第八章 2 カミュとシルキー


   二




 あたし、カミュは、全力で走っていた。シルキー様は、あたしの頭にしがみついていたが、重みは感じない。


 テスラは、あの大剣と鎧を装着しているのに異様に早い。所々、あたしの位置を確認し、歩を止めている。


 組合長の息子達も必死に走っているが、体力が落ちているのだろう、あたしとほぼ変わらない速度だ。


 荷物は全て捨ててきた。どれほど呪怨龍と距離をとろうと、強行軍で都市に戻るしかないのだ。


 テスラが、突然、足を止めた。


「参ったね」


 そう呟くと、決意したとでも言うかのように、大剣を構えた。


 霧の先が見えてきた。


 呪怨龍⁉


 思わず空を見上げた。


 空にも、呪怨龍が居た。


「二匹居たの⁉」


「呪怨龍は、つがいの龍」


 シルキー様は、淡々と告げた。


「知ってたの⁉」


 こくり、と頷いた。


 何かを言いたくなったが、ここでシルキー様を責めても仕方が無い。二匹だろうが、一匹だろうが、救出に来ることは変わらなかったはずだ。


「先に行け。僕が抑える」


 テスラは、こちらを一瞥すらしない。


 紅く揺らぐ瞳。漆黒の鱗。巨木に匹敵する身体。


 その全てが、人には勝てない存在であると主張していた。


 呪怨龍が口を開いた。


「天使、か?」


「ああ、そうだ。貴様を封じた、拙だ」


「随分弱っているようだが?」


「うん。あそこの神様に、やられた」


 呪怨龍が、空に頭を向けた。


「あれは……」


「うん。貴方達の創造主の娘」


 シルキーが淡々と言う。その事実に、あたしは「え?」と声をあげてしまった。テスラは振り返ることはなかったが、肩が一瞬揺らいだ。


「そうか。そんな気はしていたが、そうか」


 瞬間、呪怨龍の前足が、テスラに襲いかかった。


 テスラは、大剣で、その脚を受け流した。


「人の力か、それが?」


 呪怨龍の疑問はもっともだ。あたしも、何が起きたのかわからなかった。人であるテスラが、巨大な龍の一撃を捌いたのだ。


 振るった前脚による暴風が、あたしを襲う。あたしは、身を屈めて、それに耐える。


 呪怨龍が、再度攻撃を行う。


 その一撃は、地面を抉るように前脚を振るった。


 流石に、足下が不安定では防御が完璧ではないらしく、テスラは舌打ちと共に、後方に飛んだ。


 抉られた石つぶてが、テスラの鎧に当たる。


 呪怨龍の尾が、横薙ぎに振るわれた。


 不安定な足下のまま、大剣で受ける。


 テスラの身体は後方に飛ばされ、あたしの真横を抜け、後方の大樹に激突した。


 振り返ると、テスラはぐったりと大樹に寄りかかるように倒れていた。大樹は、その衝撃で折れかかっており、そのぶつかった際の衝撃を否が応にも理解させられた。


 あたしは駆け寄り、意識を確認しようと手を伸ばす。


 鎧の隙間から、大量の血が溢れだしていた。


「あ……」


 思わず、伸ばした手が止まった。


 確認すれば、知り合いが死んでいることを理解することになるだろうと、身体が動くことを拒んだのだ。


 ずん、と地面が揺れた。


 顔だけ振り返ると、呪怨龍がこちらに向かって来ていた。


 あたしは、縋るようにシルキー様を見た。


 シルキー様は、相変わらず眠そうな無表情だ。


 呪怨龍の顔が、あたしの横をすり抜け、テスラに近づく。そして、その鎧に垂れる、血液を舐めた。


「俺は貴様を呪う。弱り果て、死に至る呪いだ。最後には呼吸が自力で出来なくなり、死ぬのだ」


 何故、そんな遠回しなことをするのだろう。


 あたしは、こんな状況にもかかわらず、否、こんなどうあっても助からない状況だからこその余裕により、そんな疑問が生じた。


「呪怨龍は、恨まれ、恐れられることが、自分の力に、なる。だから、殺すときは、恐怖させ、その周囲の人間にも、憎しみを抱かせる。そういう、殺し方を、する」


「冷静じゃないか、天使よ」


 シルキー様を見下ろし、呪怨龍の声が臓腑に響く。


 その時、上空で大爆発が起きた。


 あたしは、咄嗟に上空を見つめた。


 煙で満ちていた。その前で、ジーラが煙の側を見つめていた。


「あれが天使の主か。あれを殺した時、天使の恨みは、どれ程の力になるか、興味深い」


 呪怨龍が、嘲笑うかのように、その爬虫類の口元を歪めた。


「どうせ、今の貴様など、脅威ではない」


 そう言い残して、その巨体を飛翔させた。


 あたしは、テスラに駆け寄る。テスラの、肩は弱々しく上下していた。


 まだ、生きている。でも、呪いで死んでしまうのだ。


 どうすれば?


 あたしは、シルキー様に助けを求めるが、シルキー様は、瞳を閉じて、頭を横に振った。

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