第20話 マグノリアの行先
今日の修行と称して、マグノリアを尾行する事になった。
丁度マグノリアの事を気にしていたからこの状況は都合がいい。
偶然、なんだろうか?
「俺……マグノリアの話したっけ?」
「いえ……」
「また覗き見てたのか」
「違いますよ」
ノエルはゆっくりと首を振る。
「ただ、ご主人様ならこう考えるかな、って想像しました」
謎の技術だ。どういう想像が巡らされたんだろう。もしかしたら、ノエルの思ういいひとの行動に当てはめたら『きっとマグノリア様が気になるはずだ』という結論に至るのかもしれない。それにしたって超能力じみてるとは思うが。
「大船に乗ったつもりでいてくださいね」
助かるが、お前のその船はプライバシー無さそうでちょっと怖い。
◇
〈リステリア魔法学園〉は広大な敷地を持っている。その内の半分くらいは森で面積が埋まっているが、もちろんここは学園なので人が住む場所は設けられている。
女子寮も分散した所に幾つか用意されている。
その内、この寮はなぜか敷地の端の方にある閑散とした所だった。
小声で呟く。
「マグノリアなら貴族寮にも入れたんじゃないか?」
本来、今の時点で学園にいるのは貴族とか、そういう由緒正しい生徒に限られている。そういう生徒には貴族寮が割り当てられていて、一人一人持て余すくらいの部屋が用意される。
「他の寮も選べますから……マグノリア様は自分で選ばれたのだと思います」
ノエルが耳元で答えてくれる。息が当たってむずがゆい。
思い返してみれば、たしかにマグノリアとのシーンで俺の住んでるようなデカい部屋に住んでいるイメージは無い。必要ないと普通の寮を選んだんだろう。だからここはまだ他の生徒もいなくて随分と静かだ。
それゆえに隠れている俺達が第三者に指摘される心配は無さそうだが……。
「あの、ノエル」
「なんでしょうか」
「……顔、近くない?」
マグノリアのいる部屋の前。
俺達は生垣の隙間に体を隠して、窓から中を覗いていた。今、マグノリアは部屋のベッドで寝転がっている。
完全に体を密着させてきてるノエルが、俺の質問に耳元で回答する。
「ですがこうしないと……いざという時、ご主人様を守れないですから」
「……そうなの?」
「はい、もちろん。マグノリア様は感覚が鋭い方ですので……」
「……そうなんだ……」
やばい。
全部耳元でウィスパーボイスで言われて答えが頭に入らん。
さっきから体がぞわぞわして仕方がない。こいつ、無駄に声がいい。そりゃ気合の入ったエロゲなわけだし、キャラのボイスだって気合が入っているわけだが、まさかこんな状況で疑似ASMRが発生するとは思ってもみない。
「ご主人様……? 大丈夫ですか……?」
「へ、平気だ――あっ」
しかし今は修行の一環、耳をぞわぞわさせている場合じゃない。
――なんて思っていたのに、ノエルから少し体を離そうとした途端、体勢を崩して横に倒れてしまった。
がさり、と、生垣の音が鳴る。
「――誰だっ!」
その瞬間、マグノリアが飛び跳ねるように起きて叫んできた。
今にも視線がかち合うその寸前に、耳元でノエルの声がした。
「少し――押し倒しますね」
マグノリアが窓から顔を出すのと同時。
ノエルに押し倒された俺の体が――影に沈んだ。
とぷん、と液体の中に沈むような感覚。
さっきまでしていた風の音が消えて、薄暗い空間に身が包まれる。
黒一色の空間。わずかに光が入って俺達のいる場所だけ照らしているが、そこから先は何も見通せない漆黒。
見覚えがある。
「……ここ、影の中か」
正解です、というようにノエルが微笑む。
「ここなら……声を出してもいいですよ」
「外に聞こえないのか?」
「はい。空間が違うので」
スクリーンのような、薄い壁一枚を隔てた先でマグノリアが音の原因を探しているのが見えた。しかし俺達のことは見えていないらしい。ノエルはいつもこうやって俺の事を見てたのか。
やがてマグノリアは小さく首を傾げて部屋に戻っていった。こっちからは見えているのに、向こうから見えていない。
「ずいぶん、便利な魔法だな」
便利というか、悪用し放題だなと思ったのだがそこまでは言わない。
「便利ですが……存在を知られてると、察知される危険が上がります。魔力も吸われますから、乱用はできません。……そろそろ、出ますね」
ノエルが言うと同時に、押し出されるようにして薄い壁から飛び出た。
音もなくさっき覗き見していた密着状態に戻っている。
「……助けてくれてありがとな」
「いえ、今日は先生ですから、当然です」
耳がぞわぞわするのを我慢して、今度こそヘマをしないようにじっと身を潜める。
その間マグノリアは相変わらず部屋で溜息を吐いて過ごしていた。
……マグノリアが何もしないならこんなに隠れてる必要なかったんじゃ。
◇
しばらくしてマグノリアは部屋を出て行った。
俺達はだいぶ離れた後ろからその様子を眺める。今度は物理的に距離を取れるので多少は気が楽だ。それでも気を付けるよう、ノエルには言われているが。
遠目に見るマグノリアは、時折足を止めて溜息を吐いている。
(溜息か)
部屋にいる時からずっとそうだ。
この先に何か、気が重い物でも待っているような。
「この調子なら……先回りしましょうか」
しばらく後ろからゆっくりと追いかけていたが、ノエルがふと提案してきた。
「尾行って後を付けるイメージだったけど、いいのか?」
「目的はマグノリア様の様子を探ること……です。きっと、この先の方が大事だと思うので、先に隠れられる場所を見つけるのが……いいかなと」
ノエルの囁きに頷く。たしかにこの道ではもうずっと、とぼとぼと歩くマグノリアが見えるだけだろう。おそらく目的地の方が重要だ。この先にあるのはたしか……。
「……東棟か」
「はい。そのはずです」
◇
『尻ア』というゲームの主な舞台は学園とダンジョン。
その内、学園は巨大な中央棟と、そしてその周りにある三つの校舎から構成されている。
それぞれ東棟、西棟、南棟と名前が付いていて、壁の色で赤、緑、青と色分けされる。順番に一年棟、二年棟、三年棟となっていて、一年である俺たちが通うのは赤い壁の東棟になる。
そんな東棟へ、俺とノエルは先回りしてやってきた。
入学したら嫌というほど見るわけだが……マグノリアはなぜ入学前にここに来るのか。
ノエルがゆらっと首を傾げる。
「そういえば、東棟には解放されてる広間があります……」
「……言われてみると、なんか騒いでる声が聞こえるな」
入学前。ほぼ人のいない学園。
普通に考えたら静かなはずだが、東棟の中から笑い声や話し声が聞こえてくる。
……そうか。ここで貴族がパーティを開いてるんだな。
まったく知らなかった。俺も貴族のはずなんだが。
「マグノリア様も来るので……隠れましょう。こっちです」
ノエルに手を引かれて廊下の陰に隠れる。
しばらくしてマグノリアがやってきて、大きな溜息を吐いてから東棟の中へ入っていった。ここのパーティに参加しようとしているのは疑いようもない。それはわかった。マグノリアがパーティを重たい荷物として抱えていることも。
「……ここまでか?」
だが俺たちの尾行もここで終了するしかない。
流石に中には入れないだろう。招待の無い俺たちが行ってもどうせ門前払いされるだけだ。
なんて考えていたらノエルが姿を消していた。
「……え!? ノエル!?」
「すみません……少し席を外していて……」
「うぉぁ!」
慌てたところで、背後にノエルが急に現れた。毎回死角から現れるのやめないか。
「な、何かしてたのか?」
「こちらを」
すっと差し出されたのはまるでウェイターのような燕尾服。
「これは?」
「ご主人様の分です」
いや、そういう意味ではなく。
何に使うのかを聞きたいんだが――そう言おうとした俺に、ノエルがまた控えめな微笑みを浮かべる。
「尾行の次は、潜入ですね」
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