虚炎の現出

 清川が鈍く光る包丁を布団の中へ引き込んだのは、紅いネックレスが彼女の首から稲宮の首に渡って数分後だ。

 常夜灯の光が部屋をぼんやりと橙色にしている。

 稲宮は下で煌めく清川の瞳を見つめながら、もうすぐ自分が果てに着くことと、足の方からひんやりとした鉄が上がってくることを感じていた。

「……この快楽は……脳に刻まれる……」

 清川がそう言ったのと、稲宮が彼女の兆しを知ったのは同時だ。 

 刃物が稲宮の命とネックレスの紐をすっぱりと斬る。

 彼の上は紅い死を虚無へ、彼の下は白い生を清川へ吐き出す。

 力の抜けた稲宮は彼女に倒れ込み、散らばった紅い宝石をかすむ視界に捉えていた。そこには彼の紅い死がべったりとしている。

 彼の皮膚が、清川の方から温かい死が飛んできたのを感じた。

 その死は散らばった紅い舞台の上で、稲宮の死と混ざり合う。

「やっぱり綺麗な手ね……」

 そんな声が稲宮の耳に入り、あたたかい幸福が彼の左手に広がる

「僕らの炎よ、肉体と罪を焼いてくれ」

 稲宮の脳はそう思考して、彼の瞼は眼球を覆った。


 二人から魂が抜ける直前、男の左手から紫の炎が現出した。

 その炎は男と女の身体を包むと、部屋中に拡散する。

 しばらくたって炎が消えた時、生と死という二つの交わりの痕跡は部屋から無くなっていた。


 男の魂は自らの個人空間から共有空間へ出た時、自分の空間の穴が閉じて死んでいくのを感じた。

 その紅い魂は、共有空間の天井にあるピラミッドが崩れ落ちて、そこから青い魂が飛び出し、近づいてくるのを認めた。

 紅と青、ふたつの魂は互いに近づくと、一つになって紫の光を放ち始める。

 紫の魂は、ネックレスになってしまった女の個人空間を訪れた。

 彼女の魂は、夢世界の紅いネックレスに取り込まれていた。

 紫に輝く命は、そのネックレスから女の魂を救済すると、自らの中に取り込んで彼女の空間を後にした。

 紫の光玉は、いつのまにか巨大な紅い光玉に変化していた。

 光玉の中で漂う男の魂は、その変化を悲しく思ったが、しかたないと受け入れた。

 紅い光は上がっていく。そして、天井に突き当たると、そこにすうっと入っていく。

 その先の世界には、三人の求めているものがあったが、それが真実か虚構かは誰にも分からなかった。

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