第2話 慌ただしい1週間
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https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818622170942371577
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とりあえず、彼女に風呂に入るよう促した。
「お風呂入っていいよ。湯船も用意してあるから」と声をかけると、彼女は小さく首を動かしただけ。
そこには喜びも戸惑いも感じられず、ただ機械的な反応があるだけだった。
着る服がないことに気づき、俺の古いTシャツを引っ張り出して渡した。
肩幅も袖もダボダボで、彼女の細い体にはまるで大きな袋をかぶせたみたいだろう。
それと女の子用の下着なんて当然持ってないからと申し訳ないと思いつつ、俺のボクサーパンツを貸すことにした。
ウエストが緩すぎて、腰で止まらずにずり落ちてしまいそうだ。
これじゃ意味ねーな...。
「とりあえず、最低限のものは今すぐ揃えないとな…」と頭を掻きながら呟く。
コンビニでもいいから、必需品は買わないとな。
決意を固め出かけようとコートに袖を通した、その時脱衣所の引き戸が静かに開いた。
まだ5分も経ってない。
彼女が濡れた髪を垂らしたまま、ダボダボなTシャツに包まれて出てきた。
パンツは...Tシャツの上から手で押さえてるようだ...。
「おいおい、ちゃんと入ったか? お湯も沸かしてあるんだから、ゆっくり浸かっていいんだぞ」
「長く入ると…お水が…もったいないから…」
「…水? まじかよ…まさかお湯使ってないのか?」
「…はい」
その言葉に、伊藤の歪んだ顔が脳裏に浮かび、腹の底が熱くなった。
あいつに何を言われ、どう育てられてきたのか。
考えるだけで拳が握り潰したくなるほどだ。
「…ここではそんな遠慮はいらないよ。ちゃんと温かいシャワー浴びて、湯船にも浸かっていいから。シャンプーもボディソープも好きに使っていいし」
彼女は目を伏せたまま、トボトボと浴室に戻っていった。
足音が小さくタイルに響き、ドアが閉まる音が寂しく響いた。
その隙に、俺は近くのコンビニに飛び込み、女の子用の下着とシンプルなTシャツを急いで買ってきた。
脱衣所にそっと置いておいたが、それでも彼女は15分足らずで風呂から上がってきた。
「髪、びしょびしょじゃんか。ドライヤーは?」
「……お父さんが…使うなって…だから、使い方がわからないです…」
Tシャツの裾から覗く細い腕には、色濃く残るあざが痛々しく浮かんでいた。
まるで枯れ木に刻まれた傷のように、彼女の体に深く根付いている。
体の傷は時間とともに薄れるかもしれないが、心に刻まれたものはそう簡単には消えないだろう。
「…分かった。とりあえず、これ買ってきたから俺がやってあげるから、こっち来て」
少し戸惑って立ち尽くすも、すぐにこちらに向かって歩く。
彼女を膝の上に座らせ、ドライヤーの温風を当てながら、濡れた髪を丁寧に乾かした。
髪は細く、指に絡まるたびにその脆さが伝わってくる。
「お腹空いてない?」
首を小さく振る。
空腹を感じることすら忘れてるのか? こんなに華奢なのに。
胸が締め付けられるような感覚が広がった。
「好きな食べ物は?」
「……ご飯」
「……ご飯か。他には?」
また首を振る。
その瞬間、目頭が熱くなり、涙が滲みそうになった。
俺が泣いてどうするんだよ、と自分を叱る。
でも、まともな食事すら与えられず、白米だけで生きてきたんだろうと思うと、やりきれなさが溢れてくる。
抱きしめたくなる気持ちをグッとこらえながら、頭をやさしく触る。
急にたくさん食べさせても体が受け付けないかもしれない。
少しずつ慣らしていくしかないな。
「とりあえず、体の傷からだ」
髪を乾かし終えると、家にあった湿布を手に取り、彼女の腕や首、頬にそっと貼り付けた。
火傷の跡は赤黒く変色し、湿布じゃ追いつかないかもしれない。
軟膏でも試してみて、それでもダメなら医者に連れていくか。
その前に、家族として暮らすための手続き...養子縁組だっけ?もしないとだよな。
つっても、1週間も休みがあるんだ。焦らず進めればいいか。
「よし、昼飯を頼むか。嫌いな食べ物ある?」
また首を振る。
「おっけ。じゃあ、ピザとお寿司、どっちがいい?」
「……食べたことないから…わからない…です」
「そっか。じゃあ、今日はお寿司にしよう」
出前を頼みながら、ネットで生活必需品をポチポチと注文していく。
ベッド、服、タオル――必要そうなものを適当にカートに放り込んだ。
「好きな色とか、好きなキャラとかある?」と聞いてみたが、首を振るだけ。
目を離すと、彼女はリビングの隅に移動し、膝を抱えて座り込んでしまう。
「ソファに座っていいんだよ?」と声をかけても、少し経つとまた隅に戻る。
まるでそこが彼女にとっての安全地帯かのように。
きっと、俺がいつ態度を変えるか分からない恐怖が彼女を縛ってるんだろう。
どうやって安心させてやればいいのか、頭を悩ませる。
そんなことを考えているうちに、チャイムが鳴った。お寿司が届いたのだ。
「よし、一緒に食おうぜ」
彼女が小さく首を縦に振る。
テーブルに寿司を広げ、「好きなの食べていいよ?50貫もあるから。子供が好きそうなのは…サーモンとかかな。俺も今でも好きだけどさ」と言いながら、彼女の皿にサーモンを乗せた。
すると、彼女は本当に食べていいのか確かめるように、チラチラと俺の顔を見上げる。
「…いいよ?食べて」
割り箸を手に持たせたが、慣れない手つきで諦め、結局小さな手でサーモンを掴んで口に運んだ。
リスが木の実をかじるような仕草で、一生懸命に食べる姿が愛らしかった。
そして、味わうように何度も咀嚼を繰り返す。
「…美味しい?」
すると、彼女の目が一瞬だけキラリと光り、強く首を縦に振った。
「…おい…しぃ…」
その小さな声と表情に、俺の涙腺が崩壊した。
「もっと…前に…助けてやれたら…ごめんな…ッ!」
涙が溢れ、声が詰まる。
何度も助けるチャンスはあった。
あの家に何度も足を運んだのに、見て見ぬふりをした。
関係ないと自分に言い聞かせてきた。
でも、心のどこかで、彼女を救えるのは俺しかいないと分かっていたはずだ。
闇金の仕事をしてれば、苦しむ人間なんて腐るほど見てきた。
似たような目に遭う女の子もいた。でも、彼女ほど酷いケースは他にない。
そんな彼女の目に、初めて生気が宿った。
それが嬉しくてたまらなかった。
すると、彼女の目からも一筋の涙がこぼれ落ちる。
それを見た俺は、更に声を上げて泣きながら寿司を口に放り込んだ。
5貫ほど食べたところで、彼女はお腹いっぱいになったのか、目をこすりながらうとうとし始めた。
すると、またリビングの隅で体を丸めて寝ようとする彼女を、そっと抱き上げてベッドに運ぶ。
「ゆ、ゆかで…」と小さな声で抵抗する彼女に「ベッドが届くまでは俺のベッドで寝なさい。これは命令だ」と伝えた。
困ったような顔をしながらも、彼女はベッドに横になり、体を小さく丸める。
俺はそっと布団をかけ、「好きなだけ寝て、好きな時に起きていいからね」と囁いた。
彼女はそのまま、瞬く間に眠りに落ちた。
寝息を立てるのを確認すると、俺はパソコンを開き、引き続き生活に必要なものを注文し始めた。
誰かのために何かをするのは、意外と悪くない気分だった。
彼女は喜んでくれるだろうか。
そんなことを考えながら、慌ただしい1週間が幕を開けた。
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