第23話 遊園地

「ゆーえーんーちー!!!」


 アイラが両手を広げて叫び、赤髪が風に揺れる。

遊園地の入り口で跳ねるその姿は、まさに子供そのものだ。


 周りから見れば、俺とアイラが夫婦で、ゆあちゃんがその子供に見えるかもしれない。


 でも、中身を知ってる俺からすれば、俺とゆあちゃんが保護者で、アイラが騒がしい子供だ。


 車で1時間ほど走って到着した最近できた遊園地。


 平日の昼間なのに、人々のざわめきが遠くまで響き、チケット売り場には家族連れやカップルがちらほら並んでいる。

風に混じるポップコーンの甘い香りが鼻をくすぐる。

さて…何からやるか。


「ゆあちゃん、何か乗りたいものとか—」

「あれよくないっすか!あれ!デンジャラスゴーカート!」


 ゆあちゃんに聞く前に、アイラが興奮気味に割り込んでくる。


 指さす先には、派手な看板とカーブだらけのコースが見える。


 デンジャラスゴーカートって何だよ。

一発目に選ぶアトラクションじゃないだろ、普通。


「…どうする?」

「…やりたいです」


 ゆあちゃんが小さく頷く。

意外と乗り気らしい。


 そのアトラクションは人気がないのか、待ち時間ゼロ。


 係員が眠そうな顔でヘルメットを渡してくる。

3人で防具を装着し、ゴーカートの狭いシートに並んで座る。


 俺の隣でアイラがニヤニヤしながらハンドルを握り、ゆあちゃんは無表情でシートベルトを締めていた。


 デンジャラスと呼ばれる理由は、コースが凸凹でカーブが多く、少しでも油断すると横転するかららしい。係員がマイク越しにだるそうに説明する。


「それでは始めますね。3、2、1でスタートです。行きますよ? 3、2—」

「うおおお!」


 カウントが終わる前に、アイラがアクセルを全開で踏み込み、けたたましいエンジン音を響かせて飛び出す。


「えっ!? ちょっちょっ!?」


 係員が慌てて手を振るのを尻目に、俺とゆあちゃんも急いでスタート。


 アイラはギアをガチャガチャ切り替えながら、凸凹道を猛スピードで突っ切る。


 タイヤが跳ねるたび砂埃が舞い、ヘルメット越しに風がビュービュー吹き付けてくる。


 俺も負けじとアクセルを踏み込み、なんとか追いつこうとする。


 一方、ゆあちゃんははるか後方で、無表情のまま安全運転。

ハンドルを慎重に握り、まるで教習所のような走りだ。

ちょっと違うだろ、それ。

【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818622170351425003


「ひゃっほぉ〜!誰も僕を止められないぜ!」


 アイラが叫びながらカーブをドリフトで抜ける。

「おいおい、アイラ!俺を舐めるなよ!」と返すと、彼女がニヤッと笑った。


 なんとか並走し、周回遅れのゆあちゃんをかわしながら2周目へ。

彼女は左右をチラチラ確認しながら、マイペースに走ってる。


「さすがパイセン!すごい運転テク!さぞかし夜も上手いんでしょうね!」

「だから!童貞だっての!」


 結果は俺の勝利。

ゴールラインを越え、ヘルメットを脱ぎながら「うっしゃあ!俺の勝ち!」と叫ぶ。


「もう一回!次は僕が勝ちますから!」


 アイラが悔しそうに拳を握る。

その視線の先で、ゆあちゃんがゆっくりゴールイン。

安全運転のまま、静かに車から降りてくる姿が妙に微笑ましい。


 まずい…童心に帰って盛り上がりすぎた。


「ご、ごめんゆあちゃん…」

「いえ。楽しかったです。それにお二人が楽しんでる姿も見ていてなんだか嬉しかったです」


 保護者みたいな感想に、思わず苦笑い。


「よ、よし!次はゆあちゃんが乗りたいものに乗ろう!どれがいい?」


 ポケットからパンフレットを掏り、広げて見せる。

ゆあちゃんは小さな指でページを眺め、やがて一つのアトラクションを指差した。

大きな観覧車だ。


「…よし、じゃあこれにしよっか」


 観覧車は人気らしく、行列が蛇のように伸びている。


 15分ほど並び、あと少しで乗れるというところで、アイラが急にモジモジし始めた。


「…先輩。すみません…おしっこが漏れそうです。トイレまでちょっと距離ありますから多分間に合わないので、2人で乗ってください」

「お、おう。じゃあ、ベンチにでも座って待っててくれ」

「はい!それじゃあ」


 アイラが小走りで去っていく。

彼女の赤髪が人混みに消えるのを見送り、俺とゆあちゃんは順番が来て観覧車に乗り込んだ。


 ゴンドラの扉が閉まり、二人向かい合うように座る。


 モーターの低い音とともに、ゆっくり上昇していく。

窓の外では遊園地の喧騒が遠ざかり、風船やカラフルな屋台が小さくなっていく。


 観覧車に乗るのなんて、いつぶりだろう。


 子供の頃、親父に連れられて何度か来たことがあった。

でも、その記憶は楽しさとは程遠い。

親父にとって遊園地は、社会的な見栄を保つための道具でしかなかった。


 家族の思い出づくりなんて、表面的なポーズに過ぎなかったから。


 今、窓から見える景色はあの頃とは全然違う。


 楽しそうに手を繋ぐ家族連れを見ても、羨ましさも妬みも湧かない。

大人になったからか? 

いや、きっと新しい家族ができたからだ。


 ゆあちゃんをチラッと見ると、外じゃなく俺をじっと見つめていた。

瞳が静かに揺れている。


「…どした?あんまり高いところ好きじゃなかった?」

「…いえ。私…今…すごく幸せです。全部…唯斗さんのおかげです」


 名前で呼ばれた瞬間、心が温かくなる。


「…俺も今幸せだよ。ゆあちゃんのおかげでね。ありがとう」

「…私の方こそ…生きていいって…生きててほしいって思わせてくれてありがとうございます」


 その言葉に、涙腺がジワッと緩んだ。

あの頃の俺が誰かにかけて欲しかった言葉を、直接的じゃなくても彼女が受け取ってくれてたことが、素直に嬉しい。


 二人揃って泣き始め、ゴンドラの中で自然と抱きしめ合う。


 最初にお寿司を食べた時の涙とは違う。あの時は後悔や悲しみの反動だったけど、今はただ幸せで、純粋に嬉しい涙だ。


 これからも一緒に楽しい思い出をたくさん作っていこう。

心からそう思った。


 観覧車が下に着く頃には涙も乾き、二人とも冷静さを取り戻していた。

少し気恥ずかしい空気が流れるけど、嫌な沈黙じゃない。穏やかな余韻が残ってる。


 降りてアイラが待つベンチへ向かうが、彼女の姿はない。


 あいつ…どこに行ったんだ?

辺りを見回すと、少し離れた場所でカップルに絡むアイラが目に飛び込む。

赤髪を振り乱し、身振り手振りで何か喋ってる。


 そのカップルの姿を見て、言葉を失った。

そこにいたのは…秋野さんだった。

【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818622170354093279

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