中から足音が聞こえてくる。
ドスドスというよりかは、トストスといった可愛らしい擬音の方が似合う足音、その足音は数秒して玄関の扉を開ける。
「まほちゃん?」
そう私の名前を呼んだのは、
なんだか、隣の家に住んでいる友達──に近いものを由花からのは感じてしまう。
「久しぶり」
私はポケットから片手を出してはにかんだような笑顔を見せる。
その際に出した右手が、ポケットとの寒暖差で、赤くなっていく。
だけれど、そんなのは由花には関係ないようで、私が
「まほちゃん!」
言うと、由花は倒れそうなほど勢いをつけて私に抱きついてきた。
「まほちゃん! まほちゃん! まほちゃん! 久しぶり、一年ぶり!」
「毎年そうだよ」
「そうだった……えへへ」
抱きつきながら見せるその笑顔に私は、一年ぶりの懐かしさを覚える。
毎年同じようなやり取りをしているはずなのに、私と由花の反応はこの十年変わる気配がない。
家を出る時に、からかわれるのには嫌悪感を抱いたのに、由花とのこのやり取りには一切の嫌悪感を抱かないのはなぜなのだろう。
お互い、昔は成長すれば合わなくなるものだと思っていた。
なのに、どれだけ年齢を重ねても、由花と会えるこの季節が、私にとっては一年の中で一番の楽しみなのは、あの時からずっと変わらない。
「まほちゃん! まほちゃん!」
小動物のように飛び跳ねている由花に、視線を送る。由花の家の方を見ながら。
由花とくっついているのも暖かいのには変わりはないのだけれど、少し座ってゆっくりしたい気持ちの方が強くなっている。
もうちょっと前までは、ここで部屋に上がることなく由花の手を引いて外を走りまわっていたような気もするのに。時は残酷だ。
すると由花は、察しがついたのか私から腕を離して言う。
「ああ、そっか寒いもんね」
少し顔を俯かせながら、残念そうに私に向けていた視線を、家に移動させる。
「入ろっか」
言うと、由花は私の冷たくなっている手を握る。由花の手は私とは違いとても暖かった。
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