第21話 機密
かつての所属部隊の人間と接触するためには、いくつかの手順が要る。機密保持や隊員の身の安全の観点から、本部も教育学校も定期的に場所を転々と変えるからだ。
そこまで機密にうるさい組織が、なぜ一時除隊であるからと、医療キットはともかく銃まで持ち続けることを認めたか。それは、こうしてまた接触するときに、身分証明として、あのエンブレム入りの銃が必要となるからだ。
部隊の上司に辞意を伝えたとき、またいつでも戻ってきてくれ、と、その時にまた接触出来るよう、連絡手順を伝えられていた。その手順とはこうだ。
まず機関は定期的に入金を監視しているダミー口座をいくつか持っている。そこへ要件によって割り振られたコードに対応した金額を入金すると、機関はどこから入金されたかを割り出し、ホテル経由や見知らぬ通行人経由などで落ち合う日時、場所のメモが渡される。その場へ行き、最後にエンブレム付きの銃が確認されれば、やっと機関の人間に会える。
定められた手順を踏み、指定された日時に指定された公園の指定されたベンチへ行くと、一人の老人が座って新聞を読んでいた。隣に腰掛け、銃を老人と私の間に置く。老人がちらりと銃を見るが、新聞を読み続け、きっかり5分経ってから立ち去る。そのまま待っていると、かつての上司が現れ隣に腰掛けた。
部隊に戻る気があるのか、と、前置きもなく聞かれる。
「……そのつもりはありません。お聞きしたいことがあります。20年ほど前、シチリア近辺で、一般の家庭を襲撃した作戦はありましたか」
元上司は、置いたままになっていた私の銃を手に取り、マガジンを外す。
任務外での銃の使用は処罰対象となる。と静かな、しかし有無を言わせぬ声音で言う。
「……正当防衛でした。それに、申し上げた通り、もう戻るつもりはありません」
声が震えそうになるのを必死に堪えて、毅然と言う。
彼はマガジンだけをベンチに置き、レナート家、と、それだけ言うと、銃を懐にしまい、こちらを見もせずに去っていった。
緊張から解き放たれ、大きく息をつく。銃を持っていったということは、私は正式に除隊となったのだろう。そしてマガジンを置いていったのは、任務外での銃の使用が機関に知られないよう、私を守るためかもしれない。
レナート家。カミロには施設に連れられる前の記憶が無いそうだから、カミロ・レヴァンテという名も偽名だろう。だが、レナートとレヴァンテ、似ている気がするのは偶然か。たったこれだけの情報だが、前進と思うしかない。
ここに置いていくわけにはいかないとマガジンを拾い上げて気付く。一時除隊の際、マガジンには最大数の弾が入っていたはずだ。先日の襲撃事件までは、一度も銃を使用していない。
そしてあの日、私が発砲したのは2発。しかし今、足りないのは、3発。
カミロは、銃を使うより、刃物や体術で戦うほうが慣れているはずだ。最初に屋敷に運ばれてきた時も、小型の刃物はいくつか身につけていたが、銃は所持していなかった。それに、彼を治療する際、手袋を外した手を見たが、傷跡はあれど、銃を使い慣れた者特有の手のタコは確認できなかった。音もなく近寄り、相手が何が起きたのかも分からない内に止めをさすタイプだろう。
犯人は自害したと、カミロは言った。
本当なのだろうか。
……この使われた1発は。
とにかく、屋敷へ、主様の元へ戻ろう。
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