第17話 千種諫、天竺騎士団の呪物
広大な風呂場があった。銭湯・公衆浴場かという感じだが、少なく見積もっても、野球場くらいはありそうだ。タイル張りで、まばらに浴槽が並んでいる。現在、この場に集まった集団は入浴のために来たのではなく、全員が着衣のままだった――正確に言えば、重厚な甲冑を纏っていた。
ここは天竺騎士団の訓練場で、団員の一人の自宅の風呂場が異相化し、ここまで広大に育ったものだった。現在は騎士たちが手に槍を持ち、一糸乱れぬ動作で目の前に突き出している。
赤い着物に狐面の人物、千種諫が訓練の様子を見ていた。大学で後輩だった水無瀬亜門もどこかにいるはずだが、皆が同様の兜を着用しているので、どこか分からない。
「千種さん、わざわざご足労いただいて、ありがとうございます」
西バルビア人との混血らしき、金髪で背の高い女性がやって来た。この場所の長である、榊という人物だ。
「お伝えした通り、いささか危険なものを掘り起こしてしまいまして。どうにかして売りたいのですが、いつも捌いてもらっている所からもNGが出て、参っていた次第でした」
千種は頷き、まずは実際に見せてくれんか、と言う。それが保管されている場所に案内してもらうつもりだったが、もちろんです、と榊騎士長が言い背後の部下に合図すると、ダンボール箱に入った遺物が運ばれて来た。手に持っている騎士は酔っ払いのようにふらついていて、箱を千種の眼前に、半ば放り投げるようにして置いた。
いささか扱いが雑ではないか、と言うと、
「そうでしょうか、しかし大仰にしてしまうと、それだけ扱いが難しいものということになってしまいますので」
少し離れたところで先ほどの騎士が嗚咽を上げ、兜を脱ごうとしている。浴槽には吐くなよ、と他の誰かが声をかけている。騎士は結局ぶっ倒れ、運ばれていった。
あやつ大丈夫か、何か汁を垂らしておったぞ。
「胃液でしょう、後で掃除しますよ。あの程度の異相に触れただけで体調不良とは情けないことです。かつての聖者たちは、己の何十倍もある巨獣を前にしても怯むこともなく――」
話が長そうなので千種はその場を立ち去ることにした。しかしダンボールに入ったままの遺物をそのままにしておくわけにはいかない――異界探索者や討伐師に多い思考だが、あとで治せるからといって異相体被害を出して良いというわけではない。最近は、あえて異相に触れて変異を促進する〈変異派〉が流行の兆しだが、あまり賛成はできない。変異者の総数がある閾値を超え次第、何か良からぬ異相が姿を現すなどということはないだろうか。それに、千種はどうも〈砂嵐派〉にも良くない気配を感じている。
異相体付近、あるいはそれ自体を撮影した際の映像・音声の乱れは単なる通信障害などではなく、一種の
これは深層の方に流すしかない。手に入る額は二束三文だが、他に行き場もないのだ。雄々しい騎士たちの掛け声を背に、千種は風呂場を後にする。後輩たちは無事にやっているだろうか。盈も、いつまでも変異とは無縁ではいられないはずだ。
半年後には大彗星の到来、それが終わり次第、世界葬が控えているが、此度は果たしてどのような代償を払う必要があるのか。もう、まもなくやも知れんな、と千種諫は呟いた。葬られた世界の代わり、それが再び葬られるまで――
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