第28話 まだまだ続く同居生活

「その格好でいいのか、道草」

「祈、問題ない。行動あるのみ」

「…………転ぶなよ」

「任せて」


 まだ午前中だというのにアスファルトは既に焼かれた鉄板の如き熱を帯びていた。

 雲ひとつない快晴であった。


「祈、本当にその格好で行くの?」

「もちろん行く。浴衣よりはだいぶ楽」

「……まぁ、そうだけどさ?」


 ぶらぶら、ずるずる。

 効果音を当てるならば、そんな感じ。

 道草の格好は──ジャージだった。


 袖・裾共に余りに余っている状態。

 俺が昔使用していた物だがそれでも道草の体躯には壊滅的なまでに丈が合っていない。


「結局、下駄じゃねぇしよ……」

「靴ぶかぶか、でも下駄より痛くない」

「なら、いいのか……?」

 

 履けるサイズがないと忠告したにも関わらず道草は、これまた俺の靴を選び取った。

 金髪美少女に男物のジャージと靴。

 アンバランスな組み合わせだ。


「絶望なまでに似合ってないよね……」

「仕方ねぇ。ぜんぶ俺のだぞ」


 道草の選択には折本も驚きであった。なにせ今まで浴衣に下駄固定だったからだ。

 

 道草用に服を毎日貸し出すのは、そもそも折本の家族の目があるので難しく──。 


「春日井。服汚れる。ごめん」

「別に気にしてねーよ。着てないしな」

「ん、なら祈も気にしない」


 ただ、やろうと思えば出来た筈。

 ……連日服が消えたり浮いたり、見えなくなったり、驚かせることにはなったろうが。


 そうして、せめて靴くらいはと判断したがこちらも、サイズ違いで断念していた。


 そんな道草が俺の服とジャージ姿。

 これには道草なりの考えがあった。


『ルールの外にいる春日井。服や靴を借りれば、解決の糸口が見つかるかもしれない』


 そう言って、わざわざ着替えた。

 浴衣ではなく俺の服を纏う形で。

 なんともまぁダサい英字のプリントがされた如何にも中学生が好きそうなジャージ。


 見ていて若干の羞恥が募る。


「んで、お前は制服と」

「そりゃそうでしょ。着るの恥ずかしいし」

「……その理論だと道草はどうなる」

「あの子はほら、祈だから?」


 罷り通りそうだから困る。

 道草祈は確かに道草祈だ。


「ったく、どんな理論だよ」

「ちょっと納得しそうでしょ?」


 折本はくすりと笑う。小さな歩幅でせこせこ進む道草はやっぱり成長期の子どもだ。

 ずるりずるりジャージが地を擦る。


 明らかに傷と汚れが増えているが、道草に伝えたように気にしない。俺は着れない。


 それこそ俺が着るには小さい。

 いつ買ったかも覚えちゃいないジャージだ。汚されるのは厭う理由にもならない。

 

「わぷ、っとと」

「言わんこっちゃねぇ。転ぶっての」

「……春日井、助かった」


 布生地に足を取られ、躓きかけていた道草の腕を強引に引き上げる。──軽かった。

 軽すぎる。こいつ、高校生か?

 僅かに疑ってしまうほどだ。


「帰って浴衣に着替えっか?」

「それは面倒。暑いし、検証も不十分」

「んなら、転ぶんじゃねぇよ」

「心配されてる……?」


 俺は「はっ」と小さく笑う


「近所のガキの面倒を見てる気分だ」

「春日井君、それを世間では心配って言うんだよ」

「なんだ……と。ばかな」


 折本は俺の肩を指でつついた。

 小馬鹿にされたような気分だ。

 俺は握っていた道草の腕を離す。すると、ぷらぷら余った袖を揺らしながら言う。


「涼風の時もそう。良く見てる」

「ちげーよ、お前らが危なっかしいんだよ」

「それを良く見てるって言う」


 俺は舌打ちで応えた。


─────


 結論から言う。鍵、見つからず。

 俺達は甘く考えていたのかもしれない。鍵はそもそも折本の「私物」ではなかった。


 つまり。つまりは。


 つまり──リセットの対象範囲。

 その事実に勘付いたのは、俺が汗だくで野草を懸命に掻き分けていた頃の話だった。


 衆目に晒されるのにも慣れつつある。

 まさか俺が人目に耐えられるとは。


「鍵、涼風の家にある──?」

「……そう、か。ありえるな。それ」

「たぶん、もうここにはない」


 道草のぼやきを正鵠を射抜いてる。

 言われてみれば、その通りで。


「いつもどうしてたんだよ」

「……いつもは制服のポケットに入れてた。定位置に戻るなんてことはなくて……!」


 法則性が見えない。

 法則なんてないんじゃないかとさえ。

 誰かが好き勝手に改変を繰り返しているような、不快感と苛立ちが脳裏を掠めてゆく。


 稀にある。この感覚が。


「もうめんどくせぇな。どこまでリセットされて、どこまでされてないか教えろよ」

「それがわかるなら、苦労しない」


 例えば就寝時ポケットに入っている物は戻らないとか。逆にこの場合は戻るとか。


 道草は小さくため息をこぼした。

 遠回りをさせられている心境だ。


 折本も道草も、そして不本意ながら俺も。色々と模索はしているが謎が深すぎる。

 手に負えない闇があるようだ。


「私たちが見えなくなってるのも──」

「いや、そっちは検討をつけた」

「え、本当?! 春日井君!」


 俺は「ああ」と短く答える。


「タイミングが合致してんだよ。詳細はわかんねーけど世良に振られたのが理由だろ」

「……まさか、けーいちが首謀者?」

「って決まったわけじゃねえが」


 だが怪しさは満点。疑われて然るべき男ではある。……が、折本は見えていない。

 思い出すはもう、結構前だ。


 折本は世良に対し突撃やら耳元での呪詛攻撃を放っている。しかし総てに無反応。

 あれを掻い潜るのは不可能だった。

 ならば──世良は無関係?


 と、断じるには時期が被っていた。折本だけならまだし、も道草もが、そうである。


 首謀者でないにしろ「何か」ある。

 そう考えるのは自然だと思う。


「恵一が私たちを消したい理由があるってこと、なのかな。……嫌われてた、とか」

「あぁうぜぇうぜぇ。落ち込むなよ」

「お、落ち込んではないけど……」


 見るからにしゅん、と悄気る折本。

 そういや涙脆いんだよなコイツ。


「世良が犯人って決まった訳じゃない。それにお前らを嫌ってる素振りなかったろ」

「それはそう。祈、好かれてた」

「……やけに自信満々だな」

「事実」


 冷静に傍目で観察してみれば、同じ男に好意を寄せていた女衆。いわば敵同士だ。

 だというのに親友をやれている。


 彼女らの性格が底抜けに善に振り切れているか、世良の舵取りが冴えていたか。

 どうにも後者とは考えられない。

 

 俺は恋愛経験に乏しい上。

 それに人の機微にも疎い。

 ただ好意を向けられているのが明瞭の状態で、結論を出さないのは如何なのか。


 出せない理由があったのか。


「ま、方針は定まったな」


──話は戻る。


 折本が昨日落とした鍵。

 探しても見つからないのなら──「家に戻っている」可能性も疑うべきだった。


 何はともあれ、次の行動は定まった。俺は汗を拭いながら女子ふたりに提案する。

 ぱん、と俺は小さく手を叩いた。


「折本んち、行ってみるしかねぇな」


─────


 家の前まではすんなり。

 けれど、そこで行き止まりだった。

 物言わぬ門扉の前に立ち往生。


 折本宅は二階建ての一般家屋だった。俺の家よりは手狭だが、それでも充分だ。

 ふつーの、凡庸な家である。


 見上げればカーテンの閉まった一室。物置きと化した折本の部屋か身内の部屋か。


「…………開かない」


 折本は小さな声でそう呟いた。当然っちゃ当然だが、玄関の鍵は閉ざされたまま。

 駐車場にはもぬけの殻だった。


「ま、そりゃそうだ。物騒な世の中で、玄関の鍵を閉めてない家がどれだけあんのか」

「それじゃあ、どうして私の家に?」


 折本は疑問を顔に貼り付ける。


「──親が帰ってきた瞬間にお前も隙間から飛び込め。そこで鍵の有無を確認しろ」

「意外と力技っ! え、本当に?」


 昨夜から考えてはみたが、


「それしか思い浮かばなかった」

「えぇ〜っ!?」


 折本は驚きを全力で口から放った。彼女の声はよく通る。その響きは嫌いではない。


「あれなら俺が上手く介入してやる」

「じゃあ、涼風の両親を待つ」


 ぴたっと前触れなく折本の動きが止まる。気まずい事実に気づいたかのように。


「………あ……そうだ」


 途端、しどろもどろ。


「…………えーと、悲報があります」


 折本の言葉に、俺は冷や汗を垂らした。嫌な予感が瞬時に全身を駆け抜けて行く。

 何を言いやがるのか、この女は。


「親……たぶん帰ってこない」

「は、待てよ。冗談はおもしろくねぇぞ」

「……ちょっと前に聞いちゃって」


 折本は指先をちょんちょん合わせる。

 曰く、親戚の集まりで遠方だとか。 


「涼風、その情報出すの遅い」

「ああ、遅すぎる。殴りたいくらいに」

「……ごめん、ほんとに」


 俺は額に手を当てる。

 暑さと果てしない徒労感に呻く。

 昼下がりの住宅街は、依然として蝉の声ばかりが響き渡る。空は容赦なく蒼かった。


「……困ったな」

「……壊す?」

「物騒なことを言うな。俺も考えた」

「冗談。それは最終手段」

「ふたりとも?!?」


 俺と道草のやり取りを見て折本は大袈裟に突っ込む。そこにある笑みは諦観と安堵。

 これは……想定外のパターンだ。


 紛失した鍵はなんだかんだ見つかって、折本らは元鞘に収まり俺は平穏を取り戻す。

 その流れしか頭になかった。


「親が帰ってくるのはいつだ」

「正確にはアレだけど週明けの金曜には」

「……つーと……一週間弱ぐらいか」


 俺は頭の中で計算する。

 たった一日で気疲れが天井知らずだったのに、さらに数日ふたりを家に泊める……?


「ルールをいくつか設けよう」

「ルール……って?」


 折本の瞳に不安げな色が滲む。

 俺たちに与えられた答えは一つ。


 苦渋の選択。


 同居生活の一時継続。


「ひとつ、朝は静かにしろ────」

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