第9話 真沼盈、異相による討伐行為・闖入者との遭遇

 黒い、聳え立つ塔。目を凝らすと、それは縦書きの活字だった。大きさが不ぞろいで半ば重なり合った文字。部首が微妙に異なっていたり、左右反転しているものもある。実際にそれが空中に現れたわけではなく、雪江凛を見る者すべての主観に書き込まれているのだった。それは彼らの意識のみならず現実そのものをさえ、ごく近い範囲内であれば規定する、異様な存在だった。


【雪江凛は藁人形を殴り倒し、素手で手足を引き裂き、手刀にて首を刎ね、口から吐いた火で浄化した】


 異様な文字を目にしただけでその場の全員が、書かれた通りの出来事が起こったように感じた。藁人形は灰になり、釘だけが残っていたが雪江が近づくと、それもぼろぼろに砕け、消滅した。


 どうやら〈突沸〉と同じように現実を変質させるタイプの異相を宿しているようだ――いや、現実を異相化させる力と呼ぶべきだろうか。これがある時点で、雪江は実際に相手を圧倒する戦闘能力を有しているのと同じだ。伊集院や呉、他のメンバーが雪江に賞賛を送る。盈は、これはビデオに映るのだろうか、と訝しんだが、あるいは映像だと、雪江が実際にそうしている姿が、編集されたかのように映っているのかも知れない。


 では先に進もう、と一同が歩み出そうとしたとき、背後から複数人の重々しい足音が聞こえて来た。


 強化外骨格を纏った、公団私兵部隊――正式名称は警備部であり、異相技術によって武装したエリートたちだ。黒い鎧は天竺騎士団の纏う西洋甲冑にも似ているが、更に厳ついシルエットで、各々禍因性閃波照射装置ラッパを手にし、物々しい雰囲気だ。ガスマスクあるいは骸骨を模した仮面とでも言うべき、兜と一体化した頭部装甲で部隊員たちの顔は見えない。


 五名からなる私兵隊は何事かと立ち止まっている町内会の面々の手前で止まり、先頭の一人が歩み寄って来る。中に入っている人物が大柄だからか、外骨格がひときわ分厚く、目測では身長も二メートル半ほどあるようだった。異様なのはサイズだけではなかった――読み取れない文字と抽象的な図形が書かれたふだが無数に貼られた外套を纏っていて、全身にうっすらと煤のようなものが纏わりつき、動くたびに蠅の群れのごとく揺らめいていた。


『小鐘井町内会の探索者諸君』隊長らしきこの人物が、性別も年齢もばらばらな複数人が同時に喋っているような異様な声を発した。『まことに申し訳ないが、本日の探索を即刻中止し、この異界より退去して頂きたい』


 突然の中止命令に会員たちから不満そうな声が漏れた。伊集院大兄が隊長の前に歩み出て彼らの不満を代弁する。


「斑鳩隊長、そりゃないぜ。異相化空間の探索っていうのは市民に広く認められた権利だ。この場所もきちんと認可が下りているはずだし、小鐘井町内会だって――」


 これに対し斑鳩と呼ばれた隊長は、一枚の公文書を提示し反論する。赤字の大きな判が押された、極めて重要そうなものだった。


『分かっているとも、大兄。こちらとしても、理不尽な申し出ということは重々承知の上だ。だが、これは八海総裁と、恐れ多くも皇帝陛下の許可を得ての命令だ。すなわち、これは上意である』

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