Clovers
空恋 幼香
第一章 Chapter1『出会い』
――どうしてわたしはこんなことをしているのだろう。
今にも崩れ落ちそうなほどボロボロになった豪華な部屋の中で、自身の運命を恨んだ。
視線を壁の方へと向けると、そこには壁にもたれかかったまま動く気配のない敵の姿。
「……ッ」
だけどまだ生きている。多大なダメージをくらったせいで、一時的に動けなくなっているだけで、回復したらすぐに襲い掛かってくるだろう。
だから殺さなければいけない。他ならぬわたし自身の手で。
『敵は必ず殺す。たとえそれが誰であっても』
それがあの人から教わった唯一の事だから。
「待っていてくださいね……。すぐに終わらせますから」
少し押されれば倒れそうなくらい傷だらけの体でゆっくりと歩を進める。
近付くほどに敵の血に染まった愛刀を握る手に力が入る。
(わたしがやらないと……。わたしが、わたしが……)
そしてわたしは敵の前に立ち、少し腰を落として抜刀の構えを取る。
これはわたしが一番得意としているスタイル。
より確実に、この一撃で葬りされるようにするにはこれが最適なのだ。
「さようなら」
その言葉を合図に、わたしは敵に向けて刀を抜いた。
「――どうしよう。緊張してきた……」
ある夏の日。わたし、立花朱音は応接室に置かれたソファーに座り、一人ぽつんと待っていた。
ここはわたしが住んでいるS市にあるUGN支部。
わたしはオーヴァードとしての力を見込まれ、今日からここへ配属することになった新米のエージェントなのだけど……。
「誰も、来ない」
受付の人に通されてこの部屋に案内されてから一時間。わたしはこの部屋でずっと待機をさせられていた。
その間ここを訪れた人はなんと0人。
最初にお茶やら用意してくれていたので、飲み物などの心配はなかったけれどここまで放置されているのは少々怖い。
かと言って勝手に部屋から出るわけにもいかず、自身の武器である刀の手入れも十二分にしてしまい、どうしたら良いのか迷っているうちに時間だけが過ぎてしまい今に至る。
「……やっぱりちょっとだけ確認した方がいいかな」
そう思ってソファーから立ち上がり、ドアノブに手をかけようとしたところで、扉が急に開く。
「あっ、えっ?」
予想外の出来事に間の抜けた声が出てしまう。
「大丈夫かい?」
扉に先に立っていたのは、40代くらいの男性。
この人は確か……。
「し、支部長さんこんにちは!」
「あぁこんにちは。立花くん」
S市支部の支部長、霧崎連夜。
様々な事件を解決してきた実力派の人でありながら、周囲からの人望も厚くかなり若い時から支部長を任されていたという凄い人だ。
「待たせてしまってすまない。言い訳になってしまうが、色々と立て込んでしまっていてね」
「い、いえっ。気にしていません! なんとなくそうなのかなって思っていたので」
「そう言ってくれると助かる」
やはり支部長というのは大変な仕事なのだろう。仕草のあちこちから疲れが見える。
「それで早速なのだが、君の初任務についての話がしたい。一緒に会議室へ着いてきてほしい」
「はいっ!」
元気よく返事をすると、支部長は微笑むとすぐに会議室へと歩き始め、わたしもその後を着いて行った。
「……失礼、します」
支部長さんに続いて会議室へと入るとそこには、背中まである綺麗な蒼髪に、クローバーの髪留めを着けた若い女性が立っていた。
身長はわたしより大分低く童顔で、高校生……いや、下手したら中学生と間違われても、おかしくないだろう。けれど女性のまとっている雰囲気はどこか大人びていて、すぐに彼女はわたしよりも年上なのだと理解する。
女性はわたしの姿を見るや否や、嬉しそうに声をかける。
「初めまして。君が朱音ちゃんかな? 私は――」
そこで女性は何か驚いたような表情でわたしを見つめる。
少し間が開いてから女性は、はっとしたように、
「あ、ご、ごめんね。私の名前は桐藤葵です。よろしくねっ!」
そう言って手を差し出され、わたしはすぐに握手を交わす。
「はっ、はい! 立花朱音です。桐藤さん、よろしくお願いします!」
彼女の手は見た目通りかなり小さいけれど、暖かくてどこか安心できる手だった。
「……こほん。そろそろいいかね」
自己紹介を終えると、支部長が一つ咳をする。
「あ、支部長。もう大丈夫ですよっ」
桐藤さんはわたしの手を離すと支部長の方へと向き直り、わたしもそれに続く。
「すまないね。こちらも急ぎの要件が控えているのでね」
「ふふっ、支部長はいつも忙しそうですもんね」
「まったくだ……。それで本題に入るが、君達にはバディを組んでもらい、ある屋敷の調査をしてもらいたい」
「屋敷、ですか……?」
わたしは首を傾げる。
こういった特殊な仕事だからもっとFHのような巨悪と戦う、みたいなことを想像していたので少し拍子抜けだった。
「あぁ。その屋敷はヨツバ邸と言って、数十年前まではちょっとしたお金持ちが住んでいたのだが、10年前のある日、複数のジャームに襲われる事件が発生し、当時そこに住んでいた家族や使用人、計20人が犠牲になった」
「そんなに沢山……」
「もちろんそのことは、世間には伏せられているのだが……。そんな怪奇な事件が起こったのだから、噂だけが独り歩きしてしまってね。その結果、ヨツバ邸は幽霊屋敷として長い間放置されていたが、その屋敷で最近になって数体のジャームがうろついているのを発見された」
「それはなんだかきな臭いですね」
そこで桐藤さんが、恐らくここにいるみんな思っていたことを口に出す。
「きな臭いで済めば良いけれどな……。とにかく、そういった事情で君達にはその屋敷の調査と、確認されたジャームの始末をお願いしたい」
ジャーム……。それはわたし達オーヴァードの成れの果てともいえる存在。
一度そうなってしまえば二度と元に戻ることは無く、ただひたすらに自身の欲望のまま行動をする。
そのため一般人にも被害が出てしまうこともあるので、その対応をするのもUGNとしての役目だ。
……しかし、まさか初任務からその存在の名前が出てくるとは思っていなかったけれど。
でも大丈夫。わたしはこの日のためにしっかりと備えてきた。死角はない。
「はい! 精一杯頑張ります!」
「ははっ、それだけの心構えが出来ているのなら、頼もしいな」
「うんうん! 一緒に頑張ろうね、朱音ちゃんっ!」
「き、桐藤さんっ!?」
突然、隣にいた桐藤に抱き着かれて少しよろめいてしまう。
小柄な体型の見た目に反して、かなり力は強いらしい。
流石に支部長の前でこれはいかがなものかと思い、抱擁から逃れようと試みるけれどビクともしなかった。
「初めての任務にしては少々難しいかもしれないが、期待しているよ」
しかし、そんなわたし達に対して一切驚くこともなく、支部長はそう言って私の肩を叩くとそのまま部屋から出て行ってしまう。
……あれ? 助けてくれないんですか? わたしこのままだと動けないんですけど。
「あ、あの……桐藤さん。初めてあった人、それも先輩に向かって言うのもアレなんですけど、そろそろ離れてもらえると……」
「だーめっ。折角のバディなんだもん。スキンシップは大切だよっ」
「確かにそれはそうなんですけど。でも初めての任務なのにこんなことをしていたら……」
「違う違う、初めての任務だからこそだよ」
「えっ?」
「気合いを入れるのは大事だけど、そのせいで緊張したりしてから回って、大けがなんてしたら目も当てられないからね。……朱音ちゃん、そういう経験あるでしょ」
「それは、その……」
言葉に詰まってしまう。
緊張や気合いの入れすぎで空回りしてしまったことは、あるかないかだけで言えばある。それも一回や二回だけではなく何回も。
わたしの家は他の人より生活が苦しかった。
失敗しては全てが無駄になってしまう。そうなれば無駄になった分、追加でお金や時間を費やさなければいけなくなる。
その度に両親は気にしなくて良いと言っていたけど、わたしに見えないところで無理をしていたことを知っていた。
だからこそ、両親や他人に迷惑をかけたくない気持ちが強くなってしまっている。
「別に緊張するのは悪いことじゃないよ。これからするのは初めてのことだから緊張して当然。私だって初めての時は緊張したもん」
「桐藤さんも、ですか……?」
「うん。でもね、そのとき私のバディだった人に言われたの。『新人のお前が緊張するのは仕方ない。けれど自分は君が思っているより何十倍も強いから心配するな』って」
「……凄いですね」
「ふふっ、そうだよね。……でも実際にその人はかなり凄い人だし、かなり強いの」
言いながら桐藤さんはどこか遠くを見つめているような感じがした。
「きっとジャームと戦うことがあるかもしれないって緊張しているんだよね?」
「それは……はい。その通りです」
「実践経験もないからそうなっちゃうのはわかるけど。大丈夫、私は朱音ちゃんが思っている何百倍も強いんだからっ」
「……くすっ、何百倍って大きく出ましたねっ」
わたしはその言葉に思わず笑ってしまう。
小柄で童顔で、何もかもが私より小さくて幼く見えるのに、堂々とドヤ顔でそんなことを言われてしまっては我慢などできない。
「ふふっ、やっと笑ってくれたね」
「あ、す、すみません先輩なのにっ!」
「いいのいいの! 今のはむしろ私から笑わせにいったんだから。……でも、うん。やっぱり朱音ちゃんは可愛いね。とても笑顔が似合う!」
「そ、そう、ですか……? あんまり自分ではわからないですけど……」
なんだか不思議な人だ。話しているだけで、自然と緊張が解れてくる。
これも先輩の力、というものなのかな。
「それより、そろそろ屋敷へ行きませんか? 支部長さんに言われてからもう30分は経っちゃっています」
言いながら会議室の壁にかけられている時計へと目配せをすると、桐藤さんも時計を見て、
「あらら本当だ。流石にはしゃぎすぎちゃったね」
わたしはようやく桐藤さんの抱擁から解放される。
長い時間抱き着かれていたからか、彼女の甘い香りが自分の体から感じる。
(……でも、この香りわたしは好きだな)
本人が目の前に居なければ、きっと自分の服に顔を埋めていただろう。
「それじゃ行くよ朱音ちゃん!」
「はい!」
こうしてわたし達は軽い足取りで、ジャームの報告があったヨツバ邸へと向かった。
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