第24話 大魔王様、決定を下す

 セレンからの報告を受けたオレはセレンとイーグレット二人を引き連れて、すぐさま大魔王城のテラスへと向かった。

 現在、大魔王城は城塞都市の上空に留まっている。そのため、地上にある都市の正門を見渡すにはテラスに向かうのが一番早い。


 テラスからの景色は確かに奇妙だった。地上にある城塞都市の正門には大群衆が集まっていたのだ。

 その数にして数千人。彼らは門を囲むようにしてたむろしていた。


 だが、セレンの言うような襲撃ではない。

 彼らは軍隊でも、暴徒でもない。避難民、流民だ。着ている服もボロボロで、飢えている。明らかに助けを求めていた。


「セレン、城を動かすぞ。アルセリアを呼んできてくれ」


「は、はい、承知いたしました。で、ですが、どうされるのですか?」


「まだ決めていない。ともかく頼むぞ」


 彼らの正体はわかっているが、確証を得ないことには何も決められない。少なくともここから魔法を放って蹴散らすような真似をするのはやめておくべきだと、オレの直感が告げている。


「イーグレット。岩石オークの長老を呼んできてくれ。それと、非戦闘員は鉱山に退避させよ」


「ぎょ、御意!」


 とりあえずの指示は出した。

 難民たちと岩石オークを接触させるのはやめておいた方がいい。無用な混乱を生むだけだ。

 

 つまり、この件には我ら大魔王軍だけで対処せねばならない。

 となれば、一度玉座の間に戻るべきだろう。あの場所からならば城全体を掌握できるし、オレが直接、彼らの前に出るのは悪手だ。


「大魔王様、皆さま、到着いたしました」


 オレが玉座に戻ると、セレンがアルセリアと岩石オークの長老を連れて戻っていた。

 仕事が早くて助かる。ちょうど城も、難民たちの上に到着した。


 少し遅れて、息も切らさずにイーグレットが到着する。彼女のことだからオレの指示を全うしたうえで、途中で呼吸を整えてきたのは間違いない。


「皆、楽にせよ」


 玉座に腰かけ、片手を上げて鷹揚に声を発する。

 内心は結構焦っていろいろ考えているが、それを外には出さない。あくまで冷静で、なににも動じていないと配下には思わせる必要がある。空元気だが威厳とは大抵の場合、そういうものだ。


「状況は聞いているな? 正門の前に人間どもが押し寄せてきている」


「ええ。それで、どうするの? 攻め込んできたって感じじゃないみたいだけど……」


「うむ。彼らはおそらく流民だ。まず間違いなかろう」


 オレの答えに、アルセリアが眉をひそめる。何が起きているのか理解できないという顔だ。


 まあ、それもそうか。この魔界において『人間』族とその庇護者である『人類同盟』は最大規模の勢力だ。

 なので、人間がどこから逃げ出して当てもなくさまよう流民になることはまずない。ましてや、魔族に助けを求めるなんてことはありえない。


 事実、この城塞都市を追い出された人類同盟の兵士たちは無事に別の人類同盟の勢力圏に向かった。

 だというのに、人間の流民がわざわざこうして魔族の勢力圏にやってくるというのは妙でしかない。なにかのっぴきならない事情があるのは間違いないだろう。


「本当に流民? 脱走兵が集落を襲うなんてのはよくある話よ」


「そこも含めて確かめねばならん。対応はそれからだな」

 

 玉座に背中を預けて、考えるフリをする。

 実は、オレの中では結論はすでに出ている。だが、状況が状況だ。全員に情報と意思決定の過程については共有しておくべきだ。


「大魔王様、おそれながら……」


「セレン。よいぞ、発言せよ」


「対応は一つかと存じます」


 いつになく真剣な顔でセレンが言った。

 セレンの言うたった一つの対応策には予想がついている。魔族にとっては極めて常識的な、かつ至極当然のことではあるのだろうが、それを採用する気はない。


「即刻、やつらを追い返すべきです。どのような事情があろうと人間の行く末など我らの関知するところではありません。どこででも野垂れ死ねばよいのです。わたくしにそうお命じ下されば、兵をお借りし、今すぐにでも」


 ……なるほど。

 セレンにしては強い口調ではあるが、発言内容そのものは想定していたよりは穏当だ。もっとも、高潔なイーグレットが異論を挟まなかったところからしても、それくらいは当然なのだろう。


 オレはてっきり『皆殺し』にしろとでも言いだすかと思っていたが、そこまでではなくて一安心だ。


 もっともそこまでいきすぎた結論にいたったとしても致し方ない背景がある。


 魔族にとって人間族は先王を殺した仇敵なうえに高圧的な支配者。積もり積もった恨みは百年分、いや、それ以上の年月になる。

 その怨念返しとなれば、ただではすまない。魔界の大地を血で赤く染めて、死体で山を築いても、憎しみが消えることはない。それは地球の歴史と同じだ。


 だからこそ、オレは決断する。新たなる魔族の王として、偉大なラスボスになるには、ほかの王たちができなかったこと、否、やらなかったことをやるのが一番だ。


 『聖剣の勇者』の時と同じだ。いや、必要性だけで言うなら、彼女一人よりも今回の方が遥かに重要だ。使えるのものはすべて使わねば、今の我らは立ち行かない。


「セレン。そなたの意見は分かった。その想いも理解しているつもりだ。余に虐殺者の汚名を着せぬようにという心遣いも嬉しく思うぞ」


 普段は控えめなセレンが強固に自己主張したのは、流民たちへの攻撃をオレの名においてではなく、自分の名で行うためだ。

 ……正直、目頭が熱くなるほどには厚い忠誠心の発露だが、今回はそれを受け取るわけにはいかない。


「大魔王様……」


「だが、セレンよ。そなたの意見とは逆のことを余はなさねばならん。それが大魔王としての道、過去の恩讐ではなく未来のために決めねばならんのだ」


「……まさか、大魔王様」


「そうだ。そのまさかだ。それでも、付いてきてくれるか、我が従者よ」


 オレの問いに、セレンは一瞬驚きの表情を浮かべて、息を呑む。

 それから覚悟を決めた揺るぎない瞳で、こう言った。


「――我が王は今世においても来世においてもあなた様ただお一人。あなた様を信じ、どこまでもお供する覚悟です」


「礼を言うぞ、セレン。余は素晴らしい従者を得た」


 無言だが、感極まった様子で頭を下げるセレン。

 彼女はオレを信じてくれている。オレはそれを利用する。最低の行為だが、オレはラスボスだ。そんなことは気にしないし、倫理観には縛られない。


「で、2人で見つめ合って、何が決まったわけ? アタシにはなにがなんだかわからないんだけど」


「うむ。余は決定を下したぞ」


 オレはアルセリアにそう宣言して、玉座から立ち上がる。集った我が臣下たちを一望し、改めて、こう続けた。


「あの流民どもを城に入れる。我が民としてな」


「――なっ!?」


 セレンを除く全員がオレの提言に驚きの声を上げる。無口な長老でさえ目を見開いて、オレのことを見ていた。

 

 当然と言えば、当然の反応だ。

 オレはラスボスであり、大魔王。人間など歯牙にもかけずに殲滅し、あるいは使い捨てにするのが悪の親玉というものだ。


 魔界の常識にはもちろん反しているし、ほかの魔族から総すかんを喰らう可能性、いや、敵に回す可能性すらもある。最悪の場合、人間魔族の両方に標的にされるだろう。


 だが、そんなことを恐れるようでは真のラスボスにはなれない。むしろ、望むところだ。

 

 真のラスボスは、決して単純な悪ではない。

 時には善を為し、その善こそが主人公たちに葛藤を生む。その葛藤こそがラスボスの最大の武器であり、醍醐味といってもいい。よいラスボスは必ず一面だけでは語れないものだ。


 それに、あの流民たちを受け入れることには短期的にも、長期的にも利点がある。

 短期的には労働力の確保。長期的には、いずれ人間どもを支配する際のモデルケースとなり、くわえて、支配地域の住民の抵抗を弱めることになる。

 

 そして、なによりも重要なのが、オレの覚悟を示すこと。

 魔族も人間も分け隔てなく治める。その気概なくしては世界のすべてを手中に収めることなどできはしない。



SIDE  セレン


 『流民を我が民として迎える』という大魔王様のお言葉を聞いた瞬間、わたしは声を発することができませんでした。

 驚きからではありません。喜びからです。身を震わすような歓喜に、わたしはただ立ち尽くしていました。


 これまでの歴代の魔王様はみな、敵を殺すことばかりをなされてきました。民のことを顧みたことなど、一度もありません。

 ですが、それでもよかったのです。魔王とは力そのもの。蹂躙し、殺戮することは息をするようなものなのですから。


 でも、大魔王様は違います。この方こそがわたしの待ち望んだ魔界の救世主たる方。お会いしたその日からそう確信していましたが、その確信は日々強まるばかり。


 そして、今日、大魔王様は魔族だけではなく『人間』をも治めると宣言なさったのです。


 その時、わたしの脳裏をよぎったのは、ある予言です。

 『いつの日か、魔族と人間、その二つを統べる王が現れる。その王こそが救世主たるもの。真にこの世界を変える』。魔族であればだれでも知るこの予言は古の昔、魔法学の始祖たる『岩陰の魔女』が残し、語り継がれてきました。


 けれど、その予言を信じる者は一人としておらず、歴代の魔王の幾人かが人界への侵攻の大義名分として用いただけでした。今日この日までは。

 

 その場にいた全員が言葉を失ったのは、大魔王様こそが預言に歌われる真なる変革の王だと確信したからでしょう。

 

 ゆえに、人間の流民を迎えるという前代未聞の事態に皆が一致団結して動くことができました。過去のわだかまりをわきに置き、私情を捨てることさえかないました。

 すべては我らの王のため。大魔王様のためならばわたしは命だって惜しくない。


 人間たちとの折衝役にもわたしは自ら望んで志願しました。それが我が王の声であり、耳である者の役目だと感じたのです。

 そうして、内心の人間への恐ろしさに大魔王様の授けてくださった勇気で立ちむかい、大魔王様のお言葉を彼らに伝え、また、彼らの言葉を聞きました。


 そこでわたしはある驚くべき事実を知ったのです。

 難民たちの住んでいた街の名は『ベルダ』。この城塞都市から見て東部に位置するその街は、よりもよって『勇者』の手で滅ぼされたというのです。


 しかも、その勇者は事もあろうに幾千の魔物を操り、街を滅ぼしたというのです。

 二つ名を『魔物使い』。魔界の猛者たちも恐れる脅威がこの時、我ら大魔王軍に近づいていたのです。


――

あとがき


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