毎日を楽しく!

渡貫とゐち

毎日を楽しく!


「たーかーらーちゃんっ! あーそーぼっ!」

「あのさ、耳元で全力で叫ばないでくれる?」


 遠慮がない相良さがらが押し付けてくる顔を手の平で押し返す。

 隣に置かれた椅子がぎしぎしと音を鳴らした。

 揺りかごみたいに、ぐらぐら、ぐらぐら――

 少し指でつつけば、そのまま後ろに倒れそう。


「だって、ずっと喋ってるのに、たから、気づかないんだもん」

「だって私、ずっと勉強してたよね? 相楽も見てるよね? 私、集中してたよね? 邪魔しちゃ悪いなー、とか、思わないの?」

「思わない! あたしが喋りかけて会話をする、っていう計画の邪魔をするなって思うね!」

「私の協力、必須でしょそれ……」


 BGMの代わりに、相楽と会話をする……、

 慣れたもので、内容なんて『○○しながら』でも理解できる。


「というか、そこ、通路だから。他の人の邪魔になるわよ」

「大丈夫、後ろの――、#$%くんには、許可を貰ってるから」

「その名前は別に放送禁止用語じゃないから。ほら、——くんも、落ち込んでるし」

「宝も誤魔化しながら言ったよね、今」


 正直なところ、はっきりと名前を覚えていなかった……。

 彼には悪いけど、限界まで崩して呼ぶしかなかったのだ……許してね。


「あ、そこの問題、間違えてる――宝もバカだなあ」

「…………」

 その指摘は正解なので、消しゴムで答えを削る。

 計算をし直して、正しいと思った答えを書いた。

「――うん、正解」

「……よっと」

「――痛いっ!? ちょっとっ、なんでいまあたしのことを殴ったの!?」

「ムカついたから」


「なにその理不尽ッ!! でも、だって宝の方が頭、良いよねぇ!?」

「だからこそ、あんたに指摘されたのが、腹立つの!」

「あたしを下に見るの、いい加減に考え直してくれないかなーっっ!?」


 相良にとっては、最近になってから教わった範囲だからこそ分かったのだろう。

 私が教えたところだし……。


 相楽に勉強を教えていると、私の知識が相楽に不足している部分に寄っていく。

 私からすれば時間が取られるし、不規則な順序で学び直していることになる……。

 ミスが多くなるのも、偶然じゃない。


「あのさ、いま、授業中……、自習とは言え大胆な移動過ぎるでしょ。早く自分の席に戻りなさい」

「じゃあ言うけど、いまは現代文だよ?」


 私の机の上には、数学の教科書とノートしかない。

 相良の机の上には……、なにもない。


「そうやって授業中に遊んでるから、あとで私に教わることになるのよ……」

「いやー、だって正直、宝の方が分かりやすいんだよねー」

「そう思われる教師って……、給料分も働いていないんじゃないの?」

「――宝、口に気を付けて。先生のチョークの音が少し変わった」


 知らない振りをして、私は勉強を再開させる。


「たーかーらー、ひーまー」

「勉強をしろ」

「嫌だよそんなの楽しくない」

「人生、楽しいことばかりじゃないことをそろそろ知るべきよ」

「人生、楽しくない時は楽しくする努力を続けるべきだよ」


 ……一理あるけど。

 その結果のための楽しくないことを、相良は受け入れるべきだ。


「分かったわよ。話し相手くらいにはなる。だから、私が集中していたら空気を読んで、ちょっかいを出すのをやめて」

「それ、あたしの基準でいいの?」

「私が合図を出す。そしたらすぐにやめろ」


 はーい、と相楽がにんまり、と笑った。


「ねえねえ、宝っ」

「あ、喋らないで」

「早い! あ、というか、これでずっと喋らせないつもりでしょ!?」

「ねえ、喋らないで――って言ったよね?」

「これで押し切る気か!? やらせないけどね!」


 私の脇に、相楽の手が忍び寄る。

「――うひゃあっ!?」と声が出た。

 赤くなった頬の熱を消せないまま……私は相良を睨みつける……ッ!


「どういうつもり……?」

「宝はくすぐりが弱いから、がまんできないだろうな、って思って」


 ――こいつッ!! 


「っ、ふふ、あははははははっ、いひひひっっ!!」

 という、私の笑い声が教室中に響き渡る。

「あはっ、はひっ、くッ――このバカッッ!!」

「いたいッ!?」


 がしゃん、と椅子が倒れて相楽が床に倒れる。

 そんな相楽は頬を手で押さえて、涙目で見上げてきた。


「……ガチ殴り!?」

「調子に乗らないでよ……ッ」

「ご、ごめんごめん……冗談だもん、もうしないってば」

「信用できると思うの? どうせまた繰り返すに決まって――」

「でも、宝は優しいじゃん」

「そんな誘導に意味はない」


「むう」

 ぴり、とした痛みに顔をしかめ、相良が頬をさする……。


「……そんなに痛かった?」

「へえ、これくらいの怪我なら、宝は心配してくれるんだー」

「……加減なんてしなくても良かったみたいね」


 へらへらしている相良のことは放っておくことにした。


「嘘っ、嘘だってば! 本当に痛かったから、本当だってばーっ!」


 ぎゅっと抱き着いてくる相良のことは……やっぱり放っておく。

 構ったら負けだ……相手にしたら負け。

 そう意識しながら前を向くと、ばちん、と先生と目が合った。



「……君たち、本当に仲が良いね……」



「誰がこんなやつと!!」



 私の叫びは、クラス中から否定的な目で見られた。




 …おわり

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