chapter:32――豪華列車の旅路
ここはシュバル帝国の女帝ラフィーナ・シュバル・ヴァイオレットが住まう王城
その女帝が寝所とする豪華さと優美さを兼ね備えた一室にて、
そのキングサイズよりも巨大なベッドの上で、ラフィーナは通信用の水晶を手に、何やら楽しそうに会話をしていた。
「それで、ヴァリアウス、ヒサシ達一行が暁の星号に巣くっていた不遜の輩を捕らえたというのか」
『その通りだ、ラフィーナよ。しかし貴様の力を使えばあの程度の輩なぞ直ぐに捕らえられる筈だが?』
「ふふ、暫く泳がせておいて、誰が捕らえるか様子を見ていたのだよ。しかし余の思った通りの事になったな」
『相変わらず貴様は趣味が悪いな……下手をすれば『暁の星号』の無期限の運航停止もあり得たのだぞ?』
ヴァリアウスが少々呆れた様子で溜息交じりに女帝ラフィーナに言う。
だが当のラフィーナは気にも留めず、楽し気な声色のまま、更に会話を続けていく。
「あの列車なぞ、余が暇潰しに異界渡りの者達の記憶からこさえた物に過ぎぬ。それが無くなろうとも余にとっては如何でも良い事だ」
『やれやれ、貴様と言う女帝は……まぁよい、列車は予定通りに運航している、後しばらくすれば明日には到着するだろう』
「フフフ、明日か……楽しみになってくるなぁ、ヴァリアウス」
ラフィーナは、まるで獲物が自らのテリトリーに入るのを待つ肉食獣の様に舌なめずりをして呟く。
ヴァリアウスは呆れた様子を崩すことなく、ラフィーナへ疑問をぶつける。
『……貴様ならば、このような回りくどい事せずとも、召喚の魔術でヒサシを直接呼び出す、という事も出来たのではないか?』
「分かっていないな、ヴァリアウス。余はな、この待つ時間でさえも楽しみの一つとしているのだ」
『やはり貴様は、本当に趣味が悪い』
「それは余にとって誉め言葉だ、ハハハハハハ」
ヴァリアウスはとびっきりの皮肉を言ったつもりだが、ラフィーナはむしろ喜び笑う。
そしてラフィーナは一方的に通信用の水晶の魔力供給を停止させ、静かになった水晶をサイドテーブルへ置く。
彼女はそのままベッドに横になり、ベッド上の天幕を眺めながら独り言を呟くのであった。
「ヤマナカ・ヒサシ……お前は余を愉しませられるかな?」
…………
「――!?」
「お、やっと起きたかヒサシ、もうそろそろ昼飯時だぜ」
「そうですよ、楽しみで楽しみでならない昼飯のお時間ですよ」
背中に走った寒気に飛び起きた俺は、起きぬけに周囲をきょろきょろと見まわす。
視界に見えるのは未だに慣れない豪華な車内の一室、そしてベッド傍のソファで寛ぐレイクとセネルさんの二人がいた。
ああそうだった、あのセリック一味の事件の後、徹夜した俺は部屋に戻るなりベッドにぶっ倒れてそのまま寝てしまっていたんだった。
元の世界では徹夜はしないという主義でトラック運送で働いていた物だから、慣れない徹夜をすると直ぐこれだ。
この異世界に転生したのだって、無理な徹夜をした所為で一瞬居眠りをした事で事故を起こしたのが原因だったし……。
腕時計を見てみると、時刻の針は11時半を過ぎた頃を示している。
「今回も食堂車に行かずに、ここで食べるか」
「いえ、それが今朝、車掌のアーノルドさんから、ぜひとも食堂車に来てくださいと言われましたが……」
「……?」
セネルさんからの思わぬ一言に、俺は首を傾げる。車掌が何故食堂車に来てくれと言うんだ?
昨日の事件で多少は俺達の事を見直してくれただろうけど、それでもこの豪華列車に乗るセレブと、俺達の様な冒険者との壁は厚い。
最初に来た時の様に、セレブ達から異物をみるような目で見られるのは正直言って勘弁だが……。
そう思っている所で部屋のドアがノックされたので、車掌が呼びに来たのかとちょっと気を重くしながら応対に出る。
「おう、ヒサシや、徹夜で仕事をしておったからまだ寝ておると思ったが、目を覚ましておったか」
「食堂車で貴様らの事を待つ者が沢山いる、そのままの姿で良いから早く来い」
ドアの向こうに居たのは昨日とは違うスーツを着こなしたボレストニック教授と竜人体のヴァリアウスだった。
ボレストニック教授はまだいいのだが、何故ヴァリアウスまで俺を呼び出しに来たんだ?
仕方ないので、せめてもと俺は身だしなみを整えて、きょとんとした表情をしたレイクとセネルさんと共に食堂車へ向かう事にした。
食堂車の中は、昨日とは打って変わって大賑わいだった。
その客層は老若男女様々で、そのどれもがセレブ感溢れる衣服を身に着けた人たちだ。
そして皆一様に俺達の姿を見るなりひそひそと話し始めるが、昨日の様な異物をみるような目ではない。
むしろ好奇心に満ちた目で見てくる者の方が多いくらいだ。一体どういう事なんだ?
そう疑問に思っていると、待っていた車掌のアーノルドさんが、食堂車にいる人達へ向け俺達を紹介する。
「皆様、お待たせしました、あの忌まわしき金品窃盗の一味の検挙に尽力した、ヤマナカ・ヒサシご一行の到着です! 盛大な拍手をもって彼らを迎えてください」
車掌のアーノルドさんの言葉に、食堂車に居る客たちは一斉に拍手をし始める。
その拍手は、まるで、いやまさに英雄を迎える様な物だ。俺もレイクもセネルさんも訳が分からず呆然としてしまう。
そんな俺の様子を察したのか、ヴァリアウスが小声で俺に話しかけてきた。
「ヒサシよ、今の汝らはこの豪華列車に巣くってた窃盗と言う悪夢を晴らした英雄なのだよ、誇れ」
「あの金品窃盗の一味を捕らえてくれたなんて、これで安心して暁の星号の旅を満喫できます」
「奴らから盗まれた妻の形見を取り戻してくれてありがとう! 君らは素晴らしい冒険者だ!」
「僕、お兄ちゃんたちみたいな格好いい冒険者になりたい! そして悪い奴を懲らしめるんだ!」
食堂車の席に座る人々から口々に感謝の言葉を言われた俺は、どう返事したら良いか分からず困惑しっぱなしだった。
そんな俺とレイクとセネルさんの様子をみたヴァリアウスは、口の端に笑みを浮かべ俺の背中をポンと押して。
「どうだヒサシ達よ、英雄になった気分は?」
「……いや、ちょっとどう反応すればいいのか困ってる……」
「……オレも、こんなに沢山の人から感謝された事ないから、困惑してる……」
「……私も、ヒサシさんとレイクさんと同じく、どう返せばいいのか……」
俺とレイクとセネルさんは、三者三様で困惑の反応を見せる。
「ほら、我々は貴方方を歓迎しているのです、ぼうっと立っておらず、どうぞ此方へ」
其処へ車掌のアーノルドさんが俺の手を引いて、食堂車の開いているテーブルへと案内してくる。
そして俺達を座らせると、車掌のアーノルドさんが俺の前に立って一礼し、こう告げた。
「貴方方は当『暁の星号』にとっての救いの神であり英雄です、これは我が列車のシェフ達が丹精込めて作ったお礼で御座います」
そして、コンシェルジュ達によって運び込まれてくる数々の料理、それもどう見ても高級な食材を使ったものばかり。
しかし、昨日セネルさんが爆食した料理とは違い、そのどれもがメニューにない、俺達の為に作られたであろう心よりの特別な料理だ。
俺とレイクはそれらの料理を前に、思わず生唾を飲み、セネルさんは目をキラキラ輝かせている。
「では、我らとこの『暁の星号』の英雄を祝し、乾杯!」
車掌のアーノルドさんの合図で、俺達はグラスを手に取り、思い思いに乾杯する。そして料理を食べ始めたのだが……。
しかし俺とレイクは目の前の料理の味を堪能する事よりも、今の状況に対する困惑の方が勝っていた。
セリック一味を捕らえるまでは異物を見る様な目で俺達を見ていたセレブの乗客達、それが今は俺達を英雄扱いだ。
その掌返しぶりに、俺とレイクは困惑しっぱなしで、セネルさんだけは目をキラキラさせて料理を頬張っている。
「どうした、ヒサシよ。汝たちの為の特別な料理だぞ、美味しくないのか?」
「いや、今の状況が受け入れられなくてさ、なんか素直に味わえないというか……」
料理を食べる手を止めてうつむく俺に、ヴァリアウスは遠い過去を見る様に語る。
「古来より、英雄と言う物は得てしてそういう物だ。昨日までは凡人、あくる日は英雄と称えられる、我はそういう者を幾多も見てきた」
「ヴァリアウス、お前は俺に何が言いたいんだよ……」
「お前はこの場にいる彼らだけでなく、この『暁の星号』その物を救った英雄なのだぞ、ならばその誇りを受け入れるのが筋と言う物だ」
『暁の星号』その物を救った英雄、か……。
周りを見渡せば、乗客達はもとより、車掌のアーノルドさんやコンシェルジュ達も、俺達に向けて暖かい笑みを浮かべている。
それはかつて、成り行きながらもソルキン村を救った時、村人たちが俺達に向ける物と同じであった。
「……そうだな、俺達は頑張った、そして皆から褒め称えられる今がある、なら、それを受け入れて楽しまなくちゃな」
「……ああ、皆がこうやってオレ達を英雄として迎え入れてくれたんだ、なら、それを素直に受け止めて楽しまなきゃな」
「レイクさんの言う通りです、私も皆さんの期待に応えられる様に、料理を食べるのを頑張りますよ!」
「いや、セネルさんは頑張らなくていいから、食べるのは程々にね?」
料理を食べつつ言ったセネルさんの一言に俺が突っ込みを入れ、その場の皆は笑い合う。
この時、ようやく俺達は、この豪華列車『暁の星号』を楽しめる様になれたと思えた。
俺達はもう、この列車の異物ではない。この列車の旅を楽しむ、冒険者だ!
…………
ヒサシたちが『暁の星号』の乗客達と本当の意味で打ち解け合った頃。
『暁の星号』の金品窃盗事件の主犯格であるセリック・アインシュバインとその協力者の女、そして金品輸送役の男は
全身を雁字搦めに縛りつけられ身動きを取れない様にされた上で、シュバル帝国へ向かう高速護送車に乗せられていた。
この高速護送車はクルーガー鳥などを使わず、魔力を動力とした自動車の様な物で、その速度はクルーガー鳥を使った馬車の比ではない。
セリックはその高速護送車の中で、自分の今後がどうなるかを考え、絶望に押しつぶされている所であった。
(おそらく、シュバル帝国に到着すれば、即時に高速裁判にかけられ、極刑を言い渡されるだろうな……なんてザマだ)
この状況では逃げ出す事はおろか何か声を出す事も出来ない、それは一緒に運ばれている協力者二人も同じであった。
そして、高速護送車があと数時間でシュバル帝国領に入るその時であった。
――ズドォォォン!――
高速護送車の前の道がいきなり爆発を起こし、猛火と黒煙が立ち込める。
その突然の爆発に、護送車を運転していた運転手の兵士が慌ててブレーキを掛けて停車し、
同時に警護していた車内の兵士達が自分達の武器を手に何事かと車外に出てゆく。
そして彼らは、恐らくその爆発を起こさせた、数人の何者かと対峙した。
「何だ貴様は! この車がシュバル帝国の護送車と知っての行為か!」
「貴様らは一体何者だ! 名と目的を答えろ!」
彼らはいずれも闇の翼と白の翼をもつ女神を象った紋章が描かれた顔掛けを付けた、姿形が判別しづらい白い装束の者達。
剣や槍を突き出し警告するシュバル帝国の兵士たちを前に、彼らは何も言わず腕をだらりと下げると、裾からカタールの様な短剣が伸びた。
そして兵士の一人が、白装束の者の顔掛けに掛かれた紋章を見て何かに気づいたのか、大声で叫びだした。
「き、貴様らはまさか――」
しかし、その言葉は続かなかった。瞬時に迫った白装束の者の短剣の一閃で首を撥ねられた事によって。
それから後に始まったのは、白装束の者達による一方的な殺戮であった。立ち向かう兵士たちは瞬く間に切り刻まれ、物言わぬ死体と化す。
常に実戦的な鍛錬を重ね、あらゆる状況に対応できる様に訓練された、精強なるシュバル帝国の兵士がこうも一方的にである。
高速護送車の運転手の兵士が、せめてこの場から逃げようとした時には、車内に乗り込んだ白装束の者の武器がその胴を貫いていた。
そして、シュバル帝国の兵士が全滅した所で、白装束の者がセリック達の拘束をほどき、車外へと連れ出した。
セリックはその白装束の者と面識があるのか、絶望の表情から一転、表情を輝かせて言う。
「はぁ、はぁ、助かったぜ! まさかここであんたらが助けに来るとはな!」
「助けに来た……? 違うな、我らが神の命令を遂行できなかった貴様らを処断しに来た」
「しょ、処断……!? お、おい待てよ、確かに失敗したけど、まだ挽回のチャンスを与えてもいいじゃないか!」
「そ、そうよ、私達にも汚名返上くらいさせても――」
セリックの協力者の女の叫びは、その白装束の者の一閃によって途切れる。
数瞬後に地面にボトリと落ちた女の頭に一瞥をくれる事もなく、白装束の者たちはセリックと協力者の男へ迫りつつ口々に呟く。
「我らが神、プロナフィアの名の元に」
「我らが神、プロナフィアの名の元に」
「我らが神、プロナフィアの名の元に」
「あ、あ、あぁ……ぁ……」
セリックと協力者の男は、迫り来る白装束の者達に恐怖し腰を抜かすが、彼らは容赦なく近づきその得物を振り上げた。
それがセリックがこの世で見た、最後の光景であった……。
…………
『ご乗車のお客様、右側の窓をご覧ください、夕日に沈むアメール湾の美しい光景が眺められます。
ゆっくり鑑賞を楽しまれます様、当列車は速度を落として運転します、どうかお客様はこの光景をお楽しみください』
スピーカーから車掌のアーノルドさんによるアナウンスが聴こえてくる。
あの昼食の後、俺達は打ち解け合った乗客達と共に豪華列車の旅を楽しんでいた。
長時間停車した時は、乗客達と共にツアーを楽しみ、絶景や観光名所を回り、その地の名物を楽しむ。
もうそこには、セレブと冒険者の差は存在しなかった。俺達は『暁の星号』の乗客として、彼らと共に楽しんでいた
そして今は、水平線に沈みゆく夕日に暮れなずむアメール湾の光景を、ラウンジカーで乗客達とレイクとセネルさんと共に楽しんでいた。
ちなみに、セリック一味を捕らえるまで車内の警護していたシュバル帝国の兵士たちは、事件の顛末をシュバル帝国の女帝へ報告する為、
途中駅で速達の特急列車に乗り換えていったので、今はこの車内にいない……もう少し話して置きゃよかったかな。
「すっげぇなぁ、まるで夕日に煌めく波が宝石の様に見えるぜ」
「レイクさん、その例えはちょっと変だと思いますよ?」
「はは、すまねぇセネルさん、オレは何分、盗賊として依頼を受けていたから、こう言うのはどうも金目の物で例えちまう」
「フフ、レイクさんらしいですね……確かに、水平線に沈む夕日を受けて煌めく波は、美しく見えます」
レイクがセネルさんに謝るが、別に不快には感じなかったのかセネルさんは笑顔で受け答える。
俺はそんな二人の様子を眺めつつ、昨日あった出来事が嘘だったかの様に穏やかな気分で過ごしていた。
「ヒサシよ、汝はこの夕日を何とみる?」
「ヴァリアウスか……こういう光景は、元の世界もこの世界も変わらないんだなってちょっと感慨に耽ってる」
「そうか、それは良かった。汝は、我と最初に会った時から、ずっと気を張ってると我には見えたのでな」
「……ヴァリアウス、お前って結構鋭いんだな」
「ふん、これでも4千と15年生きてきた
俺の横に座っているヴァリアウスは腕組みをしながら、夕日を眺めつつそう答える。
その横顔を見た俺は、夕日に照らされる竜人体のヴァリアウスのその端整な顔立ちを見て思わずドキッとする。
こいつ、人間に擬態するのが下手とか言ってたけど、顔と胴体周りは人間の男をドキッとさせるポイント抑えていて、なんか悔しい。
それに、事ある毎に揺れるメロンよりも大きな乳房ばかりは何とかしてくれと言いたい……言ったら
そう心の中で毒づいていた所で、頭の中にヴァリアウスの念話による声が響く。
『ヒサシ、美しい光景を楽しんでいる所で悪いニュースだ』
『なんだよ、悪いニュースって……』
『ついさっき知った事だが、汝らに捕縛され、シュバル帝国へ護送中のセリック一味を乗せた護送車が何者かに襲われ、同乗していた兵士共々殺害された』
『……何だって!? それってどういう事だよ!?』
『おそらくは、真の黒幕による、失敗をしたセリックら一味への処断であろうな』
『真の黒幕……?』
『奴らはご丁寧に、殺害したセリックらの首を並べると共に特徴的な紋章を残していた。これは示威行為なのだろうが、分かり易い奴らだ』
ヴァリアウスのその言葉と共に、彼女が送ったのだろう頭の中に闇の翼と白の翼をもつ女神を象った紋章が浮かんで見える。
その紋章は一切見覚えのない物であった。これは一体なんだ……? と思っている所でヴァリアウスはさらに続ける。
『ヒサシよ、この紋章をよく覚えておくがいい。これがこの世界の裏で蠢く暗部の一つ、汝は何れ、こ奴らと関わる事になるであろう』
『……それは忠告のつもりか? それとも警告のつもりか?』
『その何方でもある、とでも言っておこうか……ともあれ、汝はその暗部に触れてしまった、それだけ覚えておけ』
それきり、ヴァリアウスは念話を断ち切ったのか、もう頭の中には声が響かない。
俺は夕日に染まるアメール湾を眺めながら、ヴァリアウスの言葉を思い出していた……。
…………
「暗部に触れてしまった、かぁ……」
「何ぶつぶつ言ってるんだ?ヒサシ。 もう明日になりゃこの豪華な部屋ともお別れなんだぜ? せめて気楽な面をしろよ」
「ああ、悪いレイク、ちょっと気になる事を考えてたからな……」
「ヒサシさん、何か思う事が有るかもしれませんけど、悩んだ時は私とレイクさんに何でも話してもいいんですよ?」
「ああ、その時は遠慮なくそうするよ、でも今はその時じゃないから、大丈夫」
時刻は夕飯も過ぎて、深夜に入ろうとした時間帯
プレミアムスイートの部屋にて、俺はレイクとセネルさんと三人で語り合っていた。
俺は結局、レイクとセネルさんにヴァリアウスから聞かされた事を話せないでいた。
何というのだろうか、話してしまうと彼女らに余計な心配を掛ける気がする。
……というのもあるが、ヴァリアウスから言われた事が何とも抽象的過ぎてどう言えばいいか分からなかったと言うのもある。
「それにしてもセネルさん、今晩の夕食も食べまくって他の乗客に驚かれたな」
「あれでも昨日の反省を踏まえて、多少は抑えた方ですよ、レイクさん」
「オレが一食食べてる間にテーブル一杯に並べられた料理を見る見る内に食べておいて、良く言うぜ」
俺の気持ちを知る事もなく、レイクとセネルさんの話題は、今日の夕食の話題へと変わる。
まぁ確かに、昨日のあの爆食に比べれば、セネルさんは飽くまで多少は抑えていた、それでも周囲の乗客には驚嘆の目で見られていたけど。
「所でヒサシ、お前は夕食の時もなんか物思いにふけって食が進んでなかったな……本当に何があったんだ?」
「そうですよ? 体調を崩した訳でもないのに……何か思う事あれば、それはパーティで共有しておくべきかと思います」
「…………」
ああ、やっぱりこういう事は、パーティの仲間として見過ごせないんだろう。
俺は少し逡巡した後で、覚悟を決め、
それはヴァリアウスに見せられた、闇の翼と白の翼をもつ女神を象った紋章。
「二人とも、この紋章に見覚えはあるか」
「……私はヒサシさんと共に旅に出るまで、ずっとソルキン村に居たので、申し訳ないですけど分からないです」
「オレも、今までヴァレンティの街を中心として色々と依頼をやっていたけどよ、この紋章は見た事ねぇなぁ」
「そっか……実はいうと、この紋章の持つ連中が、あのセリック一味の金品窃盗の黒幕だそうなんだ」
「……え、何だって!?」
「まさか……!」
俺のその言葉で、レイクとセネルさんは驚きの表情を浮かべる。
やはり二人とも知らなかったらしい、そりゃそうだ、ヴァリアウスいわく、世界の裏で蠢く暗部であるなら知らないのも当然だ
俺は二人にヴァリアウスから聞いた事を話す。この紋章を持つ連中が、護送中だったセリック一味を始末した事。
そして、今後、俺達はこの紋章を持つ連中と何かしらの形で関わる事になるであろう事。
俺の話を聞いたレイクとセネルさんは、最初こそ驚きと困惑を混じらせた表情を浮かべたが、
二人とも顔を見合わせ、何か決意を込める様に頷き合うと。
「水臭いぞヒサシ! こういう事はキチンとオレ達に話しておかねぇと、オレ達は仲間なんだろ?仲間は助け合うもんだろ?」
「そうですよ、私達はパーティなんですから。ヒサシさん一人で抱え込まないでください!」
「二人とも……」
俺は、良い仲間を持ったな……としみじみと思う。
だからこそ、こんな事に巻き込みたくないと思ってしまったが、それは俺の傲慢だ。
どんな事態になろうが、仲間を信頼してこその冒険者なんだと俺は改めて痛感する。
だからか、もう心に決めていた。この紋章を持つ連中とは必ず向き合う事を。
レイクもセネルさんも、恐らくはその事を覚悟して、俺に協力を申し出てくれたのだろう。
なんだか、そう思っていると、目頭に熱い物がこみあげてくる。
「お、おい、ヒサシ、何泣いているんだよ!? オレ、お前を悲しませるような事を言ったのか??」
「ち、違います! レイクさん、ヒサシさんは嬉し泣きをしてるんです」
「え……? そうなの、セネルさん?」
二人の様子を眺めている内に、無意識に涙を流してしまったらしい。
二人して慌てふためく様が何だか面白くて、俺は思わず笑ってしまった。
そして、俺は真摯に二人に向き合うと、深く頭を下げて言う。
「二人とも、これだけは言わせてくれ、本当にありがとう。そして、これからも、俺と共に旅に付き合ってくれないか?」
「あたりめぇだよ! そりゃ最初の頃はヒサシの事を金になる人間と思ってたけどさ。今は違う、オレとヒサシは本当の意味での仲間だ!」
「そうです、ヒサシさんとレイクさんの活躍を見たあの日、私は生涯をかけて二人と共に歩んでいくと決意しましたから!」
二人の言葉を受けて、俺は心からの感謝を抱いた。
こんなかわいい豹のメスケモと、美人のエルフにここまで信頼されている。
そんな下衆い考えが一瞬浮かんだが、すぐに振り払い、俺は二人と笑い合う。
そして思う、この信頼に必ず答えてみせると。
…………
「ふん、随分と仲良しごっこをやっている様だが……ラフィーナと会った時、それが続くか見ものだな」
その頃、俺達の泊まっているプレミアムスイートの部屋の外の通路にて。
壁を背に立つヴァリアウスが、部屋の中での俺達の様子を盗み聞きしつつ、誰に向ける事なく一人呟くのだった……
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