二章09・信仰告白(1)
九
灰色の石造りの市立図書館は長い時を重ねている古都の建物のひとつだ。敷地を鉄柵で囲い、庭を有し、教会建築の要素を取り入れたここは、元は二百年前の枢機卿――かつてフィアルカと同じ時代を生きた枢機卿の私設図書館だったという。
多重アーチ型の装飾に彩られた正面玄関にたどりつき、ミラがふわりとジルの肩にとまって翼を休めた。
「鍵がかかってるんじゃないの?」
「スペアを持っている。一部の主要な鍵だけだけど」
ズボンのポケットから取り出した鍵で扉を開ける。
「ひっ、誰!」
途端に人の気配を感じ、しまったと思ったが遅い。エントランスにいた人物が不審な大男の影を見て悲鳴をあげる。
彼女が手に提げたランタンが眩しくてジルは目を細めた。こんな時間に職員が残っているとは思わず、すっかり油断していたのだ。
「驚かせてすみません」
「え……ジルさんですか?」
次席司書だった。帰り支度をしている彼女は、たった今、退館するところだったのか。随分なタイミングで鉢合わせてしまった。
次席司書はランタンでジルの顔を照らし、不審者の正体を確認すると安堵したようだ。
しかしすぐに表情を曇らせる。
「な、何があったんですか? 今までどこに……」
ジルはフィアルカに血の酒を飲ませられた夜から図書館へ来ていない。彼女からしてみれば、急にいなくなったことになっているはずだ。
「毎日、教会から修道士様たちが怖い顔して来て、ジルさんの行方を尋ねるんです。伯爵様が休暇の手続きをされていったんですが、何も話してくださらないし」
声を震わせて困惑するのは無理もないだろう。教会が誰かを追うなど普通はない。エドガーも事情を話せなかったのだ。何も知らない一般市民である彼女に、魔女や眷属に関わる話はできない。
「迷惑をかけてしまいました」
「迷惑ではないです。ジルさんが悪いことをするとは思えませんから。きっと何か誤解が生じているんですよね?」
今まで共に仕事をしてきたジルの人柄を信じたいという、彼女の気持ちが伝わってくる。しかしその問いには答えられない。ジルは曖昧に小さく笑って見せることしかできなかった。
「色々と考え事をしてたら、今日は遅くなってしまって。でも良かったです。こうして会えて。これを」
十数本の鍵がついた鍵束を差し出してくる。主席司書が管理する館内すべての扉の鍵だ。
「今は私が代理で管理しています。図書館は外部の人が立ち入らない場所が多いですし、隠れるのに使えませんか? 第三書庫とかなら職員もめったに入りません」
「貴女が咎められます」
「このくらいさせてください。スペアはジルさんが持ってますよね。交換しましょう。それがあれば、しばらく仕事に支障はありませんから」
正直、助かるのだ。
「教会に知られたら、鍵は僕が盗んだと言ってください。そう約束してもらえるなら」
神妙にうなずいた次席司書の鍵束とスペアを交換すると、彼女はようやくホッとしたように頬をゆるませた。
「ジルさん、どうかお気をつけ……」
ジルが急に顔に緊張を走らせて背後を振り向いたのを見て、彼女は言葉を呑みこんだ。
数メートル後方にある鉄柵門に現れた人物の匂いを、ジルはよく知っている。そこから正面玄関まで視界をさえぎるものはなく、彼からジルの姿は丸見えだ。
今更、隠れることはできないし、これ以上、隠れるのは不誠実すぎた。
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