第22話 見世物の決闘

 ◆◆◆



 一晩眠って、マグノリアは一人でラキスから指示された場所へと向かっていた。


 気が重い。


 決闘をすることで面倒な提案が無くなるならばと承諾したが、やっていることは見世物にすぎない。誰かと戦うというのにこれほど気が乗らないのは久しぶりだ。


(これではいけない)


 あの鎧騎士はかなりの実力者だ。

 気を抜けばやられてしまうかもしれない。

 例え見世物だとしても、手を抜くつもりはなかった。


(学園でも、あんな連中と付き合い続けることになるのだろうか)


 気が滅入る想像が浮かんで、思わずため息が零れる。

 みたいだと思い出して、懐かしい気持ちになった。


(……ミズリ)


 子供の頃から面倒を見てくれていた大事な人。


 思い返せば、里にいたあの頃は気楽だった。ずっと剣を振って、戦うことだけを考えていればそれでよかった。でも里の外に出ないといけない。面倒も増えるし、やりたいことができない時もある。それでもいずれ長になるあなたは外の世界を見ておくべきだ。そう言ったのは私の世話役でもあり、剣の師匠でもあり、姉のようでもある人だった。


「……言われた通りに頑張ってはいるが、大変だよ。ミズリ」



 ◆



 私は龍人種の里で有名な長の孫娘として生まれた。


 里に住んでいて長のことを知らない人はいないから、私は周りから大事にされて育った。長であるお婆様もまた、私を溺愛してくれていた。父と母が幼い頃に亡くなっていたのも影響しているかもしれない。


 幼い頃の私にとって、長の言葉は重要だった。


 長は強さを至上の物としていた。


 我らは他種族のへなちょこと比べて最強の体を持っているのである。強くなるのが義務なのだ。マグノリア、お前も強くなれ。


 なるほど。強さ。

 それが龍人種の誇りであるらしい。

 なら私も強くなろうと志すのは当然だった。


 血筋もあるのか、私はめきめきと強くなった。

 どんどんどんどん強くなり、だんだん私の世話をしていた者では手に負えなくなってきた。引き留めようとする世話役を振り切って、子供ながら一人で近くの山のモンスターを倒しに行った事もある。里では強いとされていた年上の青年に挑んで、圧勝して泣かせたこともある。


 私はかなり調子に乗っていたと思う。


「あなたがマグノリアお嬢様ですか?」


 そんな私の元に、ミズリという女性が世話役としてやってきた。


「私はミズリと言います。とある剣聖の元でお仕事をしていたのですが、里からそれはそれはしつこく切望されたので帰ってきました」


 彼女は今までの世話役と違い、私に配慮という物をまったくしなかった。


「給料がだいぶ下がっていてすこぶる機嫌が悪いです。あなたが原因と聞いたので、しごいて鬱憤を晴らします」


 何を言うのだと思ったが、私も自分が強いと調子に乗っていた。喧嘩ぐらい買おう。この世話役も同じだ。どうせ私に適わない。少し経てばきっと泣き言を言うようになるのだ。


 それで受けて立ち、挑んで──ボコボコに負けた。

 気持ちいいくらいの完敗だった。


「これに懲りたらもう暴れないように。一人で山とか行かないでくださいね」

「…………」

「お嬢様?」


 ミズリは私がへこむと思っていたようだったが、実際は違った。


 嬉しかったのだ。


 自分でも気づいていなかったけど、本当はずっと強い相手を求めていたらしかった。長以外は誰も相手にならないから、退屈な気持ちだけが積み重なって、やんちゃな行動ばかりしていたのだ。


 でもミズリは強い。強い人に教えてもらえば、私も強くなれる。

 だからただの世話役でしかなかった彼女に笑顔で言ったのだ。


 弟子にしてください、と。



 ◆



 ミズリはかなりげんなりした顔をしていた。そんな器じゃないとずいぶん長いこと私の指導役になることを嫌がっていたけれど、教える間はある程度大人しくしていることに気づいたのだろう。渋々という顔ではあったが、最終的には私を一時的な弟子として認めてくれた。


 そうしてミズリから剣技を教えてもらう日々が始まった。


 ため息を頻繁に吐きながらではあるが、ミズリは朝から晩まで私の相手をしてくれた。

 戦うだけじゃなくて、質問にも答えてくれる。なぜ剣なのか? というのが最初の疑問だった。龍人種は己の拳で戦う者が多い。道具など使わず、拳で殴った方が早いし楽だし強いのではないか。


「剣なら自分の体じゃないから丁寧に扱うでしょう。龍人種は荒すぎるんです。体が丈夫なんだから、技術も磨いた方が強いに決まってるでしょうが」


 なるほど。そっちの方が強いならそっちの方がいい。私は剣を学んだ。

 ミズリは剣とは少し違う刀という武器を使っていたが、剣も教えられるようだった。刀じゃない理由は、『繊細な武器はお嬢様には使えない』からだそうだ。憤慨してもそこは譲ってもらえなかった。


 ミズリは色々な事を伝えてくれた。

 彼女は実戦以上に、よく頭を使っている人だった。

 正直言われた理屈は私の頭ではあまりわからなかったが、幾つかきちんと覚えているのもある。


「思考を止めないように」「どれだけ相手が強く見えても隙はあります」


 考えることは苦手だが、その言葉はすっと頭に入った。戦闘に限って言えば、考える方が楽しくなる。でもそれ以外はあまり覚えてなくて、ミズリはよく頭を抱えて溜息を吐いていた。



 ◆



 ミズリが里を去ることになったのは、私が学園に行くことを決めたひと月後のことだった。


「お嬢様もいなくなるのでここにいる必要もないですから転職します。もう少し、給料が増えるとありがたいですね」


 去り際でさえいつも通りの澄ました調子なので、私は寂しくなった。

 ミズリが寂しくなさそうだったからだ。

 私はこんなにもやもやしているのに。


 ミズリは笑って私の頭を撫でた。


「お嬢様は、意外と打たれ弱いですね」


 何も言い返せなくて口を噤む。

 その通りだ。父と母がいなくて、傍に誰もいない時期があったせいか。

 大切な人が離れていくと考えると、胸の奥がどんどん暗く沈んでいくように感じる。

 ミズリにも着いてきてほしかったのに。


「平気ですよ。どうせどこかで会うでしょう。お嬢様は目立ちますから」


 それに、と付け足す。


「お嬢様と言えど、里の外は大変です。強いだけじゃ解決できないことがたくさんあります。学園には人間を始めとして、色々な人がいます。里のように暴れていたらすぐ捕まりますよ。そちらもきちんと学ばなくては」


 それはすごく、めんどうそうだ。


「めんどくさがらず、きちんと外の世界に目を向けてくださいね」

 

 顔をしかめたら、ミズリがわずかに微笑んだ。


「私の弟子ならそれぐらいできるでしょう」


 当たり前だ。

 私なら外でもどこでも最強になる。


「ええ、そうですよね。いずれ長になるでしょうからそのぐらいしていただかないと。……あ、有名になったら師匠として私の名前を宣伝しておいてください。その宣伝で仕事が取りやすくなるので」


 よくわからないが、頷いた。

 有名になったことを広めておいた方が、ミズリも私を見つけやすいだろうから。


「ではまた会いましょう。可愛くてやんちゃな私の弟子。あなたとの日々は意外と楽しかったですよ。里の外でもお元気で」



 ◆



 ――そう言われたから、私はこうして見世物のような舞台にも立っている。


「ようこそ皆様! お待たせしました。本日のパーティ、第二部の開催です!」


 ラキスがよく通る声で高らかにグラスを持ち上げると、会場内に歓声と拍手が巻き上がった。


 決闘場らしき場所で、昨日と同じような顔ぶれが集められている。彼らは学園でもラキスの派閥に入る仲間になるはずだ。派閥に入らないと決意した私をわざわざ見に来たのは、単純に龍人種という種族に興味があるためだろう。


「こちらをご覧ください」


 ラキスが大仰な素振りで腕を振り上げると、天井から会場の中央へ一本の光が差した。それがゆっくりと円形に広がっていく。広がる光の下にいた人たちは、物理的に押されるようにしてきゃあきゃあとはしゃぎながら外へと弾かれていた。


 魔法で作られた円形の空間が出来上がる。


「これは――学園内で使用されていた旧型の決闘用魔道具リングです」


 会場がざわめいた。珍しい物なのだろうか。

 学園内にもこことは別に決闘場があるとは聞いている。

 わざわざ貴重な魔道具を使ってまで見世物を用意するとは、無駄な財力だ。


「この中に入ると、決着が付くまでは外に出ることはできません。しかしご心配なく、怪我などは終了すればたちまちに治ることを約束します。ここで非公式ですが、決闘を行いたく」


 勝敗を決めるためだけの空間。

 わかりやすいことは好みだが、出来るなら観客などいない空間で戦いたかった。


「栄誉ある一番手として貴女をお誘いさせてください。龍人種の代表――マグノリア・リュティス様」


 ラキスが壇上から手を差し伸ばしてくる。

 彼はずっと援助の代わりに学園内では自分の派閥に入るよう提案してきていた。私は当然、それを断った。ずっと信じてきた私の勘が、彼を信用できないと告げているから。


 彼の目が気に入らない。初めて彼と会った時、柔和な笑顔に隠れていたが、彼の目は明らかに私を人として見ていなかった。


 亜人種を差別的に見る人間がいるのは知っている。その類の目だ。


(信用できるわけがない)


 そんなラキスと手を組むのは嫌だ。カルマも言っていた、不用意な取引を結ぶべきじゃないと。どんな罠が仕込まれているのか、知れた物じゃない。


 周囲の目線に出来る限り冷たく見えるように歩いて、決闘用魔道具リングが作る光の空間の中へ入った。これで相手が入れば、決着が付くまでは出られない。


「では、お相手をご紹介しましょうか」


 ラキスの言葉に従うように、対面から一人の鎧騎士が音もなく歩いてくる。

 相当な手練れだ。

 私も、見るだけで相手の力量は幾らか判別はつくようになった。間違いなく、強い。相当な重量を身に着けているはずなのに、重さを感じさせていない。感じる圧もまた、手練れの気配がする。


(何者だ?)


 やはり、里の外には噂にすら聞いたこともない実力者が数多くいる。

 きっと退屈することは減るのだろうと、こんな場なのに少しだけ嬉しく感じた。


「顔を見せないのも失礼ですから、兜を取っていただきましょうか」


 ラキスが言って、相手の鎧騎士が兜を取る。


 その顔が見えた瞬間に、全身が凍り付いた。


(え?)


 頭が真っ白に染まる。周囲から音が遠退いていく。歓声と拍手が、壁を隔てたように遠くに聞こえる。今、視線はへ向いていたから。


 なぜ。

 それどころじゃない。

 なんで。

 どうしてあそこに。


 唇が震える。間違いだったらよかった。

 でも間違えるはずがない。彼女の顔を。彼女の姿を。私が少し見上げないといけないくらい背が高くて、綺麗な蒼の長い髪を後ろにまとめていて、いつも背筋を伸ばして立っていた。こんなところにいるはずがない。

 今、虚ろな目でこちらを見つめる彼女は、


「ミズリ?」


 私の師匠だ。

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