花の国のお姫様 2

二人を乗せた馬車(正確には牛車)は大きな門の前で停車した。

石畳の終点のようである。

どっしりと構える大門の周辺を躑躅の生垣が囲んでいる。くるみ割りの背丈を有に超える高さだ。

先に降りたくるみ割りが麻理衣の手を取りエスコートしてくれた。葉が見えなくなるほど咲き乱れる躑躅がまるで囁くようにさわさわと風に揺れていた。

初夏の香りがする。

ギィィと大層な音を立て、独りでに大門が開いた。

門の先には朝焼けと夕焼けをカクテルしたような薄紫の空の下、一面の桜よりも幻想的な世界が広がっていた。

含み笑いで気取り顔のくるみ割りが大門をくぐる。

すると瞬く間に彼の容姿が変わっていく。

「ようこそ。飴毬の作りし花の国へ」 

亜麻色の着物に白の夏帯を締めた涼し気ないで立ち。

麻里衣の創造したくるみ割りとは異なり、すっきりとした面長な顔立ちへ。

髪は髷を結っており、乱れた前髪が一筋額へ流れ落ちている。流し目が艶やかだ。

服装だけでなく顔まで変化したことに驚いた麻理衣だったが、彼女は目の前で起こった摩訶不思議な出来事になぜか違和感を覚えなかった。

なぜだろう。そうなることを心のどこかでは知っているような。

驚かない自身に驚きつつも、やはり夢なのだと確信する。

変に突っかかって目を覚ましても困しなぁ。まだ何もインスピレーションが沸いてないし。

「これが花の国の中の貴方なのね」

「そう。花姫のセンスの良さが伺えるだろう?」

そう言いながらウィンクを投げるくるみ割りに麻里衣はげんなりした様子で答えた。

「ナルシストっぽいのは変わらないのね」

「内から溢れる気品は隠しきれないのさ」

「はいはい。それより」

「ああ」

「ここもほんとに綺麗ね」

大扉の向こうに提灯の吊るされた置屋街が連なっている。通りの真ん中には二間ほどの幅の小川があり無数の紫陽花が花手水よろしく流れていた。

ベベンと小気味の良い三味線の音と共に遊女たちの笑い声が耳に届いた。

在りし日の遊郭がそこにあった。

川には先程の馬車と同じ鬼灯色に塗られた半月型の橋が渡されている。川辺に植えられた柳が枝を揺らし酔客を誘惑していた。行き交う人々は皆なぜか猫のお面を付けている。

華やかな遊郭の夜に見とれながら麻理衣はくるみ割りに案内され一際大きな置屋へたどり着いた。暖簾をくぐる。


置屋へ入っていく二人の姿を辻に置かれた樽の影から何かが息を潜めて見つめていた。それは二人が置屋に入っていくのを見届けるとさっと動き出し。やがて闇に溶け込み、消えた。

到着を待っていた様子で女性が麻理衣達を出迎える。

「くるみ割り。よくきたね」

「やあ若紫、久しぶりだね。麻理衣を連れてきたよ」

「はじめまして」

「そう。貴女が。よろしくね」

若紫と呼ばれた彼女は美しい黒髪の持ち主で、翠色の打ち掛けに螺鈿をあしらった帯を身に纏っている。

大きな紅い瞳が印象的だ。品のあるすっきりした顔立ちにまっすぐな笑顔が眩しく光る。彼女に案内され進んだ屋敷の中はあちこちに花が咲き乱れていた。

室内に植えられた梅や桃の枝が赤い行灯に照らされて磨き上げた床へと影を落としている。 

廊下には川が流れ蓮の花の合間を金剛石で出来た小魚が泳いでいた。なによりも目を惹くのは中央にある吹き抜けだ。

そこにはしだれ桜の巨木が神々しく花盛りを迎えていた。天井には極彩色の硝子がはめ込まれ、まだら模様に麻理衣の顔を染めている。

美しくもどこか毒々しい屋敷の中に圧倒されながら、麻理衣はくるみ割りに続き屋敷の奥へと進んでいった。


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