第八章 4 困惑 5 決着


   四




 あたしことカミュは、ジーラの戦いを見ていた。


 シルキー様は、あたしの保護を頼まれたそうだが、ここから、無理矢理避難させるようなことは無かった。


 逆に、保護することを言い訳に、ジーラの戦闘の結果を確認したいのだ。


 あたしも、自分だけ逃げたいとは思わない。そして、逃げられるとも思っていない。


 きっと呪怨龍は、シルキー様を逃がすことは無いはずだ。


 そして、ジーラと呪怨龍の戦闘を見ていた。


「これ、まずい!」


 ジーラの慌てた声。


 シルキー様を見ると、鬼気迫る表情で、呪怨龍の動向を見つめ続けていた。


 先ほどの呪怨龍の言葉によると、自爆技のようだ。きっと、あたしもジーラもみんな死ぬ。


「シルキー様」


「うん。拙も、壊れる。あれは、もう、止められ、ない」


 シルキー様は、あたしの背に体重を掛けながら「守れなくて、ゴメン」と謝罪してきた。


「大丈夫です」


 あたしは、強がりなのか、諦観なのか、自分でもわからない感情で、そう返していた。


「貴様も、世界も、一緒に滅べ!」


 呪怨龍の怒号が響いた。


 突如、戦場の様子が、空気が変わった。


 ジーラも、呪怨龍も、憑き物が落ちたかのように、表情から険がとれたのだ。


 そして、ジーラが回れ右をして、そのまま歩き出した。脚は、傷の所為で引きずっている。


 呪怨龍も、敵意などは無い表情で、その場に丸くなっった。


 あたしは、ジーラに追いついて声をかけようとするが、シルキー様に止められた。


「声、かけない、で」


 意味はわからなかった、ともかくその指示に従った。


 そのまま、しばらくジーラは歩き続けた。テスラは、無言でその後に続いた。


 十分以上歩いただろう。そこでふと、ジーラが足を止め、背後を振り返った。


 そして、突然手を掲げた。


「私の、勝ちだ!」


 意味がわからない。ただ、シルキー様のほっとした表情から、あたし達が命拾いしたことだけは理解できた。




   五




 私が最後にかけた呪いは、最も得意な呪い。


 認識阻害。


 眼前に居る相手が敵ではないと、認識を阻害したのだ。


 当然、私にもかかるわけで、敵ではない者同士になったため、私はその場から帰ることにしたわけだ。


 呪怨龍の傷は、かなりのものだった。


 死は、時間の問題だった。


 敵が居ない状況になったので、呪怨龍は休息し、そのまま死んだのだ。


「あ~、やばかった。幻痛も、呪怨龍に持っていってもらったし、ま、私自身は傷こそ二カ所あるけど、まだマシね」


 私は、ぐ~ん、と伸びをした。


 一番の怪我人はテスラだ。


 あと連れ帰る連中も、再度保護しなければなるまい。


 そして何より、呪怨龍の死体の確保だ。


 ただ、しがみついてくるカミュが鬱陶しい。


「痛いのよ! 離れてくんない?」


「無理! あんたが発情する呪いかけたんでしょ!」


「脇が臭くなる方がマシだったの⁉」


 というか、自分で希望したはずだ。


 がっちりとカミュにしがみつかれたまま、私は呪怨龍の下へと向かった。怪我人だよ?


 人の首筋の匂いを嗅ぐな、匂いを!


 呪怨龍は、眠るように息絶えていた。恨みを素に造られたとは思えぬほどに。実に穏やかで、その表情に、何故か私は少し安堵を覚えた。


 仮にも、同じ神につくられた存在ということなのだろう。無意識下ではあったが、シンパシーを覚えていたのだろう、きっと互いに。


「主殿、呪怨龍の死体は、放置できない。呪いを噴出する」


「え~と、じゃあ、どうしようかしら?」


 途端、両の目から涙が溢れ出す。


 軽い貧血の症状すら起き始める。


 眼が、勝手に行動を始めていた。


 レヒとリンクが、巨大化し、呪怨龍に飛び掛かった。液体の身体が、呪怨龍の身体を包み込む。


 すると、呪怨龍の身体が消滅した。


「え、なにこれ? 怖いんだけど⁉」


 なになになに? 龍の死体、もしかして私の眼が食べたの?


「……多分、だけど」


 シルキーが首を傾げながら言う。


「魔神様は、呪い器官を持つ者同士が戦ったら、殺した方が取り込むように、なってるんだと、思う」


 レヒとリンクが、元の大きさに戻り、シルキーの言葉を肯定するように頷いている。


「きっと、呪い器官持ち同士を戦わせて、呪い器官全てを持つ、呪いの生物を、創ろうとしているんだと、思う」


 つまり、私は呪怨龍の器官を取り込んでしまったいうわけか。


「因みに、呪怨龍の呪い器官は、肺と心臓」


「……もしかして、霧吐けたり?」


「多分……」


 呪怨龍が言っていたとおり、血を霧に変えているのだろう。これが呪肺の性能だろう。


 私は姿を半神のものへと変える。


 私も真似てみると、軽く霧を吐き出すことが出来た。


 双呪により、呪怨龍が私に無理矢理それを吐かせようとしていたため、すぐに真似することが出来た。


 視界が軽く暗転し始めて、くらっとして、しゃがみ込んでしまった。


 出血するようなものなのだろう。あまり多用できるものではないし、多用することもないだろう。


「ま~た、神様ってより、化け物になっちゃったわ」


「うん、悪魔っぽい」


「言わないで。もしくは頭に、小を付けて」


「大なら付けても良いけど」


 小悪魔と大悪魔で全然意味が変わるものだ。きゃわゆい女の子と毛むくじゃらの化け物ぐらい違う。


「でも、これで終わりよね。組合長も息子さんのこと心配しているでしょうし、帰りましょっか」


 私は、自分の吐いた霧に、けほけほと咽せながら、皆に微笑みかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る