第11話 失恋大注意報
物語が大きく動いたのは梅雨明け。
茹だるような暑さが続き、強烈な日差しに呻き、されど和らぐことない7月頭のこと。
物語が大きく動いたは、大袈裟か。
つまるところ全てだめだったのだ。
両手で収まりきらない手法・手段で折本は世良を刺激したが、そのどれもが無意味。
「もう、なにやってもだめじゃん!」
頭を抱えながら叫ぶ折本。
「ま、色々とやったわな」
「ひとつくらい引っかかってもよくない?! 私、自分でも頑張ったと思うんだけど!」
肉弾攻撃。世良への突撃。
思い出を耳元で語る思い出爆撃。
あらゆる戦法──そのどれもが暖簾に腕押しで、世良の心には響くことがなかった。
不意に「あ」と漏らす折本。
「──そういえば夏休みの予定ある?」
なにが、そういえば、なのか。
「夏休みの予定? あると思うか」
「ないと思う。強引に私に付き合わせてる自覚はあるけど春日井君が自発的に、もしくは友達から誘われるイメージがつかないもん」
「ならなんで聞いたッ!」
「確認だよ、確認!」
放課後の帰宅路は閑散としている。
「これでさ? もしも春日井君がめいっぱい忙しい夏休みだったら申し訳ないじゃん?」
「もしもって言葉必要か、いらねぇだろ」
「やだなぁ、言葉の綾ってやつだよ」
折本はわざとらしく笑う。
「なら夏休みもパートナーは続行だね。私たちは恵一から泥棒猫を剥がすプロだよ!」
「泥棒猫て。言葉が強いな……」
「甘やかす必要もないもん! 祈も芹那先輩も、大事な友達だけどライバルだし……」
なるほど、よーわからん。
恋とか愛とか折本を筆頭に道草や簪先輩を眺めていると害も利も見える。
「パートナーはいつ解消されるんだ」
「それは、ん〜、恵一が私のことを思い出したら、かなぁ?」
「思い出さなかったら?」
「永久?」
折本はこてんと首を傾いだ。
一級美少女と永久パートナー。唆られるフレーズではあるが、この女──案外残念な点が多い。まず声がでかいし情緒が不安定。
「世良、はよ思い出してくれ」
「夏休み、楽しい時間にしようね!」
「……それは恵一に言ってやれよ」
返し、折本は不思議そうな顔。
「え、なんで? 恵一相手は勿論だけど、友達の春日井君とも思い出作りたくない?」
「友達? 誰と誰が」
「私と春日井君が」
「友達になった覚えはないんだが」
「覚えって。友達ってそういうのじゃないから。よかったね、ぼっち脱却できたよっ!」
「そこはかとなく俺を下に見たな?」
にやにやと笑う折本。
委細は読めない。
陽キャと陰キャは第一交わることがないのだ。考えのプロセスの前提条件が違うから。
「嫌だなぁ、ほんとに違うよ。友達と遊ぶだけだし、ぱーっとやりたくない?」
「家が至高だ。出たくない」
「夏休みなのに?!」
夏休みは外で遊ぶ理論が、そも可笑しいと気付くべきだ。夏こそ室内でゲーム。
エアコン様は人類の英知だ。
「まず花火だよね〜、カラオケもいいし、あ、ボーリングとかも面白そうじゃない?」
「行くならひとりで行ってこい」
「強情だ……強情がすぎるよ、春日井君。せっかくの長期休暇を捨てるなんて……!」
憐れんだ目を向けられる。
おい、なんでだ、なにも悪いことをしていないのに俺に非があるみたいではないか。
「……あ、もうそろそろなんだ」
足を止めて折本は何かを見た。
俺も見てみれば、それはやや煤汚れた町内の掲示板だった。日焼けした板には画鋲で真新しい色鮮やかな紙が張り出されている。
夏祭り。あったんだな。
町内の祭りなど、存在すら初見だ。
本来毎年張り出されていたのだろうが、あいにく情報のシャットアウトは得意だった。
「夏祭りか。毎年行ってるのか?」
「うん、毎年欠かさずに。子どもの頃は恵一とふたりっきりだったけど、最近は祈とかも参加してた。でもまぁ……うん。毎年」
微かに淋しげな香りがする。
「今年はだめかなぁ。私、こんなんだし」
「行くだけは行けるだろ。誰とも話さず、ひっそりと会場を散策するが限界だけどな」
「私はそんなに頭おかしくないから!」
そうか? 大概だと思うが。
「あと、春日井君みたいにクレバーで、感情が死んでて、コミュ障でもないから!」
「畳み掛けるような連続攻撃」
「とにかく、今年は行かない可能性が高いということです。──行きたかったけど」
未練がたらたらだった。
「恵一ってばね、りんご飴を振り回して、棒から外れちゃってね。懐かしいなぁ」
「ちょ、誰も聞いてないぞ」
「それでね、落としたあと恵一泣いちゃったの。ごめんだけど、可愛かったなぁ……」
なんか始まったぞ。
背中から漏れる負のオーラに俺は頬を引き攣らせた。俺の制止も効果発揮せず。
「焼きそばとかも好きでね? ほっぺた一杯に溜め込んだ時、写真撮ったなぁ」
「……そろそろ帰ってこい」
思案に耽り、自分の世界に浸る折本。
「──くじ引き屋でね?」
「聞けよ!? おい! 折本!? だぁ、止まらんぞこいつ、独白長すぎるだろッ?!」
終わらない夢想に俺は頭を抱える。
「……外れだったけど、安っぽい作りだったけど、恵一が当てたキーホルダー。ずっと宝物だったの。肌身離さずに持ってたの」
「なにそのエピソード」
折本は指先を虚空に彷徨わせた。
「全然認めてないけど、私恵一に振られた後、ショックでそのまま寝ちゃってさ?」
「認めてないんだ。あ、いえ続けて」
蛇に睨まれた蛙。
俺は瞬時に促した。
折本の情緒ジェットコースターには慣れたものだった。玉砕し、諦念、奮起、そして返り咲き。その狭間で揺蕩う心情である。
「起きたら……身につけてたもの、制服とか、スマホとかはあったの。ね??」
鍵は実家のスペアを拝借。
靴はお古を拝借。
風呂は家族のいない時間に速攻で。
とまぁ文明的であるが野蛮な生活を余儀なくされている折本。しかし、しかしである。
無くなった物も多いのだ。
それこそ金、口座。──そして。
「キーホルダー無くなっちゃった。……また、プレゼント、してくれないかなぁ」
「激重展開やめーや。きっつ、これ逃げ場なく聞かされてる俺はどんな顔をすれば良いのか分からねぇよ。笑ったら殺されるだろ」
「今年、浴衣……着たかったなぁ」
天気、晴れ。夕映えが茜に染める。
どこからか烏の鳴き声が響いた。
「諦めなくてもいいんじゃねぇか。……まだずっと【こう】って決まったわけじゃない」
「パートナーなりの激励〜??」
「だからパートナーを認めた……まぁ、いまその争いはいい。祭りまで日にちはあるんだし、他にできることがないか探してみろよ」
張り出された紙の日程はまだ幾分か先だ。お先真っ暗な状態だが、停滞は悪手だ。
世良のバカが。お前が動けや。
「さっすがパートナーだね? 春日井君って頼りになるところあるよね! 意外と」
「含みがあるな。普通に褒めろよ」
「褒めて欲しいの? ふ〜ん?」
「──お前、うざいよ」
「傷つくかも」
軽口の応酬。
「──ふん!」
折本は急に頬を叩く。
「お、おい何を」
「喝を入れたの! もう大丈夫、春日井君も応援してくれてるし、頑張らないとね?」
ぱちん、とウィンク。
様になってて、一瞬充てられた。ただ俺と折本はあくまでも知人だ。友人ではない。
向こう的には友達判定らしい、が。
「絶対に、思い出させてやるから!! ばか恵一!!! ほんっとにムカつく〜ッ!」
恐らく。
恐らく。
恐らくであるが。
俺と折本における最も大きな分岐点のひとつだった事に異論はなく、今後の流れを右にも左にも変えてしまう程に、強烈だった。
たぶん、折本が張り紙に気づいてなければ。
たぶん、俺が独白に付き合わなければ。
たぶん、祭りに行かなければ。
そんな感じ。
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