クリスマスの夜の奇跡 2
人形の国って何?」
「君が行くべき世界さ」
「どうして私の名前を知ってるの?」
「そのうちわかるさ」
禅問答のよう、曖昧な答えしか返してくれないくるみ割りと名乗る男の声に麻理衣の謎は更に深まるばかりだ。
「声しか聞こえないと話しづらいんだけど」
「すまない。私はそちらに行くことができないんだ。君がこちら側にきてくれないか」
「どうやって」
「椅子を降りてクローゼットへ行ってくれ。入り口を用意しよう」
「わかったわ」
小さくなった体では椅子を降りるのも一苦労だ。座面にぶら下がるようにして、降りていくしかないようである。
ほとんど落ちる様にして床へとたどり着く。高いところから落ちた衝撃で足がジンジンとしびれるように痛んだ。
子供の頃ジャングルジムから飛び降りた時の痛さと一緒ね。いやいや。今はそんなこと思い出している場合じゃないってば。
それにしても変な夢だという気持ちのまま麻理衣はいわれた通りクローゼットを目指し歩みを進めた。
小さくなると埃やゴミがいつもより目につく。視線が低いせいだ。ハムスターの視点はこんなものなのだろうかと頭の片隅で考えているうちにクローゼットの前へ来ていた。
「では麻理衣。こちら側へ誘おう。そのダッフルコートのボタンを引っ張ってみてくれ」
開けたままになっているクローゼットからアイボリーのダッフルコートがのぞいている。
麻里衣は言われた通りコートのボタンを引っ張った。一番下のボタンでも今の麻里衣には高く、角のような形のボタンにジャンプしてしがみつく。
同時にウィーンという機械音がしてコートの袖口からエスカレーターが床へと伸び始める。
ガコン。
「人形の国行きエスカレーターです。ベルトに掴まり、立ち止まってご利用ください」
アナウンスの声が流れ、エスカレーターが動き始める。
「なんでエスカレーターが出てくるの!普通ハシゴとかでしょ?!」
メルヘンチックな夢のセオリーに詳しくない麻理衣でもさすがこれはおかしいと感じ、突っ込まずにはいられはない。
エスカレーターってどこから電源取ってんのよ。
ご丁寧にアナウンスまで。
「階段は年末の疲れた体にはきついかと思ってね。思いやりだよ。この方が乗ってくれるかなと思って。さあどうぞ、お嬢様」
声だけ聞こえる謎の男くるみ割りとファンタジー感皆無のエスカレーターに不信感が隠せない麻里衣だったが、小さくなってしまった以上、前に進むしかなく覚悟を決めた。
「仕方ない」
一歩踏み出し、ステップに足をかける。
自分しか居ないのに無意識に片側に寄って乗っていることに気付き、小さく苦笑いしながら、麻里衣はコートの袖から繋がる世界へと吸い込まれていった。
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