第9話 緊急事態


 探索班が出発する前にミーティングを行い、情報共有を行うことにした。


 まずは、人数確認。といっても人数がオレを含めて六人しかいないので点呼を取る形にする。


 目的確認。その日行う探索の目的、例えばルート開拓とか、採取とか。


 ルート確認。


 オレのスキルにある『位置特定マッピング』と『情報処理・開示プレゼンター』を使って、今日の移動経路の確認。


 はぐれた時の指示。何か危険があった時の伝達方法等々だ。


 ちなみに『情報処理・開示』はオレのまとめた情報を相手に見せることができるスキルだ。

 ゴブリン達の前にオレが普段使っているスキルパネルが現れる感じだな。



「では、装備の確認。バディで装備を身に付けているか確認してくれ。まず、帽子」

「良し!」

「手袋」

「良し!」

「靴」

「良し!」

「ポーチ」

「良し!」

「ナイフ」

「良し!」

「よろしい。では、今日の探索目的を伝える。新しいルート開拓、および採取だ。お前らに渡した手袋や靴には、毒の耐性がついている。しかし、過信はするな。棘があるような植物やキノコには触れずにオレに報告するように」

「はい!」


 スキル『作成クラフト』には一応、装備品に加工ができる。スキャナーで読み取った植物のデータを基に毒耐性を付けたのだ。その分、魔力を使うが、まだこの程度なら減り具合は微々たるものだった。


「今回、狩りはしないが動物の痕跡も見逃すな。姿を見かけたら、気配を殺してその場を離れ、班に伝えること。バディと互いの姿が常に見えるところで行動するよう心掛けろ。何か身に危険があった時は、ポーチに入っている爆竹を投げろ。大きな音が鳴る。雪猪のような猛獣が襲ってきた場合は、オレがヘイトを取る。お前達はゲルブを先頭に拠点へ避難するように」

「はい!」

「合言葉は?」

「命を大事に!」

「よろしい。それでは、行動を開始する」


 オレの言葉でようやく緊張が解けたゴブリン達が、オレの後ろを付いて歩く。オレのバディとなったのは、ゲルブだ。


 コイツは、この班の中で一番賢い。もし、オレ抜きで行動するようなことがあれば、指揮を任せられるようにしたいと思っている。


「亜神様」


 不意に呼ばれて、スキャンしていたオレは顔だけをゲルブに向けた。


「なんだ?」

「ミーティングについて少し疑問があるんです」

「言ってみろ」


 ゲルブはオレに木の実を手渡しながら言った。


「オレ達の安全を考えているのは分かるのですが、装備の事前確認や人数確認、目的なんて毎回確認する必要があるでしょうか? 特に人数確認なんて、少人数で必要ないかと思うのですが」

「そうだな。しかし、班全体で意識することが大事だとオレは思う」

「意識する……ですか?」

「そうだ。常に誰が班の中心にいるのか。各自どんな分担なのかを把握して、意識しておくことで動きはスムーズになる。慣れって言うのは怖くてな。同じことをしていれば、前回と同じだから大丈夫っていう慢心が、思わぬ事故や怪我に繋がるし、自分だけ確認や把握していると抜けが出るようになる。だから確認は誰かと行った方が予防できるとオレは思う。特に、身の安全を守るためのものはな」


 ゲルブはそれを聞いて少し考えた後、小さく頷いた。


「なるほど……じゃあ、緊急時にオレを先頭にしたのは?」

「お前がそうやって考えられるゴブリンだからだ。ただオレの言いつけに従うだけでなく、理由や原因について疑問を持つ。そして確認、意見ができる。疑心暗鬼になったり、常に答えを求められたりしても困るが、お前はオレの指示で何が大事かを考えようとしているからな。そういうヤツなら指揮を任せられる」


 従順に命令をこなすことと、考えることを放棄するのは違う。

 ゲルブのように状況の判断しようとする力があれば、緊急時は動きやすい。


「もしもの時には頼んだぞ、副班長」

「…………過大評価ですよ、そんなの」


 小さく俯いてそう呟いているゲルブの耳が赤い。なんだ、褒められて嬉しいのか?


「なんだよ、照れてんのか? 男の照れ顔なんて見たくないんだが?」

「あ、あなたって人は!」


 パァーーーーーーーーーーン!


 周囲に銃声のような乾いた音が響いた。

 それはオレが与えた爆竹の音だ。


 オレはすぐさま『位置特定』で音の発生源を探る。こういう時に備えてスキルで把握できるように設定をしておいた。


 そして、この音が聞こえた時の集合場所も伝えてある。


 来たのは、マルコとレニィだ。


「マルコ班、全員います!」

「シュウト班、到着。全員いる」


 つまり、危険を知らせたのはトロとマルクトがいる班だ。


 なんか嫌な予感がするな~。


 オレは『情報処理・公開』で音の発信源と洞窟までのルートを共有してから指揮を出した。


「これより現場に移動する。緊急時の際は、ゲルブに指揮を預け、洞窟へ避難だ。行くぞ」

「はい!」


 オレを先頭に現場へ向かうと、目的地の場所に大きな黒い毛むくじゃらが居座っていた。


 がっしりとした体格。黒くてしなやかな毛並み。大きな手と口。丸い瞳と耳が愛らしく見える巨大な生き物。



 人はアレを熊と呼ぶ。



「ヴゥ~!」


 熊は低い唸り声を上げながら、大木のうろの中に手を伸ばしているようだった。


 中から「ひぃ!」という悲鳴が聞こえてくる。


 もしかしてアイツら、あの中にいるのか⁉


「亜神様……」

「ゲルブ、オレが熊の注意を惹き付ける。その間に洞からアイツらを救出して、逃げるんだ。後は任せたぞ」

「は、はい! お気をつけて!」

「お前らもな!」


 オレはゲルブ達から少し離れたところに移動し、茂みから飛び出して熊の足元に爆竹を投げつけた。


 銃声のような音が響き、熊が怯んだところでオレは声を上げる。


「おい、クマ公! こっちだ!」

「ヴゥウウ……」


 よし、熊がこっちに顔を向いた! って、くっそ目が血走ってるじゃん。こっわ!


 が、オレはスキャナーを取り出して、熊に向かって構える。


「……ちょっとピッてさせろよ!」


 引き金を引き魔法陣が熊に転写する。

 電子音と共に熊のデータがスキャンされたと同時に、オレは次の行動に出た。


「コール! スキル『作成』! 小石!」


 座標を設定し、熊の頭上に現れた魔法陣から小さな石の雨が降り注ぐ。

 しかし、本当に小石がぱらぱらと頭に落ちるだけで勢いはない。


 頭に落ちてくる煩わしくなった熊が首を大きく振って石を払った後、オレに向かって走って来た。


 分かっていたが、くっそ速っ!


「コール! スキル『時間操作』一時停止!」


 オレがそう叫ぶと、熊の動きがぴたりと止まり、この場の空気の流れや光の温かさを感じられない空間に変わる。


 大口を開けた熊の顔が一歩前まで迫っていたところで制止しており、オレは安堵を漏らす。


 しかし、『時間操作』も無限ではない。こうしているうちにオレの魔力は減ってきているのだ。


「くっそ……ふざけんなよ。なんで熊の相手なんかしなくちゃいけねぇんだよ!」


 悪態をつきながらオレは洞の中を覗き込むと、奥で真っ青な顔をして抱き合うトロとマルクトがいた。


 こいつらを洞から引っ張り出そうとするが、重いなぁマジで! 野郎が抱き合ってんじゃねぇよ!


 一時停止している間にこいつらをゲルブの所まで運べるかと淡い期待をしていたが、無理そうだな。STR筋力値Dをなめてたわ。


「はぁ~……諦めて腹を括ろう」


 オレは熊から距離を取り、一時停止を解除した。


「ガァ⁉」


 熊からすれば、突然、オレが目の前から消えたと思っただろうな。

 慌てて止まってオレの姿を探してる熊に向かって、小石を投げつける。


 よし、当たった。


「おい、クマ公こっちだよ!」

「!」


 そのままゲルブ達とは逆方向へ走ると、オレと熊の地獄の鬼ごっこがスタートした。


 オレが走る。熊が追いかけてくる。捕まりそうになったら『時間操作』で一時停止。これの繰り返しだ。



 簡単そうに聞こえるだろう?



 クッソ疲れる! 脇腹が痛てぇ! 呼吸がしづれぇ! 血反吐を吐きそう!


 ぶっちゃけまだ二十歳だし、こう見えて学生時代の体育の成績は悪くなかった。体力はまだあると思ってたが、そんなことなかったわ! 二年間のインドアで確実に体力落ちてるわ、これ!


 おまけに熊が本当に速いんだわ!


 目の前に迫ってくるなんて一瞬だよ、一瞬!


 チキンレースなんてしたくねぇのに、熊が速過ぎて結果的にギリギリで一時停止してることになってる。

 しかも、分かるか。後ろから迫ってくる獣の息遣いがマジで恐怖をそそるんだわ!


 どうして受験以外でこんなひりつくような経験しなくちゃいけねぇんだよ、クソがぁ!


 あ~~、日本に帰りてぇ~~~~~~~~~~~~~! 日本にも熊が出るけどな!



「ぜぇー! はぁー! ぜぇー! はぁー! スキル『時間……』うわっ!」


 集中力も落ちてたんだろうな。


 熊の頭突きをもろに受けた上に足をもつれさせたオレは転がるようにして、地面に倒れた。


 幸い、熊の頭突き分は痛くない。まあ、猪の突進を受け止めた実績があるしな。

 オレはすぐに立ち上がろとすると、黒い影がオレの姿を覆う。


 ………………立った。熊が立った。


 でっけぇ……アイツの頭の位置なんて、オレの頭よりずっと高いやん。

 完全に興奮してて目が血走ってるし、うわ、口がでけぇ……手もでけぇ。


 思わず冷静になって熊を観察するくらいには、今のオレは死を覚悟していた。


 ぶっちゃけ魔力をつきかけてるしな! 昨日の時間操作して一時停止してみたり、装備作ったり、色々やってた上にこの鬼ごっこ……あ、やべ。


 熊が片手を上げた瞬間、オレは咄嗟に顔面を守った。


 ズシリとした一撃がオレの腕にのしかかり、オレは肝が冷えた。


 痛くはねぇけど、このバイタリティーじゃなかったら確実に死んでる! 少なくとも骨は折るし、爪で出血がえぐそう……。



 ばくり。



 頭に強い圧迫感と生温かさ、そしてぬるりとしたものが顔面に垂れてきた。


 ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああっ!


 食われた! 今、オレ食われてる! しかも普通に痛てぇ! 歯が! 歯が普通に刺さってる! 刺さってるって! 頭が割れる! マジで割れるから!


 死ぬ!

 オレ、マジで死ぬぅうううううううううううううううううううう!



「ヴゥウウウウウウウウッ!」


 くぐもった声で唸ってんじゃねぇよ!


 器用に両手も使って引きちぎろうとすんな! オレはジャーキーじゃねぇんだよ!


 待て待て待て待て! 振るな! 首を振るな! もげる! 本当に首がもげるから!


 あああああああああああああああっ!

 なんでオレがこんな目に遭わなくちゃいけねぇんだよぉおおおおおおおおおおお!

 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る