第7話 雪江凛、顔合わせ
旧来の神々とそれを信仰する人々がいた時代では、宗教は一つの問題を抱えていた。実際に救済、安らぎ、が得られるかどうかは、結局のところ各信徒に委ねられていたのだ。支払った代償に見合った適切なリターンを確実にもたらす、そのためにかの神々を一度解体する必要があった。双方に多くの血が流れ、傷と穢れが残されたが、今や我が大扶桑は光に満たされた――
雪江凛が退屈しのぎに、そこらへんに置いてあったレポート(ルーズリーフに鉛筆で書かれていた)を読んでいると、真沼盈がやって来た。
何やら紋様が書かれたヘアバンドとマフラー、ブランケットを纏っている――と思ったら、それは全て一枚の長い布を巻いているのだった。多数の装身具も併せて、呪術的な印象を与える人物だ。大卒のはずだが、まだ未成年に見える。
雪江や他の会員たちが挨拶をしていると、公団の伊集院大兄が入って来た。大照律公団の階級は実に分かりづらい。どのくらい偉いのかは、彼ら同士の雰囲気で判断するしかない。大司教が支社長のようなものというのは分かるが、大兄は現場責任者ってところなのだろうか、それとも、バイトのシフトリーダーか、あるいはヒラ社員が持つ名誉称号に過ぎないのだろうか。
伊集院は若く、そこらのバンドマンって感じで、宗教家や大企業社員という雰囲気は全くなかった。纏った立派な僧服も、どこか不釣り合いだ。
「これより町内会の皆さんが臨死獣の討伐作戦に当たるそうで、オレも応援に駆け付けた次第です。まあ気楽にいきましょう。じゃあ景気づけに、飲ませていただきます」大兄の手には缶ビールが握られていた。この宗教にどんな戒律があるのかはあまり知られていないが、少なくとも酒も肉食も禁じられてはいない。
集まった探索者たちは、手持ちの祈祷書や精神安定のための霊薬を確認する。公団のイベントでは安く買えるので、テント内には段ボールが積み重なっている。読むと効果があるが一度きりで使い捨ての異相符や、埋め肉など応急処置の薬品なども台車で運び込まれてくる。性能をテストするために自傷した探索者が呪文を唱える声がする。「ダアバリイグル、ダアバリイグル、泥の月は円環を描く、後ろの獣は血を流し、我根を噛まんとす、ダアバリイグル」
現代社会は異相を利用した技術によって、病気も呪詛も変異も、死さえもある程度は克服できている。しかしそれでも民草から不安や恐怖が全て消えるわけではなく、宗教企業の提供する対処療法に頼るしかない。
「えっと、君が盈君ですか、諫さんから聞いてます。四月朔日司教の娘さんの、ええと琥珀さんだっけ、彼女の同級生とか。あれ、もしかして真沼ってことは、有世さんとか主税くんも親戚とかなんですか?」
伊集院大兄の問いに盈は頷き、同じ一族の親戚だと答えた。確かに真沼という苗字は町内会の活動をする中でもたびたび聞いていた。真沼道雄のみならず、大兄が挙げた姉弟もまた討伐師として名高い。
「へえ、やっぱこの業界は繋がりがあるんだね。じゃあよろしくお願いしますよ。今日は大船に乗ったつもりでいきましょうよ、こちらの雪江さんもすごい討伐師ですからね」
大兄の紹介に雪江は、曖昧に頷いて応じる。
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