後編
「やば~~! めっちゃ美味しそ~~!」
運ばれてきたイチゴとチョコレートムースのパフェを見て、美里華は目をきらっきらに輝かせた。ハート型にカットされたイチゴと、チョコ以外にも幾層も重ねられたムースが目に鮮やかなパフェだ。
「奈留の頼んだガトーショコラも可愛くない? お皿にチョコでハッピーバレンタインって描いてあるし!」
「ね~! ――あ、美里華、一口いる?」
「えっ、いいの! 奈留、マジ愛してる~!」
きゃ〜! なんてふざけたように笑ってそんなことを言う美里華。はぁ~~~? わたしの方がめちゃめちゃ愛してるんだが~~~~? とは口が裂けても言えない。ので、表面上は「はいはい、こーいう時だけ調子よすぎ~」なんてしれっとあしらいながらも、
「いいじゃ~ん! あ~ん」
なんて、口を開けて顔を寄せてくる無防備な美里華の姿内心では悶えている。
「……じ、自分で食べなよ」
きゅ、と目を閉じて顔を寄せられたせいでなんか雑念というか変なことを考えてしまいつつも、美里華の艶々の唇から鋼の意思でわたしは目を逸らす。こういう距離の近さも、甘え上手なところも、今のわたしには毒だ。
美里華は友達としてのわたしを信用して、この親密さを見せてくれているのだ。だからわたしが下心でそれを享受してしまったら、それは美里華の信頼と友情を裏切ることになる。それは嫌だ。
「え~~、奈留のケチ~~!」
つん、と唇を尖らせて文句を言う美里華だったが、ふいにはしゃいだ様子で手を叩く。
「あ! わかった、まずはあたしがしてあげる! それならおあいこってことでいいっしょ?」
「え?」
どういうこと? と脳が追いつくよりも先に、向かいに座った美里華の指先がつい、とパフェ用の長いスプーンを操り、ひと掬い、器用にムースの上にイチゴを乗せて、わたしに向かって差し出してくる。
「はい、奈留。あーん?」
片手で頬杖をつき、どこか悪戯っぽい表情で「ん」とスプーンを差し出す美里華に、わたしは固まった。
「えっ、やっ……」
いつもなら、これくらいのことはなんでもない顔で受け入れられたかもしれない(それでも内心はめっちゃドキドキしてるけど)。
でも、散々意識してデートに誘って、それがまったくの空回りだったと知った後での「あーん」だ。嬉しいやら、『こんなことしてくるけど、でも美里華は別にわたしのこと恋愛的には好きじゃないんだよな……』という悲しさやらが幾層にも折り重なって、多分今のわたしの感情を縦に切ったら、その断面はパフェよりも複雑な模様をしているだろう。
「……? 奈留?」
ぎこちなく固まって黙り込むわたしを不審に思ったのか、美里華はスプーンを引っ込めた。
それから心配そうな顔で、
「……やっぱり、好きな人のこと、まだ気にしてる?」
遠慮がちに、美里華は切り出した。
美里華からしたら、わたしは『勇気を出して好きな人をデートに誘ったけど断られた可哀想な友達』なので、そうやって聞いてくることはおかしくない。いっそ失恋話としてここで消化してしまうことで、わたしを慰めようとしてくれているのだ。
けれど実際は『好きな人=美里華』なわけで……なんでわたしは好きな人相手に直接、好きな人にフラれた体で失恋話をしなきゃいけないんだ……? 頭がおかしくなる……! 新手の拷問か、これ……?
「あのさ! あたしは奈留の好きな人のこと全然知らないけどさ! でも一個だけわかることがあるよ!」
ぐい、とテーブルの上に身を乗り出すように、美里華の顔が近づく。存外に真摯で、真っ直ぐな眼差しに、わたしはきょとん、と見返した。
「な、なに?」
「それはね――その相手の人は、まぁぁぁぁじで! 見る目がない、ってこと!」
大げさなくらいに『まじで』と強調しながら、美里華は鼻息も荒くそう言った。
「だってさ、奈留はめちゃめちゃ可愛いし、優しいし、気遣いもできるし、面白いし、あたしは奈留と一緒にいていつも楽しいし! そんな奈留のことフるなんてさ、絶っっっ対にその人のセンスがないよ! ――あ、いやごめん、別に奈留の好きな人を悪く言いたいわけじゃなくて……あぁいやでも! やっぱり無理! そいつが悪い! あたしの奈留にこんな悲しい顔させるなんて、マジで許せない!」
自分でも言いたいことが纏まっていないように捲し立てていた美里華は、それまでぎゅー!と顔をしかめていたのに、ふいに眉を下げて子犬のようなしょぼくれた表情になる。
「……ごめん、あたし、慰めるのマジ下手で。でもさ、奈留のそんな顔、見たくないよ。あたし、奈留には笑っててほしいんだよ。ねえ、奈留? 辛いことがあるならさ、あたしに全部話してよ」
テーブルの上、手持ち無沙汰に飲み物のカップを撫でていたわたしの指先に、美里華の指が絡む。手の甲を、ピンクとダークチェリー色のネイルがくすぐったく引っかく。
知らなかった。美里華が、こんなにも、わたしのことを想っていてくれてるだなんて。
でも、だからこそ余計に辛くなってしまう。
美里華はこんなにもわたしを大事に想ってくれているのに、でも結局、友達以上にはなれないんだ、って。そう思うと嬉しさと虚しさがぐっちゃぐちゃになって、感情の歯止めが利かない。
……ていうか一旦スルーしたけど、さっきわたしのこと『あたしの奈留』って言ったよね? は? マジで言ってる? 素なの? それは? だとしたら本当にタチが悪い。
だってそんなの言われたら嬉しすぎるに決まってるのに! でもお前はわたしのこと恋愛的には好きじゃないんでしょ⁉ 意味わかんないじゃん! そこまで言うなら好きであれよ! あーもう本当に無理! もう限界!
「――全部」
「え? なに、奈留?」
「……本当に、全部話していいの?」
最後の理性を振り絞って、わたしは問いかけた。
そんなギリギリ限界のわたしに向かって、美里華はパッと顔を明るくして、こくこくと無邪気に頷く。
「いいよ、全部! だって奈留はあたしの大事な友だ――」
「友達ならもっといい感じの距離感があるよねぇ⁉」
食い気味に美里華を遮って、わたしはどろどろの感情を原液のままぶちまけた。だって全部いいって言われたし。
「え? あれ……もしかしてあたしのこと⁉」
「そうだよ! 全部美里華のことだよ!」
ちょっと可哀想なくらいに狼狽する美里華だったけれど、もうわたしの口はわたし自身でも止められなかった。
「えっと……奈留? 今は、その、奈留の好きな人の話だったじゃん……?」
「そうだよその話だよ!」
「え、えぇ……? どういうこと……?」
ここまで言っても今一つピンときていない美里華に、わたしに残されたなけなしの理性も、ぷちん、と弾け飛んだ。
「だからぁ! わたしの好きな人は美里華だっつってんの!!!!」
「…………え」
なぜかキレ気味に、わたしは一世一代の告白をしていた。何このシチュエーション。終わってるよ。タイミングも、情緒も、何もかも。
数秒、美里華は固まった。本当に文字通り、睫毛一本動いてなくない? ってくらいに。
それから徐々に、固まったままの彼女の顔が――頬が、耳が、じわじわと赤くなる。
そして、ついに熟したイチゴくらいに真っ赤になった頬を両手で押さえ――
「えぇぇぇぇぇぇ⁉」
ここがオシャレなカフェであることすら忘れたような大声で、悲鳴を上げた。
「……あ、す、すみません……!」
周りからの白い眼差しに慌てて頭を下げてから、美里華は改めてちっちゃい声で「えぇぇぇ〜〜……?」なんて言う。何その反応可愛いな!
「で、でも奈留、あたしが『フラれたの?』って聞いたら『そんな感じ』って言ったじゃん!」
「実質フラれたようなもんでしょ! 頑張ってデート誘ったのに、美里華は自分がわたしの好きな人だ、なんて一ミリも思わなかったってことでしょ? そんなの端から脈ナシなんだな、って諦めるしかないじゃん……!」
言いながら、今度は声に涙が滲んでくる。さっきキレ気味だったのに、情緒がぶっ壊れている。でも今まで溜め込んできたものが、お腹の底の方から全部溢れ出して止まらない。
「それなのにさ、美里華っていっつも距離近いし……! 今日だってポケットの中で手ぇ繋いだり、気軽に『あーん』とかしようとして……わたしがどんな気持ちだったかわかる⁉︎」
「え、どんな気持ちだったの……?」
「はぁ〜〜〜〜⁉︎ 彼女でもないのにそんなアホみたいに可愛いムーブしてくんなバカ! って気持ちに決まってるでしょ⁉︎」
「怒られてんの、褒められてんの、どっち⁉︎」
「どっちも!」
いよいよお互いにヒートアップしてきて、ケンカか? みたいな周りの視線が痛い。けどもう後には引けなかった。「ここで引けば死ぞ……!」と内なる戦士としての本能がわたしに告げる。いや誰?
「ていうかさぁ……人の気も知らないで『あたしの奈留』とか、軽率に言うなよ〜〜……!」
んぐゅ、と涙が喉に詰まってブサイクな声を漏らしながら、わたしは絞り出した。
「ん⁉︎ え、あたし、そんなこと言った⁉︎」
なのに美里華ときたら全くの自覚なしときた。本当にこいつは……!
ここまできて己の罪深い行為に無自覚なのか、どんだけ鈍感なのだこいつは……! とその残酷さを教えてやろうと口を開きかけ、改めて美里華の顔をきっと睨みつけると、
「〜〜〜〜っ」
……あれ? なんか……変だな……?
美里華は熱っぽく潤んだ瞳を恥ずかしそうに伏せ、掌で口許を抑えていた。くぐもった声で「……嘘、口に出てたとか……あぁもぅ……」などとぶつぶつ呟いている。
頬を赤くし、ちら、とこちらを見ては恥ずかしそうに目を逸らすその仕草は、なんだか初めて見るもので。
「……あの、美里華? どしたの?」
「〜〜っ、いや、これは、その……」
「? ……え、なに?」
「〜〜〜〜っ、だからっ!」
ごにょごにょと言い淀む美里華だったが、ついに何かが決壊したように、ぎゅ、と目をつぶって叫んだ。
「――あ、あたしの方こそ奈留のこと好きだから全然気持ち追いつかないの! いっぺんに全部言わないでよ! バカ!」
「…………え」
たっぷり数秒、わたしもまた固まった。
見つめた美里華の顔は真っ赤で、必死に叫んだせいで目尻にはちょっぴり涙も滲んでいて。
だから、冗談とかノリとかそういうので言ってるんじゃない、ってことはすぐにわかった。
「え、いや、でも……」
だとしても素直に呑み込むにはあまりにも衝撃的な情報に、わたしは口ごもる。
「だ、だとしたらなんで、わたしが誘った時に『フラれたの?』なんて聞いてきたわけ⁉︎ あれのせいでわたし、『あ、美里華はわたしのことなんて恋愛対象じゃないんだ』って思ったんだよ⁉︎」
「そ、それは……!」
わー、と喚くわたしに、美里華はピンクと黒のグラデが綺麗な髪を、人差し指と親指でいじいじと弄びながら微妙に目を逸らす。
「……だって、あたしはそれよりずっと前から『奈留はあたしのこと、ただの友達としか思ってないんだな』って思ってたから……」
「……は?」
「……だ、だってそうじゃん!」
何をどう考えたらそうなる? とポカンとするわたしに、今度は美里華がキレ気味に身を乗り出してくる。
「奈留、あたしがいつもどんだけ好き好きアピールしても全然気づかないっていうか……『はいはい、わかったわかった』みたいな素っ気ない感じであしらうじゃん! 今日だって、バレンタインだし、あわよくば意識してもらいたいなって思ってくっついたりしても『歩きにくい』とか言ってそっぽ向いちゃうし、あーんだって嫌そうな顔するし……だから、やっぱり脈ナシなんだな……って思ってたのに……!」
「え? 待ってそれはだって美里華はわたしのことただの友達だと思ってるだろうし過剰に反応するのも変だから、嬉しいの必死に我慢して……!」
「……え?」
「だから……え? つまり、なに?」
わたしも美里華もお互いに口をポカンと開けた間抜け面で見つめ合う。
信じられなくて、でも見つめた美里華の瞳――その熱っぽい輝きに、頭より先に体が反応する。
要するに、わたしも美里華に負けないくらい、顔が真っ赤になっていた。だってめちゃめちゃ熱い。
そんなわたしを見て、美里華はゆっくりと目を細めた。にっ、と持ち上がる唇の隙間から、悪戯っぽく八重歯が覗く。
わたしの大好きな、大好きな笑顔。
「――つまり、あたしと奈留、両想いだった、ってこと?」
くすぐったいように囁く美里華の、聞いたことのない甘やかな声に、わたしの脳みそはチョコレートみたいに蕩けてしまった。
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