第19話 大魔王様、対決
先代魔王を打ち倒した『聖剣の勇者』の襲撃を受けて、勝利の祝宴は大魔王軍最大の危機へと転じた。
事実、この場に集った配下の大半はあまりの事に言葉も発さずに映像を食い入るように見つめている。
無理もない。オレだって表情には出していないが、驚きでひっくりかえりそうだ。
原作通りならば、『マイソロジア2』の主人公『聖剣の勇者』はこの世界における最強の存在の一角といえる。
なにせ、シリーズ主人公の中で聖剣の勇者は唯一単独での魔王撃破が可能だ。ゲームの進め方次第ではあるが、
オレも敵に回すとしたら、聖剣の勇者が一番厄介だと考えていた。マイソロジア2の最終決戦から100年が経っているからこうして攻めてくることは想定していなかったが……ここはラスボスとしての威厳の見せ所だ。
「――皆、聞くがいい」
大魔王としての声色で全員に呼びかける。皆、一斉にオレへと振り返った。
よし、届いたな。あとはきちんと彼らを鼓舞しつつ、具体的な指示を出すだけだ。
「まずは敵の勇気を讃えよう。かの勇者は我が城にたった一人で乗り込んできた。無数の罠と我が自慢の配下が待ち受ける、この城にな」
「え、ええ! その通りですとも、陛下! ここには我らがおります!」
まずはイーグレットが冷静さと勇猛さを取り戻す。現状、オレ以外で主戦力となりうるのは彼女だ。動いてもらわねば、戦いにならない。
「セレン。非戦闘員を城の奥へ。
「は、はい、大魔王様。で、ですが、彼奴は」
「余を信じよ」
セレンはオレの言葉にうなずくと、そのまま岩石オークの長老たちを連れて、より防御の固い城の奥へと下がる。
侵入者の狙いはこのオレのいる玉座の間。真っすぐこちらに向かってくるなら、ここで迎え撃つのが一番だ。その際に非戦闘員を巻き添えにはできない。この状況では人質にもできないしな
聖剣の勇者が原作通りの実力ならば、正面から戦って勝つのは正直厳しい。
だが、この大魔王城はこちらのホームグランド。城の機能を最大限に活用すれば、勝機はある。
というか、それしか勝ち筋はない。でも、それがいい。ギリギリの状況を逆転してこそのラスボスだ。
「アルセリア、例の仕掛けは使えるな?」
「ええ。でも、有効範囲は玉座の周りだけよ。起動にも時間がかかる」
「十分だ」
……起動に時間がかかるということは、向き合って即罠にはめるのは無理か。
いいぞ。これくらいのハンデがあった方がこちらとしても燃える。それに、オレの推測が正しければ、まあ、いつも正しいが、罠さえ起動すればこちらの勝ちだ。
「あの勇者について情報はあるか?」
確実性を高めるためにもそう尋ねる。
オレの原作知識も完璧じゃない。アルセリアが今の幼女の姿になったのはこの『聖剣の勇者』との戦闘の結果だ。であれば、アルセリアはオレの知らない有益な情報を握っている可能性が高い。
「神速の剣技と強力な耐性。くわえて、聖剣には魔族の守りや加護、再生を無効化する力がある。単純だけどその分手に負えない」
「……ほかには?」
「とにかく強い。100年前の魔王は歴代の魔王の中でも三本の指に入る強さだったけど、あいつには勝てなかった。正直、化け物よ」
……なるほど。原作通りのシンプルイズベスト。まさしく主人公らしい能力というわけだ。
確かに、それは対策が立てづらい。特殊な能力の持ち主が相手であればその能力を逆手にとったり、弱点を突いたりすればいいが、地力が高いものには通じない。
だが、それゆえの隙もある。そういう戦い方をしてきた相手ならば、相手の意図など踏みつぶすつもりで正面から向かってくる。
「アタシとしては撤退を推奨するけど、その顔からすると、逃げる気はないみたいね」
「……顔に出ているか?」
「ええ。闘争心むき出しの魔族らしい顔。本当、バカよ、アンタ」
「褒め言葉として受け取っておこう」
どうやら内心のワクワクが顔に出たらしい。ラスボスとしてはどんな時も動じず、腹心の部下にさえ心情を悟らせないくらいがベストではあるが、今回は致し方ない。
なにせ相手は、先代魔王を倒した『勇者』。『前作主人公』だ。ラスボスとしては燃えずにはいられない。
「……いざとなったら、アタシは逃げるわよ。また50年かけて灰から蘇るなんてごめんだし」
「構わん。玉座が落ちたら、セレンたちを連れて城を出ろ。竜人族の村ならば匿ってくれる」
「…………気が向いたらね」
口ではそう言いつつも、アルセリアが逃げ出す時にはセレンも含めて非戦闘員を連れだしてくれるとオレは確信している。
短い付き合いだが、それくらいのことは分かる。でなければ、前回の作戦においてもわざわざ危険を冒して大魔王城を動かしたりはしなかったはずだ。
これで、後顧の憂いはない。あとは戦うだけだ。
「――イーグレット。そなたに命ずる、あの勇者の足止めをせよ」
「はっ! 騎士イーグレット、拝命いたします!」
命がけの任務にもかかわらず、イーグレットは恐れるどころか、喜び勇んで戦いに臨もうとしている。
頼もしいが、同時に危うくもある。命がけの任務ではあるが、死ぬことを前提にされてはオレの未来設計が狂ってしまう。
「くわえて、イーグレットよ。お前の命は我が物、勝手に死ぬことは許さん」
「は、はい! 陛下のお言葉、胸に刻みます! では、行ってまいります!」
オレの言葉に頷くと、イーグレットは勇者のいる城の最下層へと駆けていく。
言葉の真意まで伝わったかどうかまではわからないが、士気は旺盛。先代魔王を倒した最強の勇者相手でも時間稼ぎは可能だ。
「『魔力炉心出力全開、玉座に全機能を集中』」
玉座に腰掛けて、城全体の機能をこの場所へと集約する。
アルセリアの言った通り、この場所に仕掛けた罠を起動するには膨大な魔力が必要だ。
オレには無限の魔力があり、この城の動力源である『赫奕の心臓』も超級の代物だが、魔力の充填には時間が掛かる。無限に湧き出る水源を持っていても、水道管が小さくては一度に大量の水は送れないのと同じだ。
城の内部を走る魔力を伝達する導管は前回の戦いから完全復旧していない。おかげで、罠を起動するまでに時間ががかる。他の区画の機能を一時的に停止することで速度を上げてはいるが、それでも限界はある。
今回の場合は約三分間。カップラーメンができるのを待つ程度の時間だが、強敵相手にそれだけの時間を稼ぐのは至難の業だ。
さっそく下層部からの衝撃で玉座の間が揺れている。戦闘の余波だ。イーグレットが聖剣の勇者相手に仕掛けたのはまず間違いない。
……戦っているのは、今は使っていない食料プラントか。さすがはイーグレットだ。できるだけ城の設備を壊さないように配慮してくれている。
……監視システムを使って、戦況を立体映像として投影する。
そこに映っていたのは、嵐だ。
凄まじい速度で、何かが飛び回っている。その何かは雷を身に纏い、突風を巻き起こしてた。しかも、この突風は周囲のすべてを削り、砕き、破壊し続けている。
イーグレットはそんな嵐の目に一人立っていた。
「――っ!」
大楯を正面に構え、破滅の嵐を一身で受け止めている。大楯には絶え間なく火花が散っているが、イーグレットは一歩も動かずに攻撃を防いでいた。
イーグレットもさすがだが、驚くべきは攻撃をしている『勇者』の方だ。
やはり、この聖剣の勇者は先日、イーグレットが一騎打ちで倒した勇者とは比較にならないほどに強い。
なにせ、これだけの破壊を何の魔法も特性も用いずにただ身体能力と剣技のみで巻き起こしている。こいつを自由にすれば、剣一本でこの城を解体しかねない。
充填完了までは、残り一分三十秒ほど。イーグレットの頑張りを思えば一瞬でも早く終わらせたいが、これが限界だ。
「ぐっおおおお!」
防戦一方では埒があかないと考えたのか、イーグレットが攻勢に転じる。
勇者の動きが止まった一瞬の隙、そこに目掛けて大楯での突撃を仕掛けた。
オレから見れば完璧なタイミングだったが、勇者はその突進を正面から受け止めた。
両者の激突により生じた衝撃波で城全体が震動した。あの間にもし挟まれたらと思うと、背筋が凍る。
最強の盾と最強の剣が
「くっ!?」
剣の方だった。
イーグレットの大楯、竜の炎さえも防ぐ『深蒼鋼』の装甲に輝く聖剣が食い込んでいる。
あれではもう攻撃は防げない。それでもイーグレットは一瞬たりとて怯まないが、主導権は勇者にある。次の瞬間には、大楯を弾き飛ばされてしまった。
「こ、のおおお!」
「『神雷』」
イーグレットは勇者に組み付こうとする。しかし、それより先に勇者の右手から発生した雷がイーグレットを襲った。
……原作でも使っていた魔法だ。大量の魔力を消費するが、威力は抜群。聖剣の勇者にしか使えないもので、ゲーム終盤まで通用した。
高電圧に焼かれて、イーグレットは悲鳴もなく崩れ落ちる。いくらイーグレットが耐久力に優れると言っても、この至近距離では――いや、生きてはいる。城のシステムが生体反応を捉えている。瀕死ではあるが、イーグレットは生きている。
……充填完了まではあと一分。これならオレ一人でもどうにかなる。いや、どうにかする。こんなところでイーグレットを失うわけにはいかない。
隔壁を操作して、あえて勇者のいる食料プラントからオレのいる玉座の間までの直通通路を開く。
これでこちらの意図を理解するといいんだが、そうでない場合は、声を届かせる必要があるか。
勇者は目論見通り、倒れたイーグレットを無視して通路を進んでくる。助かった。あくまで標的はオレ一人ということらしい。
すぐさま待機しているセレンたちに念話を送り、イーグレットの救護へ向かわせる。治療用の魔法を使えるものはいないが、イーグレットの生命力なら城塞都市から回収した薬でどうにかなるはずだ。
「……来たか」
かなりの距離があったにも関わらず、わずか五秒足らずで勇者は玉座の間にたどり着く。
オレは玉座に腰掛けたまま、勇者を迎えた。
なめているわけでも、威厳のためでもない。今の状況で、この勇者を迎え撃つにはこれがベスト。勝つには玉座とオレが接続されていなければならない。
「――魔王っ!」
オレと向き合った瞬間、『勇者』がそう叫ぶ。高いが、すこししゃがれている。疲れ切った声だ。
その拍子にフードがめくれ、オレは仇敵たる勇者の顔をしっかりと見て取ることができた。
女、いや、少女だ。
銀色の髪を首元まで伸ばした、ハシバミ色の瞳の少女。顔立ちは整っていて美しいが、それ以上に儚さと、そして、哀れみを覚えた。
何もかもに疲れて絶望している。瞳はうつろで覇気がなく、やせ細っていた。
……激務明けのOL? ああ、いや、どちらかといえば、十連勤後にさらなるデスマーチ継続を告げられ闇落ち寸前?
なんにせよ、魔王を打ち倒した前作主人公とは思えない有様だ。きっと心臓発作で死ぬ寸前の前世のオレも一人の時はこんな顔だったに違いない。
こいつ、本当に聖剣の勇者か……?
――
あとがき
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