第32話「仙花と長久くん」



葬儀の翌日、私は何でもない顔して仕事へ行き、何でもない顔して仕事をし、何でもない顔して帰ってきた。


時刻は23時。閑静な住宅街。


人通りのない薄暗い夜道の中、しばらく歩くと現れるぼうっと光を放つコンビニ。


私はそのコンビニでいつものノンカフェインコーヒーとアロエヨーグルトを手に取った。


レジカウンターへ向かう途中から視界がぼやけ始める。


私は竜太が死んでから初めて涙が出た。


彼がいない店。


レジにいなくてもいつもバックヤードから出てくるじゃん。


カメラに映ってるからすぐ分かるって言ってたじゃん。


なんで居ないの。



「大丈夫ですか?」


そう声を掛けてくれたのは長久くんだった。


見ると彼の目元も赤く腫れている。


長久くんだって辛いけど仕事に穴開けない為に働いてるんだよね。


仕事中に邪魔しちゃいけない。


「ごめんね。大丈夫」


私は下を向いたまま商品をカウンターに置くとスキャンしてくれるのを待った。


意図を汲み取ってくれた長久くんだけど、合計金額を言う声が震えている。


商品を受け取り帰ろうとした時「あのっ」と長久くんに声を掛けられた。


「もしご迷惑じゃなければなんですけど、少し話せますか」


長久くんは、もうすぐ仕事が終わるからどこかで話をしたいとの事。


どこかと言われても外や店で話すわけにもいかないので私は自分の住所を伝え部屋へと招いた。


きっと2人とも泣いちゃうから落ち着いて話せる場所がいい。



帰宅後しばらくすると玄関チャイムが鳴り長久くんが来た。


「お邪魔します」


「どうぞ」


玄関から先になかなか入って来ない事を不思議に思っていると「彼女さんの家に入ったなんて言ったら店長に怒られちゃいそうっすね」と泣きそうな顔で笑った。


「っ・・・長久くんなら大丈夫だよ」


私も泣くのを我慢して笑って答えた。



私は長久くんと自分の飲み物をテーブルに置くと彼の向かい側へ座る。


「長久くん、しばらくお休みなくなっちゃうんじゃない?大丈夫?」


「俺は大丈夫です、彼女さんこそ大丈夫ですか?あ、いや全然大丈夫じゃないっすよね、すみません・・・」

 

竜太の話はしたいけど何をどう話せばいいかまだ心の中がぐちゃぐちゃで落ち着いてないんだろう。


それは私も同じだから気持ちが痛いほどわかる。


少しの間2人でティーカップを見つめ黙っていた、私が沈黙を破った。


「私ね、竜太が亡くなったって聞いた時も、それからすぐ竜太に会いに行った時も、お通夜でも告別式でも泣けなかったのにお店に入ったら涙が止まらなかったんだ・・・本当に竜太が居ない事をお店で実感したんだと思うんだよね」


長久くんはただ黙って私の話を聞いてくれている。


「だから、ずっとお店にいる長久くんは余計に辛いよね。仕事場だから逃げ道もない だろし」


「・・・俺、店のどこにいても泣きそうになっちゃって・・・店長いないとあの店、なんか暗くて」


長久くんは俯きながらポツリポツリと話し始めた。


「そうだよね。至る所に竜太の面影があるもんね」


「それで実は・・・」


そこから先を話そうとしない事を不思議に思い顔を覗き込むと、長久くんは瞼を強く瞑ったまま何かを言い淀んでいるようだ。


「どうしたの?」


「あの、今日オーナーに・・・就職して次の店長にならないかって言われたんです」


胸がズキンと痛んだ。


当たり前だけど、もう次の話をしているんだ。


それが凄く虚しくて悲しい。


「そっか・・・」


「こんな話されても困りますよね、すみません」


「ううん、店にとっては大切な事だもんね。でも竜太の後釜が長久くんなら店も安心なんじゃない?」


「彼女さんにそう言って貰えて光栄なんすけど。俺、来年就職で・・・知り合いの会社で興味のあった営業として働かせて貰えることになってて」


「それはおめでたい事だね!」


「でもめちゃくちゃ迷ってます。店がいま大変なのに来年就職なんて・・・だったら店に就職して店長になった方が店長への恩返しになるのかなって」


長久くんがどれだけ竜太を慕っていたか、2人の出会いの話を聞いてから分かる。


「長久くん。竜太への恩返しならもう十分したよ」


「そんな事はないっす!俺がもっともっとシフトに入って店長を助けてたら、こんな事にならなかったんじゃないかって・・・」


「それは違う。あの店で最後まで働く事を選んだのは竜太だから。絶対に誰のせいでもないよ。」


みんなが自分を責めてる。


竜太の体のこと知っていたのに、どうして、なんで、ああしていれば。


「あの人、頑張りすぎっすよ」


「周りがハラハラするくらい頑張るよね」


「もっと頼って欲しかったっす」


「頼ってたと思うな。長久くんの事アイツがいてくれて助かってるって何度も何度も竜太言ってたもん」


「そんな事、店長、俺もっと、店長とっ、」


「もっと一緒にいたかったよね、私も、だよ、っ」


私たちは竜太の事を想いグシャグシャになりながら声をあげて泣いた。


「だから長久くんには、自分やりたい事を精一杯やって生きて欲しいって竜太も絶対にそう願ってると思うよ」


「ありがとうございます」


長久くんは自分の中で答えは決まっていたけど、それでも誰かに「気にしないで就職してもいいよ」と背中を押して欲しかったんだと思う。



帰り際に長久くんが「話聞いて貰っちゃってすみません」と言って、それから何か考えているようだった。


「さっき、俺なら彼女さんち来ても店長は大丈夫って言ってましたけど、それはないっすよ」


そう言って泣き腫らした顔の長久くんが笑う。


「どうして?」


きっと私も泣き腫らした酷い顔をしているだろう。


「店長いつも俺に彼女さんとあんまり話すなよとか、レジだって裏から出てきて代わっちゃうくらいヤキモチ焼きだと思います」


長久くんはそれだけ言い残して帰っていった。


私は、1人取り残された玄関で涙が溢れ止まらない。


もうこの世界中のどこに行っても竜太に会えない、その事実が耐えられなかった。





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