第17話 大魔王様、城を攻める
奇襲において重要なのは、相手の急所を的確に突くことだ。
敵の本陣や食糧庫、あるいは発電施設に港や空港など時と場合、そして時代によって襲撃すべき場所は変わるが、成功した場合のアドバンテージは不変だ。
今回の場合、敵の急所となるのは城塞都市の中央にある『鉱山』だ。
ここでは日夜『岩石オーク』という魔族が強制労働に従事させられており、『魔石』の採掘が行われている。
この魔石こそが『人類同盟』がこの場所に都市を築いた理由であり、城塞都市の急所だ。
原作でもそうだったが、この魔石は加工すればさまざまな物品へと姿を変えるが、掘り出した直後は不安定で扱いを間違えると爆発することもある。くわえて、その爆発は高純度の魔力と魔石が感応した場合に発生しやすいと描写されていた。
そして、極めて好都合なことに、我が大魔王城には先ごろ吸い上げた大量の高純度の魔力が貯蔵されている。
つまり、爆弾と導火線が目の前にあり、マッチ棒がポケットの中にあるわけだ。
しかも、オレの敵はその爆弾の傍に砦を築いている。そこまで思いついたら、あまりの好都合さに思わずラスボスらしい高笑いが漏れた。
アルセリアもこの作戦には太鼓判を押してくれた。なにより、うまくいけば研究資源となる魔石鉱山が無傷で手に入るところが気に入ったらしい。
イーグレットは多少難色を示したが、これも岩石オークたちを人質に取らせず、犠牲を出さずに救出するためだと説明すると納得してくれた。
そうして、その日の夜、二つの月が街を照らす中、時は来た。
オレは今、大魔王城の最上階にあるバルコニーから眼下の城塞都市を見下ろしている。
街には
こうして一望しただけでも、この街には確かに人間が、それも多くの人々が暮らしていることが分かる。
その暮らしをオレはこれから破壊する。直接ではなくとも命を奪うこともあるだろう。この戦いにおけるありとあらゆる罪は組織の長であるオレにのみ帰結するのだ。
それはラスボスとしての宿命。夢のために何かを奪わねばならないのなら、その覚悟は前世ですでに決めてある。
ラスボスの道とは覇道。そして、血にまみれていない覇道など存在しない。
『 ――作戦開始!』
セレンによる号令が、大魔王城に響く。いい声だ。やはり、オレの秘書官を彼女に任せたのは正解だった。
「我がしもべたちよ、この光に続くがいい」
合図と同時に、右手を眼下の城塞都市へとかざす。魔力を集中し、掌にバランスボールくらいの大きさの光球を作り出した。
アルセリア曰く、城塞都市は巨大な防護結界によって守られている。
しかし、その結界は巨大さゆえに大雑把な造りをしており、大群の感知と防御に優れてはいるものの、穴は多い。
具体的に言えば、一瞬で膨大かつ純度の高い魔力をぶつけられると結界が一定時間麻痺する。
扱いを誤れば赤鱗王のように先祖返りを引き起こす高純度魔力もオレには影響を及ぼさない。ゆえに、城からオレを経由して放出することも簡単だ。
光球を放つ。光の球は地上に向かってしばらく進むと、見えない壁にぶつかり、一瞬で弾けた。
『結界の消失を確認。大魔王城、発進。大魔王様、玉座にお戻りを』
「いや、ここでよい。我が騎士たちの戦い、この目で見届けたい」
『……承知しました。ですが、どうかご無理はなさいませぬよう……大魔王様……』
「そう心配するな、セレン。余は死なぬ。そなたとの約束もあるゆえな」
オレの返答に、セレンは安心できたようだ。その証拠に、アルセリアの開発した遮蔽膜が展開し、大魔王城は城塞都市に向かって降下を始めた。
結界のおかげで、慣性の影響はほとんど感じない。そうして、高度100メートル、城塞都市の目と鼻の先まで近づいたところで、オレは遮蔽装置を解除するように合図を送った。
夜空に、突如として巨大な城が姿を現す。
すぐさま砦の監視塔が警鐘を鳴らすが、すでに城塞都市はパニックに陥っていた。
無理もない。なにせ現れたのは城だ。空を飛ぶ魔物程度は想定していても、これほど巨大な建造物がまさか飛来するとは思ってもみなかったはず。
事実、この高さからでも住民たちが家屋から飛び出して、茫然とこちらを見上げているのが分かった。
今、城塞都市は混乱の極みにあり、全ての耳目はオレたちに集中している。
頃合いだな。ここからは『騎士』の出番だ。
『騎士、イーグレット。発進どうぞ』
『了解! 陛下、我が勇姿をご照覧あれ!』
そんな宣言と共に、イーグレットが城の最下部にある出撃口から飛び出していく。
全身から赤い魔力を放つその姿は、大気圏で燃える隕石を思わせる。竜人族の女騎士はその勢いのまま、街の中心部へと落着した。
着地地点は、打ち合わせ通り砦の正面にある広場。その場所からならば、彼女の声は街中に届く。
「――聞け! この街に住まう全ての者よ!」
イーグレットの大音声が大気を揺らす。凄まじい音量だが、聞き苦しさややかましさを一切感じさせないのは彼女の才能だ。
やはり、彼女には軍を、それも大軍を率いる将器がある。いずれは大将軍として我が大魔王軍団で大活躍してもらわねばな。
「我は騎士、騎士イーグレット・エリュテイア! 『
イーグレットらしい堂々とした名乗りに人々がざわめく。特に『赤鱗王』の娘と大魔王というワードは安穏としてたこの砦の兵士たちにはよほど衝撃的だったのか、どよめきが地鳴りのように響いた。
……こんな時だが、悪くない気分だ。オレの名とオレの臣下に人々は恐怖し、慄いている。その様子をこうして高みから見下ろすのは、背筋がぞくぞくする。
この優越感と暗い喜び、これぞ、ラスボスの本懐といえる。
「今、お前たちの頭上にそびえるこの城こそが我が主が城である! 魔族よ、歓喜せよ! お前たちの救い主が来たのだ! 人間どもよ、恐怖せよ! お前たちの恐れるものがここに君臨した!」
おっと、そんなことを考えていると、イーグレットがオレを紹介してくれる。
であれば、オレもスポットライトを浴びるほかあるまい。ただし、本当の姿を見せるのはまだお預けだが。
代わりに、無限の魔力の一部を解放し、その巨大なオーラをセレンから習得した『幻燈の衣』でより禍々しく演出する。
そうして出現するのは、巨大な影。天の月を覆い隠すほどのそれは怪しくうごめき、怪物としての力を誇張してくれる。
「――う、うわあああああああああ!」
狙い通りに、地上で悲鳴が上がる。市民だけではなくおっとり刀で駆けつけた兵士たちまでも恐怖で足が竦んでいるようだった。
人は理解できないもの、予測できないものを恐れる。その点で言えば、今、空飛ぶ城で強大な力を誇示しているオレは恐怖の象徴そのものだ。
これぞまさしく城攻めの基本。真っ先に攻めるべきは兵でも、城そのものでもなく、人間の心だ。
「我が主の力をもってすれば、この街を消し去ることは容易い。だが、我が主は寛大にして慈悲深い。街を大人しく明け渡し、魔族の同胞を解放するのなら、住民には危害をくわえぬと仰せだ。さあ、降伏せよ! 大魔王の慈悲に縋るのだ!」
たっぷりと恐怖を味合わせた後で、イーグレットが要求を突きつける。
恐怖した民衆ほど扇動しやすいものはない。抵抗する力のあるなしに関わらず、この状況下では安易な選択肢に誘導するのは容易い。
こちらの言い分を疑う余裕は彼らにはない。城が突然姿を現した時点で兵士たちはパニックに陥っているし、統治している『同盟軍』の連中も鉱山の魔石のことを理解している以上、こっちがハッタリをかましていると看破することは難しい。
いや、よしんば見抜けたとしても、その可能性があるというだけで彼らは動けない。
もっとも、これで全軍の心が折れたわけではない。例えば『勇者』がこの程度で降参するはずもない。
「――待て!」
案の定、声を上げるものが一人いる。
群衆の中から進み出たのは、剣と盾を装備した青年。魔力の量で分かる、こいつが勇者だ。
なるほど。白い鎧と凛々しい立ち姿が映えている。まさしく魔王に立ち向かう勇者として相応しい。
「僕はこの街の勇者だ! 降伏はしない! 最後まで戦う!」
「ほう。では、民を戦いの巻き添えにしても構わない、そう言うのだな?」
「それは……っ!」
挑みかかってくる勇者の気勢をイーグレットは言葉で制する。
イーグレットとしては不本意だろうが、よい悪役っぷりだ。
原作においては、勇者とは正義の味方でもある。この世界でもそれは変わらないようだ。
正義の味方は決して民衆を見捨てたりはしない。その点をつけば彼の行動を縛ることができるし、望む方向に誘うのも簡単だ。
「あ、アンタは騎士だと名乗ったな! なら、名誉を重んじるはず! い、一騎打ちだ! 僕がアンタに勝ったら、この街から手を引くんだ!」
ほら、この通り。
追い詰められた人間の考えることなんてそうパターンがあるものじゃない。ましてや、溺れる者はわらをも掴む。こちらの狙いがそこにあると分かっていたとしても、ほかの選択肢は彼の脳裏からは消え失せている。
「……よかろう。陛下よりお許しが出た。こちらが勝った場合は、この城は我らのもの。大人しく明け渡すと誓え」
「…………わかった。その場合も、住民や兵には手を出さないと誓ってくれ」
「よかろう。我が名誉にかけて誓う」
勇者の出した条件にイーグレットが頷く。この条件もまたオレの予想通りのものだった。
これで決闘は成立だ。勇者が約束を守る保障はないが、最高戦力が敗れてなお戦い続けるような士気はここの兵士たちにはない。
もし、この勇者が城塞都市の兵士や民衆を鼓舞し、一丸となって戦いを挑んできたら、面倒なことになっていた。
こちらも全戦力を投入すれば都市を奪えるだろうが、被害は大きくなっていたし、解放すべき岩石オークたちにも犠牲が出たかもしれない。
だが、代表者同士の一騎打ちならば労せずしてこの城塞都市を手に入れることができる。
もっとも、一騎打ちに勝てなければ作戦の意味はなくなるが、そこはイーグレットを信頼している。彼女は必ず勝つ、その確信がオレにはある。
「一騎打ちに応じます。いつでも、どこからでも掛かってきなさい!」
イーグレットが拳で盾を打ち鳴らす。清澄な音が広場に響き、決闘の開始を告げた。
勇者もまた剣を低く構え、呼吸を整えている。
数瞬の静寂。緊張に空気が張り詰めていき、最高潮へと達する。
その時、片方が動いた。
「――うおおおおおおお!」
勇者が雄たけびを上げて踏み込む。50メートルはあった両者の間合いが一瞬で消えて、激突の衝撃が空間を揺らした。
勇者の一撃を、イーグレットが大楯で受け止めている。大型トラックの正面衝突くらいの威力はあったはずだが、イーグレットは余裕の表情だ。
……というか、がっかりしてる? この程度か、みたいな感じだ。
…………いいぞ! 凄くいい表情だ!
本人は不本意だろうが、今のイーグレットは我が大魔王軍の幹部としてこれ以上ない悪役っぷりを発揮してくれている。
「はっ!」
イーグレットは大楯を振るい勇者の剣を弾くと、続けざまに回し蹴りを見舞う。
勇者は盾でそれを受け止めるが――、
「――っ!」
勢いを殺しきれずに、そのまま吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた先にあるのは砦の城壁。彼は背中から叩きつけられ、石壁の一部が頭上に崩落した。
数秒後、崩れた岩石の中から勇者がはい出てくる。瓦礫を支えにしてふらふらと立ち上がるが、数歩進んだところで、膝から崩れ落ちた。
意識を失っている。どうやらイーグレットが殺さないように手加減をしたようだ。彼女なりの考えがあってのことだろう。
ともかく、完全勝利だ。一撃での決着となるとはさすがに予想していなかったが、なんにせよ、勝ちは勝ちだ。
勝利を宣言するように、イーグレットが大楯を振り上げる。
その瞬間、人間たちからは悲鳴があがった。
すべて我が作戦通りにうまくいった。大魔王軍の初陣は大勝利に終わったというわけだ。
ーー
あとがき
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