森聖女エレナ〜追放先の隣国を発展させたら元婚約者が泣きついてきたので処刑します〜

けんゆう

第1話 追放、屈辱、そして誓い

「エレナ、お前に話がある」


 皇太子デュボワの声が鋭く響いた。


 森聖女しんせいにょエレナは、緑のエネルギーを調和させるための大魔道機関を修理中に、デュボワから火急の呼び出しを受け、庭園の一角に控えて待っていた。


 しかし、デュボワの表情には、いつもの優しい笑顔はなかった。


 その代わり、冷たい、人を見下すような視線が浮かんでいた。


「……どうなさいましたか?」


 エレナは、かすかに不安を覚えながらも、静かに問いかけた。


 デュボワは嘲るように口元を歪め、まるでゴミでも見るかのような目を向けた。


「お前との婚約を破棄する」


 エレナは、言葉を失った。


「……え?」


 彼女の心の中で、何かが崩れる音がした。


「ど、どういうことですか? 私が何か……」


 デュボワは鼻で笑った。


「お前は何もしていない。ただ、お前が森聖女の座にいることが、俺にとって不都合なだけだ」


「……!」


 理解が追いつかない。なぜ? どうして? 私が何をした?


 すると、横から、心底楽しげな声が響いた。


「エレナ様、わたくしが皇太子妃の座をいただくことになりましたの」


 ゆっくりとエレナの視線が動く。そこにいたのは、艶やかな笑みを浮かべた、森聖女助手のレイカだった。


「……レイカ?」


 エレナの声は震えていた。


「なぜ、あなたが……?」


 レイカは手を口元に添えてクスクスと笑う。


「おかしいですわね。どうしてそんな顔をなさるの? まさか、本気で皇太子殿下に愛されているとでも?」


「っ……」


「哀れな方ですわ。純真で無垢なふりをして、結局は何の価値もないお飾りのような存在。わたくしのように、美しく聡明な女性が森聖女と皇太子妃の地位にふさわしいのは、当然のことでしょう?」


 エレナの胸が締め付けられる。


「そ、そんな……」


「もう決まったことだ」


 デュボワはつまらなそうに言い放った。


「お前は平民に落とされ、この国から追放される」


 雷に打たれたような衝撃が、エレナの体を貫いた。


「ま、待ってください! 私は……私は皇太子妃の地位は、あきらめても構いません。でも、森聖女の務めは……」


「うるさい!」


 デュボワは苛立たしげに叫んだ。


「無能な元森聖女が何を騒ごうが、誰もお前を助けたりしない。いいか? お前はただの厄介者なんだよ」


エレナは、悔しさで唇を噛んだ。


「お願いです……! いま、この帝国の人々の暮らしと緑のエネルギーを調和させている『大魔道機関』を、修理している途中なんです! 修理が終わるまで、どうか……どうか一日だけ、猶予をください!」


「はぁ?」


デュボワは呆れたようにため息をついた。


「本当に往生際が悪いな、お前は」


レイカも眉をひそめ、肩をすくめた。


「聖女の資格を失ったあなたに、そんなことを言う権利がありますの?」


「帝国の緑が危機に陥ります……! お願いです!」


「笑わせる」


 デュボワは、心底軽蔑したように鼻を鳴らした。


「連れて行け!」


 エレナは王宮の門前まで護衛兵に連行され、背中を突き飛ばされて地面に倒れた。


しかし、彼女はすぐに立ち上がった。


 緑豊かな、グリンタフ帝国の王宮内庭園。色とりどりの花々が咲き乱れ、鳥たちの囁きが聞こえる静謐な空間。昨日まで、その中心にはいつも、帝国の緑を司る森聖女エレナがいた。


 彼女は大魔道機関を巧みに運用して、森の精霊たちと心を通わせてきた。魔族の瘴気を払い、植物の成長を育み、生きとし生ける物に癒しを与える存在として、地道に務めを果たして来た。


 だが今日、この日を境に、帝国が緑の世界と調和を保ちながら繁栄を築いてきた歴史そのものが、無惨にも踏みにじられようとしている。


「大魔道機関の修理マニュアルを、渡さなくては!」


 王宮の門から豪華な馬車が出てきた。中にレイカとデュボワが乗り込んでいる。


「待ってください!」


 エレナは馬車に駆け寄り、自作マニュアルを差し出した。


「これを……! これがないと、大魔道機関の修理ができないんです!」


 レイカは馬車の窓から冷笑する。


「そんな紙切れ、必要ありませんわ」


「お願いです! 帝国の緑を守るために――」


「うるさい、下がれ!」


 デュボワが命じると、護衛兵たちが一斉に動いた。


 ゴッ!


 警杖がエレナの肩を打つ。


「ぐっ……!」


「こんなところで騒ぐな、見苦しい!」


 さらにもう一撃。エレナは地面に倒れ込んだ。


「これが、そんなに大事なものなの?」


 レイカが微笑みながら、エレナの差し出したマニュアルを受け取った。


「ならば――」


 ビリッ……ビリビリッ……!


「やめて!」


 エレナの叫びもむなしく、レイカが破り捨てたマニュアルは、馬車の窓から風に舞った。


「これで、あなたの役目は本当に終わりましたわね」


「お前のようなゴミが何を言おうと、俺たちには関係ない」


 デュボワが冷たく吐き捨てる。


 エレナは、泥の中で震えながら、ただ空に舞う紙切れを見上げた。


 その時、エレナの心に決意が生まれた。


「……見てなさい」


 涙を拭い、静かに立ち上がる。


「必ず……この国の緑を救ってみせる……!」

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